第214話 <巨岩の化身>の力

 「「私たちで十分(だな)」」


 そう息ぴったりに、ミルさんとシバさんは宣言した。


 前者の二つ名は<巨岩の化身>。後者は<暴風の化身>。


 どっちも強者感がしてパない。


 『んなら、あたしらは休むか』

 「え?」


 妹者さんがあっさりとそんなことを言うもんなので、僕は間の抜けた声を漏らしてしまった。


 すると姉者さんからも同意の言葉が紡がれる。


 『ですね。休める時に休まないといけません』

 「いや、二人に全部任せるって......」


 『いいんだよ、勝手にやらせときゃ。ピンチになったら手伝ってやればいいだろ』

 「で、でも......」


 僕が魔族姉妹と会話していると、それを不思議に思ったのか、シバさんが声をかけてきた。


 「ナエドコ。休んでて? 顔色悪いよ」

 「し、シバさん......」


 シバさんも魔族姉妹に同意見らしい。


 無論、彼には二人の声が聞こえていないはずだが、傷一つ無くても疲れきった僕の顔から参戦しなくていいと言ってきた。


 そして同様に、ミルさんも背中越しに言う。


 「ナエドコ、お前はよくやった。私が来たときの状況から察するに、あの<4th>だけではなく、ヘラクレアスも一緒に相手していたのだろう? ならば少し休むと良い」


 え、僕らが<4th>と戦ってたこと知ってるの?


