閑話 [ルホス] 種族固有魔法――【棍牙】

 「ぶった斬れ――【棍牙】」


 現れたのは歪な大剣。


 いや、剣と言うには少し違う見た目の鈍器というべきだろう。


 辺りの教会の残骸を燃やす火が照らしたのは、黒紫色に輝く結晶のような塊だ。


 でもそれにはちゃんと柄があって、刀身に見えなくもなくて――すごく禍々しい。そして肉厚だ。


 刃渡りは私の身長の倍はあるだろう。眼前の巨漢をも超える大きさだ。


 それを片手で真横に振りかざした私は、そのままゆっくりと担ぐようにして持ち上げた。


 「な、なんだよ、それ」


 鬼牙種の【種族固有魔法】――【棍牙】。


 目を見開いて間抜け面を晒す敵の問いに、私は答えてやらなかった。


 その代わりに、


 「死にたくなかったら――全力で避けろ」


 「っ?!」


 命を刈り取ってやる。


 瞬時に奴の懐へ飛び込んだ私の存在に、巨漢はまだ気づいていない。


 【棍牙】はすごい。私の額にある角とまるで共鳴するみたいに、具現化と同時に力が跳ね上がった。


 こんなでっかい剣をまともに振り回せるのか心配だったけど、小枝のように軽く感じる。


 私は【棍牙】を水平にかまえた。


 「我は避けろって――」


 「ま、待っ――」


 避けろと言っといてなんだけど、たぶん避けられないと思う。


 なんせ今の私は――この力を制御できないのだから。


 「言ったよなぁぁぁぁああ!!」


 バキャッ!!!


