閑話 [ルホス] 誰だってお楽しみを奪われたら怒る

 「あ、お説教ジジイ」


 教会の裏口から中に入ると、広間の出入り口付近で神父のジジイが頭から血を流して倒れている状態で発見した。


 きっと表に居た連中に襲われたのだろう。


 ちなみに私はこいつが嫌いだ。


 とにかくうるさい。事ある毎に説教してくるから、魔法をぶっ放してやろうか葛藤する毎日だった。


 やれ食事をするときは神に感謝しなさいとか、働かざる者食うべからずなどと言って、家事を無理矢理手伝わせようとしてくるからウザかった。


 70過ぎのジジイだからか、しょっちゅう同じこと繰り返し言ってくるからウザかった。


 「る、ほ......す、ちゃん?」


 するとお説教ジジイはまだ意識があったのか、朦朧としている中、私の姿を目にして名前を呼んできた。


 「狩りしたから、肉持ってきたんだけど」

 「そ、それどころじゃ......はぁはぁ」


 「え?」

 「い、まは......はぁはぁ......」


 「“こうねんき”か? 呂律が回ってないぞ」

 「け、が......のせいだ......よ」


 なんか死にかけて全然何を言っているのかわからなかったから、私はお説教ジジイに【回復魔法】を使ってやった。


 「つ、使えたのなら、早めにお願いね」

 「なんだ、助けてもらったのに、すぐお説教か。もっぺん怪我させるぞ」

 「道徳ぅ......」


 なんだそれ。知らん単語使うな。


 お説教ジジイは壁にもたれ掛かって、私にお願いしてきた。


 「頼む。騎士様を呼んできてくれ」

 「え、なんで?」


 「襲われたんだ。急に盗賊共が入り込んできて攫っていった。シスターや子供たちを......」

 「ああ、外が騒がしかったな。シスターもか」


 「おそらくもう直、この国で戦争が始まることを知っている輩なのだろう。物資調達で商人たちの出入りが盛んになるこの時期を狙って、不法入国してきたに違いない」

 「はぁ」


 「頼む。この国から奴らが離れてしまえば、きっと騎士団は跡を追ってくれない」

 「なんで?」

 「戦争の準備で、それどころではないからだ」


 なら騎士じゃなくて冒険者に頼めばいいんじゃない?


