第225話 力づくで開戦回避策
「こ、皇帝陛下を幽閉?!」
「声が大きいわよ」
僕が驚きの声を上げると、皇女さんが叱責してきた。
現在、帝都に帰還してから翌日、皇女さんの執務室に居る僕らは、今後の活動について作戦会議を行っていた。
この場には僕らの他に、皇女の専属執事のバートさん、護衛役である僕とアーレスさん、<
皇女さんの唐突な発言に驚いたのは僕くらいなもので、バートさんやアーレスさんは予想をしていたのか、特に反応を見せることもなかった。
エルフっ子は人間の争い事に対して口出しする気が無いのか、部屋の済で大人しく立っている。
「そ、そんな強引な......」
「仕方ないじゃない。私の味方してくれる貴族が少ないんだもの」
と口を尖らせて言う皇女さん。
可愛い仕草だけど、言ってる内容は物騒だ。
『皇帝攫えば済む話なのか?』
『どうでしょ。一応、この国は皇帝が絶対的な支配者として統治しているので、軍事的な面で言えば、権力は最高位でしょうが......』
『ん? 皇帝を攫うってことは、代わりになる奴が必要だよな?』
『ええ』
魔族姉妹の会話に、僕は大方の検討がついていた。
「それって殿下が皇帝......いや、女帝になるということですか?」
「......そうよ」
僕の問いに、皇女さんは頷いた。
聞けば、今回の戦争に反対派の貴族は全体の約三割といったところだ。
勢力的にも厳しいらしい。
じゃあ、どうやったらより平和的に戦争が始まるのを防げるのか。
それは皇女さんが皇帝さんの代わりになって、全ての権力を奪うことだ。
「そんなの危険過ぎますよ......」
「殿下、お言葉ですが、ナエドコの言う通りです」
すると僕と同意見だったのか、女執事のバートさんまで便乗してきた。
当たり前だ。この国に限った話かわからないが、皇帝という国の頂点に位置する存在はリスクがやたらと多い。
まずその命が常に狙われる状況だ。
暗殺は別に珍しいことじゃない。が、それを不可能とさせているのが、<
それで絶対的な安全を得られているかは確信が持てないけど、一応、全員が敵というわけではない。皇帝を支持するものだって少なくないはずだ。
それ故に今日まで、皇帝バーダン・フェイル・ボロンは健在なのである。
「じゃあ他にどうしろと言うのよ」
「それは......そもそもどうやって幽閉するんです?」
「それはあなたたちが頑張って<
「マジすか......」
皇女さんの信頼が無貌に直結してる......。
「これでも一応考えたつもりなのだけれど」
「というと?」
「まずは帝国の歴史から説明しようかしら。パパの前の前の皇帝――私の曽祖父に当たる人物がどうやって皇帝になったのか、マイケルは知っている?」
「いえ。普通に親族だから継承したのでは?」
「殺したのよ。自分の父親を」
僕の予想は、皇女さんのそんな思い切りのある一言によって切り捨てられた。
「当時の帝国は戦争で富を育んできた国家なの。領土を、進軍を北へ集中してた皇帝は、その息子である私の曽祖父の手によって殺された。陰で謀反を企てられていたことにも気づかずにね」
「......そこから、帝国は戦争による侵略をやめたのですか?」
「いいえ。曽祖父は戦争を止めなかった。彼の意見はこう『北へ進軍するのではない。南へ迎え』......だそうよ」
「......。」
たったそれだけの理由で、自分の親を殺したのか。
帝国の歴史、相当血生臭いな。
僕は次に抱いた疑問を、そのまま皇女さんに聞くことにした。
「今の皇帝陛下はどのようにして?」
「パパは親族として皇位を継承したわ。何がどう変わったのか、曽祖父から皇位を継承した祖父の代から、戦争による侵略を止めて、外交や貿易を中心にしていたのよ。当時はほぼ形だけで中身は大したことしてなかったけど」
「なるほど......」
「でも、それもパパの代で終わり。これからまた戦争を始める気だもの」
皇女さんは感情を殺すようにして語った。
一応、帝国に属する小国と他国との紛争レベルの争いは今も各地でやっているらしい。
