第213話 ポーション飲みたかったのに・・・

 『ダッサ』

 「......。」


 僕が決め顔で「女の子を泣かせたことさ」とか言ったら、姉者さんからそんなお言葉を頂戴してしまった。


 別に格好つけようと思って言ったわけじゃないけど......。


 まぁ、今思い返してみれば、たしかに......うん、もう二度と言わないようにしよう。


 『すっごい鳥肌立ちました。見てください、苗床さん』

 「み、見せなくていいよ」


 姉者さんの言う通り、左腕だけすごい鳥肌が立っているという奇妙な現象を目にした。


 僕がかなり傷ついたのは言うまでもない。


 『妹者、あなたも今の彼の発言を聞いて、恥ずかしくなりませんでしたか?』

 『......。』


 姉者さんがそう問いかけるも、妹者さんから反応は無い。


 『妹者?』

 『っ?!』


 『どうしました?』

 『え、あ、いや! な、なんでもねぇー!!』


 『そうですか? どこか顔が赤い感じがしますが......。苗床さんのあのキモ発言、妹者も恥ずかしくて死にたくなりませんでしたか?』

 「そ、そこまで言わなくても......」


 落ち込む僕に畳み掛ける姉者さん。


 しかし妹者さんから返ってきた言葉は、僕らが予想もしていなかったことだ。


 『ま、まぁ、いいんじゃねぇの? ああいう決め台詞言ってもよ。むしろあーし的には全然アリ――』

 「い、妹者さん?」


 『な、ななんでもねぇーよ!!』

 『あ、あなた、もしかしてさっきので興ふ――』


 『しッしししししてねぇーよ!!!』


 よくわかんないけど、妹者さんなりに僕をフォローしてくれたみたい。


 なんだか出会った当初と比べて、妹者さんは僕に優しく接してくれるようになった気がする。


 そんなことを考えていた僕は、


 ――ガキンッ――


 なにやら不穏な音が背後から聞こえてきたことに気づく。


 ゆっくりと音のする方へ振り返ると、そこには――


 『ガァァァアアアア!!』


 ――ヘラクレアスが、縛られている右腕の鉄鎖をぶち壊した姿があった。


 僕は虚無感に満ちた視線を奴に向けながら、とある女性の名前を呼んだ。


 「......姉者さん」

 『やはり無理して使ったのがいけなかったのでしょうか。もう維持できませんよ。限界です』

 「姉者さん!!」


 マジかよ?! 全盛期の頃のスキルだかなんだか知らないけど、もう僕も限界なんだけど!!


 身体に傷こそ一つも残ってないけど、もうへとへとだ。正直、逃げ出したい気持ちでいっぱいである。


 しかしヘラクレアスは止まらない。


 片腕が自由になったことにより、今度はもう片方の腕を縛っている漆黒の鉄鎖を引き千切った。


 そして最後に、自由になった両手で、両足を縛る鉄鎖を握ってガキンガキンと力強く揺さぶっていた。


 「と、とりあえず、まだ戦闘は続くみたいだし、応戦するしか――」

 「だい、じょうぶ......だよ」


 っ?!