 何か砕けるような音と共に、ヘドナの巨体がくの字に折れ曲がる。


 横薙ぎの一振り。ヘドナの鉄の右腕諸共、砕け散って盛大に吹っ飛んだ。


 巨漢は進行方向の木々を次々となぎ倒して飛び続ける。


 そしてパラパラと土埃やらが舞う中、私は【棍牙】を再び担いで呟いた。


 「ふぅ。スッキリした」


 そしてその言葉を最後に、私は鼻血を吹き出して気絶した。



*****



 「教会の半焼に、建物周辺の自然破壊。終いにはここから300クード先にある家屋は全壊ときた」


 「すみませんすみませんすみません!」


 「......。」


 目が覚めると、私は木陰に背を預けていたことに気づく。


 なんで外で寝ていたんだろう。という私の疑問は、眼前に広がる荒れ果てた教会を目にして解消された。


 昨夜、私はあの元Aランク冒険者の男と戦った。


 で、勝った......と思う。もう日は昇っていて、朝になっていた。


 「いてて......」


 全身酷い怪我だ。一応、包帯とか巻かれて治療っぽいのされてるけど、応急処置程度である。


 まぁ、こんな大怪我しても数日経ったら回復するんだけど。


 私は立ち上がって、なぜかこの場に居る騎士のババア――第三騎士団隊長のエマと、そのババアに謝るシスターの下へ向かった。


 見渡せば、他にもババア以外に騎士が複数居ることに気づく。


 「おや。起きたかい、お寝坊さん」


 「あ、ルホスちゃん!」


 「今頃何しに来た、ババア」


 「ばッ?!」


 「ババア言うんじゃないよ。......遅くなって、すまないね」


 どこか申し訳無さそうにするババアが、私にポーションを渡してきた。


 シスターがこの国のトップに位置する初老の騎士に失礼を働いた私を叱ろうとしたが、当の本人が気にしてないと片手で制したので、何も言ってこなかった。


 ちなみにポーションの色は紫。たしか上級のポーションだった気がする。すごい貴重なやつ。


 私はそれをババアに押し返した。


 「要らん。こんな怪我、数日経ったら治る」


 「子供がなに遠慮してんだい」


 「これから戦争でたくさん必要になるんだろ」


 「......どこでその話を聞いた?」


 ババアが真剣な顔つきになって聞いてきた。


 本当はマーレから聞いたけど、言ったらマーレに迷惑かかりそうだから、私は神父から聞いたことにした。


 「お説教ジジイから聞いた」


 「あのバカ神父かい」


 「お、伝わるのか」


 「そりゃあね。アレは説教が服を来て歩いているようなもんさ。全く、子供相手だからって言いやがって......」


 ババア言うなぁ。ま、その通りだから同感だけど。


 私は話題を戻すべく続けた。


 「来るのが遅かったのも、これから戦争が始まるせい?」


 「......。」


 私のその問いに、ババアは黙った。


 シスターが、戦争が始まるというワードに酷く驚いていたけど、私は気にしないことにした。


 ババアが口を開く。


 「ああ。もう直デカいのが始まる」


 「なんで国民に言わないの?」


 「まだ宣戦布告を受けていないからさ。相手が思い止まってやめるかもしれないだろう? 余計な不安は思わぬ事態を招きかねない」


 「思い止まる国なの? 


 「......。」


 私の言葉に、ババアは再度黙った。


 ババアたち騎士が、昨晩、駆けつけるのが遅れたのは戦争の準備のせいらしい。


 これから大国との戦争が始まるんだ。長期間続くかもしれない。そうなると物資やら軍備やらで色々と忙しくなる。


 それに連れて、入国してくる商人たちや周辺国家の使者たちの出入りも多くなるだろう。


 それで騎士団があっちこっち動いていたら、昨晩のような犯罪の対処までしきれないはずだ。


 「意外と賢いんだね」


 「子供扱いするな」


 「あんたの言う通り......なんだろう。帝国はこの国を赦してくれない。衝突は避けられないだろう」


 「なんで?」


 私がそう聞き返すと、ババアは私の頭をくしゃりと撫でてきた。


 私はそれを払い除けた。


 「撫でるなッ」


 「子供が気にすることじゃないさね。国民の平和は騎士が守る。そのための“力”だ」


 なんかはぐらかされた気がするけど、これ以上聞いてもババアは答えてくれない気がしたので、私は聞くのをやめた。


 するとババアは、一つ溜息を吐いてから別の話題を口にする。


 「しかしまぁ、よくAランク冒険者に勝てたもんだ。元とは言え、それなりに実力のあった冒険者だったと報告が上がってるよ」


 「あ」


 それを聞いて、私は間の抜けた声を漏らした。


 「ヘドナ! そう、そいつ! どうなった?!」


 私が慌てて問い質すと、ババアが溜息混じりに答えた。


 「死んでたさね。ここから300クード先の家屋に埋もれて」


 「お、おお、そうか」


 そ、そこまで吹っ飛んだのか......。


 ババアの話によれば、特にその影響で怪我人とかは出なかったそうだ。


 よ、よし。一先ず怒られる要素が一つ減ったぞ。このババア、ネチネチ説教してくるからなぁ。


 私が覚悟した様子でかまえていると、ババアが不思議そうに私を見てきた。


 「どうしたのさ? やっぱり具合でも悪いのかい?」


 「い、いや、怒られるかなって」


 私は半分ほど原形を止めていない教会や、教会周辺の自然が一部荒れ地と化している様を流し見した。


 よくわからんけど、盗賊とか普通に殺したし。


 人間って、そういうの法とかなんとかで厳しいイメージがある。


 その視線に気づいたババアが、吹き出して笑い始める。


 「あははははッ。なんでお前さんがそんなこと気にするんだい」


 「い、いや、だって......」


 「もっと最適な手段はあった、というのは傲慢というもんさね。いいかい? 人間嫌いのあんたが、悪党共から護った。誰一人失うことなく護りきった。......十分さ」


 「あ、ちょ」


 そう言って、ババアはどこか優しい笑みを浮かべて、私の頭をまた撫でてきた。


 相変わらず子供扱いしてくるババアに腹立ったが、私はなぜかお祖父ちゃんに撫でられたときの温もりを思い出して、その手を払い除けられなかった。


 人間、本当に大嫌いである。

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