が、言うまでもなく、王国という大国に対しての戦争は、それの比じゃないくらい大規模になる。
『まぁ、誰かが絶対的な支配権を持っていれば、それなりに生々しい過去ができるものですよ』
『人間ってのはコロコロと変わるからなぁー』
などと、魔族姉妹はどこか興味なさげに言っていた。
「そんな帝国だからこそ、強引な手段で権力を握ることができる。私が女帝として君臨すれば、戦争を止められるわ」
「でもそれは......」
僕は言葉の続きを言えなかった。
皇女さんが皇帝の代わりになったら、常に暗殺や謀反に脅かされる日々を送ることになる。
さっきの話通りなら、今の皇女さんの味方となってくれる有力貴族は約三割。だとしたら単純な話、残りの七割は反対意見で、敵になる者も出てくるかもしれない。
<
きっと今の皇帝さんを優先して護るに違いない。なら皇女さんが女帝になったとき、本当に忠誠を捧げるべき相手を変えることができるだろうか。
実現できるのか? 本当に、皇女さんが安全に日々を過ごせる日常は。
「仮に」
すると今まで黙って話を聞いていたアーレスさんが口を開いた。
この場に居る全員が、そんな彼女に注目する。
「仮にロトル殿下の言う通り、我々が謀反に協力するとしよう。結果、上手くことが運んで、女帝になった後はどうする気だ?」
『たしかになぁ』
『私たちがこの場にいるのは、一時的な関係があるからですしね』
そう、それだ。
僕らはずっと皇女さんの側に居るわけじゃないんだ。いずれ帝国を去る予定に変わりはない。
それを理解していない皇女さんじゃないはずだ。
「根性論で悪いけど、あとは私独りになっても踏ん張るだけよ」
「無茶すぎません?」
「ふふ。ならマイケルだけでも残りなさい」
「い、いや、さすがにそれはちょっと......」
「......冒険者であるマイケルも、王国騎士のアーレスも、いずれ私の下から離れることは重々承知しているわ。あの金にしか興味がないレベッカもね」
「殿下......」
皇女さんは苦笑しながら、僕らにそう言ってきた。
でもころっと表情を変えて、彼女は強気に振る舞う。
「安心なさい。私が命を賭けて、誰も刃向かう気すら起こらない帝国を創るから。......それが“宿命”――いいえ、“覚悟”よ」
にかっと笑みを浮かべる彼女はどこまでも見栄を張り続けていた。
『スズキ、女が覚悟決めたんだ。んなら、全力で力になってやれ』
『あなたも意志を曲げる気は無いのでしょう? なら、いずれ分かれ道は来ます。覚悟なさい』
「......。」
魔族姉妹もここまで言ってるんだ。なら僕も――覚悟するしかない。
「わかりました。殿下、絶対にあなたを女帝にしてみせます」
「ありがと。期待しているわ。......きっとあんたは、私が女帝になったら“陛下”って呼ぶのよね......」
「? ええ、違うんですか?」
「......なんでもないわよ、ったく」
と、なぜか若干不機嫌な様子を見せる皇女さん。
なに、あまり呼び方とか詳しくないから、間違ってたら教えてほしいんだけど。
なんか姉者さんが僕の左頬を抓ってくるし。なんなの。
そして皇女さんは話を続けた。
「で、私が女帝になるためには、言うまでもなく、純粋な“力”が必要だわ」
そう言って、皇女さんはアーレスさんに視線を移した。
アーレスさんが不敵な笑みを浮かべて言う。
「<
『違います。アホですか』
『殺すな』
「さすがにそれはないわ。あと、うちの<
「なんて物騒な奴なんだ。王国はこんな狂人を騎士にしているのか」
と魔族姉妹、皇女さん、女執事と続いて、アーレスさんに非難が浴びせられた。
アーレスさんは腕を組んで、真顔で言った。
「......さすがに冗談だ」
笑えないよ、あなたの冗談。本当に。
ちょっと可哀想だったけど、アーレスさんに非があるのでフォローするのは止めようと思った僕である。
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