 二人が来た頃には、<4th>はもう灰にしちゃってたはずなんだけど......。


 そんな僕の疑問に答えてくれたのは、ミルさんだ。


 「ヘラクレアスとの戦闘中に、突然、<4th>が現れて、オムパウレと一緒に転移したんだ。おかげで満足に戦えなかったしな」


 などと、冗談じみてバトルジャンキーみたいなことを言うミルさんである。


 なるほど、<4th>がオムパウレとヘラクレアスをこの場に転移させる前は、二人はメイン組のミルさんたちと戦っていたのか。


 それにこの場には、未だに<4th>を逃さないための秘密兵器、“Dランク冒険者に負けちゃった闇組織の幹部”号外が散乱している。


 色々と状況から二人は察したのだろう。


 「ミル、時間稼いで」

 「承知ッ」


 そう短く言葉を交わした途端、ミルさんの姿がブレた。


 気づけばミルさんは大剣を手にして、ヘラクレアスに急接近していた模様。


 巨漢で重装備をしているのに、なんて素早い動きなんだ。


 『アァァァアアアアア!!』

 「ふんッ!」


 しかしヘラクレアスも伊達じゃない。


 迫りくるミルさんに反応し、どこからとなく巨大な弓を取り出して、それでミルさんの大剣を受け止めた。


 そしてヘラクレアスはあの獰猛な獣のような動きを取った。


 『ガァッ!!』

 「ぬ?!」


 覚醒状態のヘラクレアスは、そのもう片方の空いている手に大剣を握り、ミルさんへと振るう。


 しかしミルさんはそれを躱した。


 それでもヘラクレアスの猛攻は止まることを知らなかった。


 巨大な弓と大剣の両方を近接に使うことから、まるで二刀流のようであった。


 が、それは形だけで、剣術なんてものは存在しない。ただただ眼前のミルさんを叩き斬ること、叩き潰すことを目的として振るう。


 「まだまだだなッ!!」


 覚醒状態のヘラクレアスに対し、ミルさんは一振りの大剣のみで全て捌いていった。


 素人目から見たら拮抗した戦い。


 いや、


 「そこッ!!」


 ミルさんの方が一枚上手だ。


 ミルさんの横薙ぎ一線が、ヘラクレアスを後方へと弾いた。


 両者の間に少しの距離が生まれる。


 それがヘラクレアスの攻め手になった。


 『ルゥアア!!』

 「っ?! まずい!! ミルさんッ!」


 ヘラクレアスは大剣をミルさんへと投げつけ、その隙にもう一つの武器――弓を構えた。


 ミルさんは飛来してきた大剣を弾き飛ばし、ヘラクレアスの弓に収束して集まった光の矢も受け切ろうとしていた。


 駄目だ。ヘラクレアスの【固有錬成】は受け切れない。


 【固有錬成:牙槍】――防御無視の攻撃だからだ。


 僕が予め伝えなきゃいけなかったそのことを伝えようとすると、シバさんから声が上がった。


 「大丈夫。ミルの剣術は、愚直な攻撃では破れない」


 ヘラクレアスが矢を放つ。


 収束されたその矢は、人造魔族が覚醒状態ということもあってか、その威力は当初の比ではない。


 地面を刳りながら、光線がミルさんを穿たんと突き進む。


 しかし、


 「【アルガーヌ流・龍尾剣術】――」


 その光線はミルさんを貫通することはなく、通り過ぎていった。


 「【鉤爪落とし】」


 ミルさんが静かにそう告げた。


 『あの攻撃の軌道を逸らしたのか』

 『ほほう......。中々やりますね、あの男』


 魔族姉妹がミルさんの剣筋を見てそんなことを言っていた。


 防御するのではなく、受け流したということだろう。


 正直、あの攻撃を食らった身としては信じられない芸当である。


 そんなミルさんの剣術を前にしても、ヘラクレアスは攻めることしかしなかった。


 『ガァァァアアアア!!』

 「来いッ!!」


 ヘラクレアスは遠距離攻撃のはずのその光線を次々と放ち、ミルさんに接近していく。


 ミルさんも望むところらしく、防ぐことができない光線を全て軌道を逸らしながら、攻撃に転じた。


 彼の大剣も自身の身長を超える刃渡りというのに、それをまるで棒切れのように振り回すのは、いったいどれほど鍛錬を積めばできるのだろうか。


 故に魔法も無しで、剣術のみで蛮魔とやり合っている事実が成り立つ。


 「も、もしかして、ミルさんはすごい【固有錬成】を持ってたりして......」


 さすがに剣術だけでやり合っているとは信じれなかった僕は、ついそんなことを呟いてしまった。


 しかしそれはマリさんによって否定された。


 「ミルも【固有錬成】を持っているけど、直接戦闘には関係ないんだよ〜」


 彼女は調子が戻ったのか、いつもの戯けた様子で言った。


 「“モノを少しだけ頑丈にする”......それがミルのスキルなんだ」

 「マジすか」

 『ほう。そりゃあすげぇーな』

 『理性のない半ば獣のような戦い方とは言え、蛮魔相手に剣術一本で渡り合えるのは称賛に価します』


 魔族姉妹も関心している様子だ。


 モノを少しだけ頑丈にするスキル......確かに戦闘には直結しないな。


 事実、そう言われると、ミルさんの重装備はヘラクレアスの近距離攻撃を受けても、そこまで損傷は無かった。


 無傷というわけではない。それでも受け切って攻撃に転じている。


 そんなミルさんはヘラクレアスの隙を突いて―――狙う。


 「【アルガーヌ流・龍尾剣術】」

 『ッ?!』


 ミルさんの巨躯が縮こまって、ヘラクレアスの懐に飛び込んだみたいだ。


 元々、お互い図体のデカい者同士の戦いである。


 しかしそれが今では、ミルさんの技量によって、まるで錯覚でもしているかのような戦場と化していた。


 「【鉄斬尾】ッ」


 瞬間、上段に構えたミルさんの大剣が振り下ろされ、ヘラクレアスの左肩か斜め下に深い傷を作った。


 ヘラクレアスの胸から黒い血が吹き出る。


 その攻撃に、ヘラクレアスが一瞬蹌踉めくが、ミルさんの猛攻は止まらなかった。


 「ざんッ、てつび!!」


 二度目の【鉄斬尾】が、ヘラクレアスの右腕を切断した。


 このままミルさんが押し切ると思いきや、


 「っ?!」


 ヘラクレアスが失った右腕の代わりに、口で弓を引いて、至近距離で【牙槍】を放った。


 ミルさんはそれを既の所で躱し、バックステップで距離を取る。


 それを機に、右腕を失ったことをまるで意に介さないヘラクレアスが攻めに入った。


 距離を縮めながら【牙槍】を放つ――その時だった。


 「やー」


 静かで透き通るような声。シバさんの声だ。


 それは限りなく棒読みで、感情なんて微塵も込められていなかった。


 そんな声と共に風が―――爆発を生む。


 『ッ?!』


 ヘラクレアスが踏み出した瞬間、その足がまるで地雷でも踏んだかのように、状況が一変する。


 爆風にも似た風が、突如として奴の足下から生まれた。


 その勢いは下から上へ。ヘラクレアスの巨躯を一瞬にして天へと吹っ飛ばす。


 「きゃ!」


 マリさんが可愛らしく少女特有の高い声を上げて、吹き荒れる風に驚く。


 そしてそのままヘラクレアスは天井に大穴を作ってどこかへ吹っ飛ばされた。


 後に空いた大穴は、ここが地上階ということもあってか、外の景色を覗かせる。夜だ。雲ひとつ無い夜空が、その大穴から見えた。


 風通しが良くなって、外から涼しい夜風が僕の肌をくすぐってくる。


 そんな大穴を作った張本人のシバさんは、この時を待ち望んでいたかのように言った。


 「さ、外へ行こ。ここからは私の番」

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