 と思った私だけど、そういえば冒険者に何か依頼するときって、手続きしないといけないから時間かかかるってマーレから聞いたことを思い出す。


 「お願いだ、魔族の君なら簡単なはずだ」

 「嫌」


 「ありがとう。このお礼は必ずする」

 「おい」


 このお説教ジジイ、襲われた拍子に耳を痛めたのか。


 私は無視して、その場を立ち去ろうとした。


 「ま、待ってくれ! ルホスちゃんだけで奴らに挑んではいけない!」


 なんで私がシスターとガキ共を助ける前提で話してくるんだ。


 「いくらルホスちゃんが強い魔族とは言え、盗賊共には元Aランク冒険者の<剛腕狩人:ヘドナ>が居る! 危険だッ!」

 「誰だ、そいつ」


 「私も昔はそれなりに名の知れた冒険者だった時期もあった。が、全盛期の私でも奴には勝てない!」

 「知らん。そもそも私が助けるなんて面倒なことする訳ないだろ」


 「だから騎士様を呼ぶん――だ?!」

 「おやすみ!」


 私はやかましいお説教ジジイに腹パンした。


 するとお説教ジジイは眠りについた。たぶん死んでない。たぶん。


 「うーん。ババアに言おうかな」


 私の言うババアとは、この国の第三騎士団隊長だ。


 このお説教ジジイ並みにやかましいババアである。


 魔族の私なら今の時間帯でも顔パス(強引)で会えるだろうけど、あのババア起きてんのかな、そもそも。


 いや、会えたとしても、事情を話したら、なんか問い詰められそうな気がしてきた。


 なんでその場で助けなかったんだい!とか、耳が痛くなるくらい言われそう。


 「うーん、うーん......」


 どうしたものかと悩んでいたら、不意に足を掴まれた感触を覚えた。


 見下ろすと、お説教ジジイが私の片足を掴んでいた。


 「お、おお。まだ意識あったのか。もっぱつ打ち込んで――」

 「神父として......このようなことを口にするのは良くない――が背に腹は代えられない」


 なんか死にかけのジジイが言おうとしてる。


 私はそれに構わず、神父のジジイの胸倉を掴んで持ち上げ、もう一回腹パンして気絶させようとした――そのときだった。


 「リベットとレニア」

 「?」


 私はそんなジジイが口にした孤児院の子供たちの名前を聞いて、作った拳を放つのを止めた。


 「最近、あの二人......良い感じ......なんだ」

 「っ?!」


 な、なんと?!


 あの二人、か、かか、カップルになったのか?!


 私は両手でジジイの胸倉を掴んで、問い質す。


 「い、良い感じとは、どんな感じだッ!!」

 「ぐ、ぐるじい......」


 私はパッと両手を離して、どさりとジジイを床に落とした。


 「はぁはぁ......もう少しだけ、年寄を......はぁはぁ......労ってくれないかい?」

 「で?!」


 ジジイが女の子座りで弱々しい様子を見せるけど、私は構わず問い質した。


 あの二人は......私が実験台として色々と吹き込んだ男女だ。


 特にレニアには男が喜ぶことを――性知識を教えた。


 全部タフティスからの受け売りだけど、ベッドの上で男にシてやればどう喜ぶかを教えまくった。


 「以前、教会の裏で......」

 「裏で?!」


 「レニアちゃんとリベット君が......」

 「二人がッ?!」


 「キスしてた......」

 「き、きすぅぅうう?!」


 早い! レニア! すごく早い! 私、それ見逃しちゃったじゃん!!


 「それも舌を入れるやつ」

 「んなッ?!」


 私は思わず素っ頓狂な声を上げた。


 レニア、あの屈託のない笑顔の裏で、そんなエッチなキスを......。


 だ、誰がそんな破廉恥なことを教えたんだ......。


 「その場を目撃してしまった私は、神父として彼らの行為を止めることができなかった......」

 「い、いや、間違っていない。正しいと思う。......その後は?!」


 「り、リベット君が、レニアちゃんの胸を揉みしだいていた」

 「っ?! そ、それでッ?!」


 「が、その後、それを発見したシスター・ラミに止められていた」

 「シスタァァァあぁァァああ!!」


 私は絶叫した。


 あ、あんのクソシスター......今度会ったらボコってやる!!


 すると、私が教会内で絶叫したからか、


 「おい!! まだガキがいんのかぁ!!」

 「出てこいッ!!」


 表に居た盗賊共が何人か入ってきた。


 奴らはこの暗闇の中、私をすぐに見つけられなかったのか、怒気を孕んだ声で騒いでいる。


 が、んなことどうでもいい。


 「邪魔だぁぁぁあああ!!!!」

 「ぐはぁぁぁあ!!」

 「ぎゃぁあああ!!」


 私は【紅焔魔法:爆散砲】で、侵入してきた輩を全員ふっ飛ばした。


 当然、教会の扉もその衝撃でぶっ壊れる。


 私は外へ向かって歩み出した。後ろでお説教ジジイが「教会がぁ、教会がぁ」と嘆いていたが、知ったこっちゃない。


 「な、なんだッ!」

 「まさかもう騎士の連中が?!」

 「い、いや、中から出てきたのは......ガキぃ?!」


 騒ぎを聞きつけた盗賊共が、何事かと私の前に現れた。


 私は怒りで目端を釣り上げながら、宣言する。


 「お前らよくも良い感じのレニアたちを攫ったな......全員殺す!!」

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