第230話 もはや詰みでは・・・

 『殿下、いる~? 久しぶり〜』


 現在、僕らは皇女さんの部屋で、アーレスさんの帰りを待っていた。


 そんなときに、この部屋がノックされ、外から聞き覚えのある声が聞こえてきたのである。


 オーディーさんの声だ。相変わらず、皇女相手でも気軽に声をかけてくる人だ。


 てかこの人、皇女さんの話によれば、宰相の対処を任されたよね。あの帝国の裏切り者である宰相を。


 「オーディー? 入っていいわよ」


 皇女さんが許可を出すと、オーディーさんが入ってきて、こちらに手を振ってきた。


 血まみれの状態で。


 「「「「っ?!」」」」


 僕、皇女さん、バートさん、エルフっ子は彼の様態を見て一斉に驚いた。


 オーディーさんは苦笑しながら口を開く。


 「あはは。驚かせちゃった? もう傷は塞がってるから平気だよ」


 「ちょ、あ、あなた、クハロを追ってたのよね?! どうしたのよ、その傷?! もしかしてまだ組織の残党が......」


 「ああー、違う違う。これはアーレスと殺り合って負った傷だよ」


 「はぁあ?!」


 ふぁ?!

 

 あ、アーレスさんと殺り合った?!


 オーディーさんは鎧姿なのだが、肩から負った傷が非常に痛々しい。軽装だが上等な鎧を纏っているのに、だ。


 「ど、どういうこと―――」


 「殿下、俺から言いたいことは二つだ」


 皇女さんの言葉を遮って、オーディーさんは真剣な面持ちになって続けた。


 「女帝になろうとしちゃいけない。殿下は......何も背負ってはいけないんだ」


 その言葉を受けて、皇女さんは目を細めた。


 「......パパからそう言われたの?」


 低く、鋭利さを伴った声音で、皇女さんはオーディーさんに問う。


 オーディーさんは苦笑しながら答えた。


 「いいや。忠臣の助言......いや、お願いだよ。陛下はからね」


 「どっちみち、皇位継承権を持っているのは、この私よ」


 「ああ、そうだ。でも今じゃない。今、女帝になって動くべきじゃない」


 「じゃあ、あんたはッ!!」


 オーディーさんの言葉に、皇女さんはブチギレて怒鳴りつけた。


 「このまま戦争が始まっていいの?! 始まったら両国で多くの被害が出るのよ?! 裏で糸を引いていた闇組織は壊滅した! ならやる意味が無いじゃない!!」


 「実際のところはね。でも依然として王国は件の組織との関与を否定も肯定もしていない。その事実が陛下の懸念を刺激しているのさ」


 「だからってこんなこと、ママは望んでいないわ!!」


 「同時に、リア陛下が望んでいないのは娘の死だ」


 「っ?!」


 オーディーさんは歩を進めて、近くの椅子に腰掛けて続けた。


 「リア陛下が皇妃になられてから、いや、その前から何度命を狙われたことか。殿下は知っているかい?」


 「......。」


 その言葉に、皇女さんは押し黙った。


 「まだ幼かった殿下が知らないのも無理は無い。元々反対派の多かった婚儀だ。それでも陛下たちは結ばれ、あなたを産んだ」


 半ば予想されていたことだ。おそらく皇女さんもその認識だろう。


 が、信じたくはなかった。


 母が......いつも優しく振る舞っていた母が常に命を狙われていた立場であったことを信じたくなかった。


 でも帝国は元は戦争国家。過程はどうあれ、戦争で富を築き上げてきた国だ。その思想には少なからず貴族連中が影響しているはずである。


 故に先代皇帝から戦争を止めて、平和にやっていこうなどと、連中からしたら怒りを買う他ない。


 加えてリア皇妃という人物の存在が磨きをかけた。


 帝国は益々軍事的に弱体化していったのは言うまでもない。


 故にリア皇妃に白羽の矢が立った。


 でも、


 「殿下、あなたが女帝になれば、いつ命を落としてもおかしく――」


 「ママは諦めなかったわッ!!」


 皇女さんがオーディーさんの言葉を遮って力強く吠える。


 「私がママの意志を継ぐの!!」


 一言で表すのであれば――“覚悟”。


 そこには使命感にも似た思いが混じっているが、皇女さんは自分の意志で決めたんだ。