 僕は驚いて、声のする方へ振り向いた。


 振り向いた先に、マリさんが壁にもたれ掛かっている様子を目にする。


 「マリさん?! 生きてたんですか?!」

 「は、はは......勝手にころす、なし」


 死んではいないだろうとは思っていたけど、確かめるタイミング無かったから......。


 無論、マリさんは全身ボロボロの状態で、早く治療した方がいい様子である。


 が、マリさんが口にした言葉が気になったので、言及することにした。


 「大丈夫......とは?」

 「もうマリたちが戦う必要、無いってこと」


 マリさんは息を整えながら、そう告げた――その時だ。


 ガキンッ。


 『アアァァァアアァァア!!』

 「っ?!」


 遂に両足の鉄鎖を引き千切り終えたヘラクレアスが、自由の身となった。


 『グルァアアァァァアアア!!』

 「ヤバいッ!」

 『【閃焼刃】!!』

 『【鮮氷刃】』


 僕はとりあえず、魔族姉妹が生成してくれた魔法の剣を手にし、ヘラクレアスと対峙する。


 が、


 「お待たせ」


 どこからか、ヘラクレアスの咆哮が響くこの空間に、透き通るような女性の声が聞こえた。


 『ッ?!』


 瞬間、一陣の風が、僕の真横を通り過ぎて、ヘラクレアスの巨体に直撃した。


 その衝撃で勢いよく吹っ飛ばされたヘラクレアスは、壁に激突してその身を瓦礫の中に埋めた。


 僕の攻撃でも、マリさんによるものでもない。


 僕らの後方にある扉から現れたのは、灰色の短い髪を風に靡かせた可憐な少女だ。


 否、


 「?!」


 シバという少年の騎士である。


 「ん。怪我がなくて良かった」

 「え、あ、はい。まぁ、僕は怪我しても治せるので」

 「マリは大怪我してるけど?!」


 などと、相変わらずシバさんは、マリさんの様子は眼中にないと言った様子で、僕と言葉を交わしていた。


 シバさんってたしか、あの図体のデカいミルさんと一緒に行動してたメイン組だよね。どうしてここに......。


 そんな僕の疑問を察してか、シバさんが口を開いた。


 「風に導かれて」

 「な、なるほど」


 “風に導かれて”。


 やはりこういった言葉は、それなりに容姿が整っていないと言っちゃいけないのだろうか。シバさんが言うと、全然抵抗感が無い。


 それどころか、ちょっと格好いいって思ってしまった次第である。


 『恥っずい言葉ですね』

 『今のはダセェな。鳥肌立ってきたわ』


 が、魔族姉妹には刺さらなかった模様。


 両腕だけ鳥肌が立っている様子を見るに、二人は本音を口にしたんだなって実感する。


 妹者さんに至っては、先程までの僕にかけてくれたフォローすらしてくれない始末だ。どんだけ寒気がしたんだろ。


 「おい、戦闘中だぞ。集中しろ」


 そしてシバさんの後に続いて、巨漢の騎士が現れた。


 ミルさんである。


 二人とも怪我なんて全くしてなさそうな様子だ。


 「ミルミル〜、ポーション無い〜?」

 「その呼び方はやめろ。ほら」


 ミルさんは腰に携えているポーチから、なにやら紫色の液体の入った小瓶をマリさんに投げ渡した。


 マリさんはそれを受け取って、蓋を開けてから口をつけて飲んだ。


 途端、マリさんの全身に負った傷が徐々に癒やされていく。


 ポーション......。目にするのは二回目だけど、一度は飲んでみたいという感想しか浮かばない。


 不味そうな色なんだけどね。異世界に来たら、一回は飲んでみたいよ。常に金欠だからそんな余裕無いけど。


 「まっずーい」


 やっぱり不味いらしい。


 半分ほど飲み干したポーションを口から離したマリさんは、僕がじっと見つめていることに気づいて、不思議そうに声を掛けてきた。


 「なに?」

 「いえ、ポーション飲んだことないので、どんな味なのかなって」

 「え?! 飲んだこと無いの?!」


 と驚くマリさんだが、先の戦闘で度々怪我しまくってた僕が、今は傷一つ無い様子を見て、それもそうかと納得したように苦笑する。


 妹者さんが居る限り、僕にポーションは必要ないからね。


 するとマリさんが、手にしているポーションの中身を揺さぶりながら、僕に言ってきた。


 「飲んでみる?」

 『っ?!』

 「え、いいんですか?」


 思いがけないマリさんの提案に、なぜか右腕がビクッと驚いた感じがしたけど、僕はマリさんが分けてくれるというポーションに釘付けである。


 『だ、駄目だッ! お前、怪我してねぇだろッ!! 鈴木にはあたしが居るから必要ねぇー!!』


 と、妹者さんが早口で、マリさんの提案を全力拒否してきた。


 な、なに、なんなの。やけに必死じゃん。


 たしかに妹者さんの言う通りだけど、本人がくれるって言ってるんだから、飲んでもいいでしょ。


 それにこの機会を逃したら、いつ飲めるって言うんだ。


 僕がそんな妹者さんを無視して、マリさんからポーションを受け取ろうと、彼女に近づくと、


 「......やっぱ駄目」


 マリさんはぷいっとそっぽを向いて、差し出したポーションを引っ込めた。


 なんだか彼女の顔がやけに赤い。ポーションの副作用的なやつだろうか。


 そして次の瞬間、マリさんはそれら全てを一気に飲み干した。


 「あ」

 「うっげぇ〜」

 『ほっ』

 『なに馬鹿なことしてんですか、あなたたちは......』


 え、ええー。なんなの。傷治ったんなら、僕にちょうだいよ......。


 なんでそんな意地悪するかなぁ。


 『アァァァアアアアア!!』

 「『『っ?!』』」


 不意に、腹の底から憎悪に満ちた怒号がこの空間に放たれた。


 ヘラクレアスである。


 シバさんに吹っ飛ばされてから、再びここへ戻ってきたらしい。


 「さっきも思ったけど、あの人造魔族、変。なんか光ってる」


 シバさんがヘラクレアスを見ながら、そんなことを呟く。


 僕はシバさんとミルさんに告げた。


 「覚醒状態......らしいです」

 「......【解錠アンロック】、とやらか」

 「ふーん」


 僕の言葉にミルさんがなにやら思い当たる節でもあるかのように頷いた。


 シバさんは興味無さげに、ヘラクレアスを一瞥している。


 そんな二人は並んで僕らの前に出て、宣言した。


 「「私たちで十分(だな)」」

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