第215話 即死攻撃のアメ

 『......。』

 「お待たせ」


 闇組織の本拠地から外へ出た僕らは、一足先に、シバさんによって外へ吹き飛ばされたヘラクレアスと対峙していた。


 ここは......いったいどこなんだろ。帝国領土内なんだろうけど、本拠地である屋敷みたいな建物以外、周囲には一切の建造物が無い。


 ぱっと見で森......山の中って感じ。木々も一定間隔で伐採されているからか、密集しているわけでもないので、少なからず人の手によって生活環境が整えられた印象である。


 ヘラクレアスは石造りの天井を突き破るほど勢いよく吹っ飛ばされたのに、平然とその場に佇んでいた。


 ただヘラクレアスの胸には決して小さくない傷が刻まれており、右腕は肘から先が無い。


 それでもヘラクレアスは覚醒状態であることを示すよう、四肢へ伸びる線に紫檀色の輝きを放っていた。


 「大人しくなってどうしたの?」


 一方、僕らの前に出たシバさんは宙に浮きながら、ヘラクレアスを見据えている。


 一人だけ重力に逆らうようにして、地に足を着けない彼はどこか余裕そうだ。


 『外に出たからか? なんか空気がピリピリしてきたな』

 『おそらくあの男の娘の【固有錬成】が周囲に影響を及ぼしているのでしょう』


 男のね?


 妹者さんの言う通り、外に出てから不思議な感覚に陥っている。


 特にこれと断言できることはない。


 ただ外に出た瞬間、シバさんが有利に戦えるように、周囲の環境が徐々に作り変えられている、という感じがした。


 「来ないなら......こっちから行くよ?」


 シバさんがそう宣言すると共に、宙に浮かぶ彼の両隣に、塵も含めて“球”となるよう何かが収束していった。


 大きさはどちらも小柄なシバさんを軽く呑み込むほどだ。言うまでもなく、風という塊で、視認できるのはそれ程までに一箇所に押し固められていったからだ。


 故にその空間が歪むような風の球体が生まれる。


 「やー」


 そしてつい先程も聞いたような、彼の棒読みの声を合図となって、風の球体がヘラクレアス目掛けて放たれた。


 『......。』


 しかしヘラクレアスは、それを難なく【牙槍】を二度行使することで貫く。


 空気を縮した球体が【牙槍】によって貫かれた瞬間、


 「『『っ?!』』」


 ボッ!!


 まるで爆発でも起こったかのように、球体が爆ぜた。


 収束された風が一瞬にして発散したため、爆ぜた箇所の地面が刳られるようにしてクレーターを作った。その余波が後ろに居る僕らのところまで届く。


 マジか。魔法無しであの威力......。


 「まだ行くよ」

 『ッ?!』


 その暴風に紛れて、いつの間にかシバさんがヘラクレアスの懐に入っていた。


 一瞬で敵との距離を詰められたのは、彼の風を操る【固有錬成】による力だろう。


 しかしその間合いはヘラクレアスが大剣を振るうのにも適した間合いだった。


 『ガァアァアア!!』


 巨大な弓を放り投げ、再びどこからとなく大剣を手にしたヘラクレアスは、その恐ろしく研ぎ澄まされた反応で、シバさんを叩き斬ろうとした。


 が、


 「えいッ」


 それよりも早く、シバさんが片手を横に振るった。


 手刀を象ったそれは、彼が横薙ぎに振るっただけで風の刃と化した。


 『ッ!!』


 ヘラクレアスの胸に深い傷を作られた。


 ミルさんの大剣による斬撃も蓄積したのか、ヘラクレアスはどさりとその場に膝を落とす。


 元々無傷だったわけじゃない。魔族特有の黒い血を吹き出したながら、ヘラクレアスは満身創痍といった様子だ。


 そんな奴を傍らで見下ろすシバさんは、同じく手刀をヘラクレアスに振りかざした。


 「これでお終い」


 彼がそう宣言した――その時だ。


 「っ?!」


 シバさんは急にその場を飛び去った。


 その瞬間、彼が居た所に、


 それは一本の細い線かと思えば、瞬く間に厚みを増して、極光を纏う柱と化した。威力は言うまでもなく、地面を深々と余裕で貫通する光線である。


 「空から?!」

 『もしかしてありゃあ......【天啓魔法】かッ?!』

 『【天啓魔法:断罪光】......それも一発だけではありません』


 【天啓魔法:断罪光】?! なにそれ?!


 が、僕が言及するよりも早く、事態は急変した。


 「な、なにあれ......」


 マリさんがどこか気が抜けたような、いや、絶望しきったような声を漏らす。


 彼女を一瞥すれば、空を見上げている様子だった。


 僕は嫌な予感がして、マリさんと同じく空を見上げた。


 そして驚愕する。


 「マジすか」


 夜空に浮かぶは、満点の星――否、無数の純白の魔法陣だ。


 【天啓魔法:断罪光】。どんな魔法かは定かじゃないけど、もしシバさんに直撃してたら......多分、無事じゃいられなかった。


 そんな夜空に浮かぶ無数の魔法陣は、先程、シバさんを狙った一撃のように、次の瞬間には輝き始めた。


 「シバッ!!」


 怒号にも似た声を発したのは、巨躯の騎士ミルさんだ。


 その余裕なんて感じさせない声音から、合図と受け取ったシバさんが行動を始める。


 「全力で逃げるッ!!」


 瞬間、僕らはその場から一気に離れた。


 シバさんが【固有錬成】で、僕らを一斉に掴み上げて離脱してくれたのだ。


 普段の穏やかな彼からでは想像がつかない様子で、シバさんは僕らを運んでくれた。


 「ぐぅ!」

 『あばばばばば!!!』

 『ぐ、ぐるじぃ』


 僕はもちろんのこと、魔族姉妹も高速移動による衝撃で苦しそうにしている。


 でもそんなこと言ってられない。


 なんせ僕らの視界を埋め尽くすほどの閃光が、まるで雨のようにこの地に降り注いだのだから。


 その雨粒一つ一つが【天啓魔法:断罪光】という魔法の一つで、ヘラクレアスのあの【固有錬成】――【牙槍】が付与された一撃だ。


 「ひゃぁぁぁあああ!!」

 「くッ!」


 マリさんとミルさんも余裕の無い声を上げる。


 そりゃあそうだ。マリさんは知ってると思うけど、あの屈強な騎士であるミルだって【牙槍】を食らったら即死なのは違いない。


 そんな防御不可避の攻撃が雨のように、天から降り注がれたのである。


 「シ゛ハ゛さ゛ん゛!!!!」

 「もっと速度を上げろッ!!」

 「やってる!!」

 『死ぬ死ぬ死ぬ!!』

 『死にます死にます死にます!!』


 僕らを必死に運んでくれているシバさんに、無理難題を突きつけるという展開。


 シバさんはただ直進して戦場から離脱しているのではない。


 移動する先にも閃光が降り注いでいるのだから、それを避けようと旋回と高速移動を繰り返すしかないのだ。


 【天啓魔法:断罪光】は着弾と同時に、範囲攻撃と化すレーザービームみたいなもの。


 当たらない方がおかしい。


 それでもシバさんは僕らを手放すことなく、離脱を試みた。


 僕はもう、祈るしかできなかった。

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