閑話 [ルホス] 人間キライ
「え、この国、もう直戦争が始まるの?」
「みたいです」
私が休日のマーレと一緒にお茶をしていると、マーレが淡々とそんな話題を出してきた。
昼過ぎの時間帯、私は朝食兼昼食をいつも通り教会で済ませてきて、帰ってきた頃合いでマーレがお茶を淹れて寛いでいたので、一緒に余暇を過ごしている。
「戦争って......この国はいつも通りだぞ」
「戦争を吹っ掛けてくる国が正式に宣戦布告をしていないからですね」
「どういうこと?」
「さぁ? 私も人間同士の争いは昔から見てきましたが、当事者に関わったこと無いので、事情は知りません」
「マーレはなんでそもそも知ってるんだ?」
「長生きしていると、色々と情報は入ってくるのです」
マーレ曰く、自分は冒険者ギルドの新人職員の身分だが、普通にギルド長の部屋からそんな会話が聞こえてきたとのこと。
ちょこっと各地に飛び回って調査しただけでも、それが事実であることが判明したらしい。
で、この王国に戦争を仕掛けてくる帝国が宣戦布告するのは、約十日後というのも調査の結果である。
「戦争が始まったら冒険者ギルドはどうするんだ?」
「個人の自由ですね。冒険者ギルドとは各国に点在するだけで、元は一つの組織なんです。なので個人の意思にお任せします。戦争に参加するも良し、他国へ逃げるも良しです」
「マーレは?」
「私はギルド職員なので、ギルドの方針に従います。国政が悪化して、かなり生活に支障が出るようでしたら、この国の冒険者ギルドは解体される予定です」
「解体されたら?」
「その後、希望すれば、他所の国のギルドでまた職員として働くこともできますが......この機会ですし、少し稼いで来ようかと思います」
「稼ぐ? なんで?」
「どっかの骸骨さんを闇オークションで高額で競り落としたり、誰かさんの暴食が毎日続いてたら、資金に余裕が無くなってきました」
“骸骨さん”とは私のお祖父ちゃんのことだろう。
なんで闇オークションに出品されていたかわからないけど、たぶんお祖父ちゃんのことだから、気まぐれに違いない。
暴食は......まぁ、うん、育ち盛りだから。
私は溜息を吐くマーレに、続けて聞いた。
「どうやって稼ぐの?」
「手っ取り早いのは大貴族の愛人になったりとかでしょうか。その辺りは追々考えます」
「頭の中ピンクだな。ド変態蛮魔め」
「り、利用できるものを利用しているだけですから」
お前みたいな軽はずみな性行為に走る奴が居るから、私みたいな母親の顔も知らない蛮魔の娘ができるんだぞ。
と言ってやりたいが、別に怒りを覚えることはなかったので、やめておいた。
するとマーレは茶菓子のクッキーを齧りながら、私に聞いてきた。
「ルホスちゃんはどうするのですか?」
その問いに、私は黙考した。
王国と帝国の戦争始まったら......別にこの国の民でもない私は戦争に参加する必要は無い。というか、したくない。
が、この国にはあの孤児院と教会がある。
あそこに食材を持ってけば、見返りに調理してくれるので、私はあそこをそこそこ重宝している。
でもそれは鈴木が側に居ないから利用しているだけだ。
その鈴木は帝国に居て、中々この国に帰ってこない。
もしかして、鈴木は帝国の味方をするつもりだろうか。いや、でもアーレスも一緒に居るし、それは無い......はず。
仮に鈴木が帝国の味方だとしたら、この国を滅ぼす気なのかな。
そしたらあの教会も、鬱陶しいシスターやガキ共を殺すのかな。
私はどうしたらいいんだろ......。
「よく......わからない」
「?」
「私はまだ鈴木と一緒にいたい。あいつが旅をするっていうなら一緒に旅したい。すごく......楽しいから」
私は言って気づいた。
思わず本音が出ちゃったために、一人称がいつも話すときの“我”を忘れて“私”になっていることを。
慌ててマーレの顔を見ると、奴はニタァと意地の悪い笑みを浮かべていた。
他人の感情を可視化できる私の常時発動型の【固有錬成】でマーレを見たら、桃色のオーラで綺麗に染まっていた。
桃色はアレだ......人が発情したり、恋愛的な何かに思いを馳せると纏うオーラだ。
「あらまぁあらまぁ〜。女の子ですねぇ〜」
「う、うううううるさい!! とにかく我は戦争なんか知らん! 好きに動く!」
「一人称“私”じゃないんですかぁ?」
「っ?!」
私は苛立って席を立った。そのままズカズカと玄関へと向かう。
「どちらへ?」
「狩りッ! そろそろ在庫が切れるってシスターに言われた!」
「お気をつけて〜」
どこまでも人を小馬鹿にするようなマーレに、私は言葉を返さず、その場を後にした。
*****
「うーん。全然使えない......」
王国付近のモンスターが出る森林地帯へやってきた私は、さっそく食料となるようなモンスターを見つけて狩りを始めた。
相手はグレートボア。Dランク相当のモンスターらしいけど、正直、動きは単調だし、ザコいから狩りやすい。
そんな相手に、私は王国騎士団総隊長タフティスから教えてもらった、【棍牙】を作れるように練習していた。
まぁ実際、あいつから教えてもらったのは、名前と見た目だけで、やり方とか全くだったけど。
【棍牙】とは鬼牙種の魔族の【種族固有魔法】というもので、鬼牙種の私なら使えるはずなんだけど、全然それができない。
『ブヒィィイイイイ!』
「おっと」
色々と考えていたら、イノシシみたいなモンスターが、私目掛けて突進してきた。
私はグレートボアの太い牙を片手で掴んで、その突進に急ブレーキを駆ける。
今の私は鬼牙種特有の黒い角を額に出している。
この状態の私は、身体能力が普段の比較にならないほど跳ね上がるため、グレートボア程度の突進なら余裕で受け止めることができた。
私はそのまま、以前、タフティスが見せた【棍牙】をイメージして、片手に意識を集中させる。
パキ、パキパキ。
何かが形成されていく音が聞こえた。
意識した片手を見ると......
「石ころ......」
光沢の無い黒紫色の石ころが作られていた。
いつものパターンである。
「作れることは作れるみたいなんだよね......」
その石ころも、私が意識を逸らすと、一瞬で霧散して手のひらから消えてしまった。
「これ、戦闘に役立つ気がしないんだけど」
そう呟いた私は、グレートボアの脳天に、【死屍魔法:封殺槍】を打ち込んだ。
*****
「な、なにあれ」
グレートボアの狩りを終え、解体し終えた私は、次に教会へ向かった。
時間もちょうどいい頃合いで......いや、おそらく日付が変わる前だな。もう辺りは真っ暗だ。
そんな暗闇の中、
「おい、さっさとそのガキ共を連れてけ!」
「騎士の連中に勘付かれるなよ!」
複数人の中年男性が、孤児院の子供たちを馬車の荷台の中に押し込んでいた。
泣いている子供たちも居るが、その声は口の中に何か詰め込まれているのか、噛まされているのかわからないが、近くの物陰からそれを眺めている私の耳には子供たちの声が届かない。
「誘拐?」
ぼそりとそう呟くと、その推測が間違っていないことに気づく。
助けた方がいいのかな。いやでも事情を全く知らない今行動してもなぁ。
悩む私は、その場にドサリとグレートボアの肉塊を置いて、教会の裏口からこっそりとお邪魔した。
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