 「パパを止めたい......救いたいのよ。きっとパパも葛藤しているはず......。なら、ママの代わりをたった一人しかいない娘がしたっていいじゃない」


 「......。」


 やがて弱々しく語ったそれらに、オーディーさんはどこか悔しい顔をして「申し訳ありません、陛下」と呟いていた。


 「オーディー、お願いよ。あなたも私を支えてきた忠臣の一人。力を貸して」


 皇女には特筆すべきところが無い。と評したら、どう思われるだろうか。


 これは別に彼女を見下した訳じゃない。おそらく正当な評価だ。本人もそれを理解しているはず。


 だから臣下を頼る。


 信頼の置ける者とこの国を発展させていこうと、皇女さんはオーディーさんに手を差し伸べたのだ。


 「......アーレスも、同じこと言ってたなぁ」


 しかしオーディーさんは皇女さんの手を取ることはなく、苦笑した。


 やはりそう簡単にはこちら側に加担してくれないみたいだ。


 というか、


 「アーレスさんはどこに?」


 つい、僕は口を挟んでしまった。


 が、この場に居る誰もがその疑問を抱いていたようで、無礼などという叱責は無かった。


 「俺もわかんない」


 え。


 意地悪して教えてくれないのかと思ったが、彼の雰囲気からしてそれが嘘じゃないように見えた。


 その理由をオーディーさんが口にする。


 「やっとの思いで、強制転移させたのさ。魔法具を使って」


 「ま、まさかランダム転移させたって言うの?!」


 「正解」


 マジか。


 『ランダム転移っていうと、たしか一瞬で発動するやつだよな』


 『ええ。よく似た魔法で、ダンジョン内のトラップでも見かけます。特定の場所を踏んだり、触れたりしたら発動するアレです』


 『かぁー。あの女、やらかしたなぁー』


 『帝国からあまり遠く離れてないといいのですが』


 などと、魔族姉妹が呑気な会話をしていた。


 マジか、そんな訳わからない場所に飛ばされる魔法具があるのか。


 てかあの人、転移も何も、そもそも【固有錬成:万象無双】で自分への魔法を無効化できるはずだ。


 それをどうやって......。


 「苦労したよ。賭けに負けてたら、俺はここに居ない」


 オーディーさんはそう言って、自身が負った肩の傷に手を当てた。


 おそらく、彼は何らかの方法でアーレスさんに魔法を使わせたんだ。アーレスさんが【固有錬成:万象無双】を解かなきゃいけない状況を作った。


 アーレスさんだから大丈夫だろうと思って、彼女だけ向かうのを黙って見ていたことがマズかったか......。


 「さてと、俺はそろそろお暇するよ」


 「あ、ちょ、ちょっと! 待ちなさい!! 話はまだ――」


 「それと殿下」


 オーディーさんは無礼にも皇女さんの言葉を遮って言った。


 「皇帝陛下が宰相を討ち取ったよ」


 「っ?! パパがッ?!」


 あれ、皇女さんの話では元々、オーディーさんに裏切り者であるクハロ・マップー宰相の対処を任されたと聞いたけど、どうやら皇帝さんもご一緒してたらしい。


 さっきオーディーさんが見せてくれた魔法具があるんだ。使い捨てとは言え、目的地の座標さえわかってしまえば、転移できるという超フッ軽が実現したのだろう。


 『転移の魔法具ってめっちゃ貴重なんだけどな。ぽんぽん使いやがって』


 『さすが大国の長です』


 と、魔族姉妹が僕やウズメちゃんにしか聞こえない会話をしていると、オーディーさんが踵を返して手を振った。


 「ということで、殿下。


 意味深な言い方だ。希望的な考えだと、“今は敵にもならない”と捉えられる。


 アーレスさんを場外に退出させた時点で充分敵対行動だと思うけど。


 その言葉を最後に、オーディーさんはこの場を後にした。場が静まり返るのも無理は無い。


 アーレスさんがもうこの城には居ないという事実が、この場に居る全員にある種の絶望を与えたのは言うまでもないことであった。

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