第223話 これぞ、マイホーム?

 「ナエドコです。ただいま戻りました」


 ノックの後、部屋の主に入室の許可を得て、僕は扉を開けた。


 中に入ると、部屋の主である皇女さんの他に彼女の専属執事であるバートさんが居た。


 半ば予想してたことだけど、皇女さんはやっぱり彼女を選んだらしい。


 バートさんは僕と目が合っても何も言う気は無いみたいだ。


 「マイケル、おかえりなさい。無事で何よりだわ」


 「はい。殿下もお元気で――という感じではなさそうですね」


 「そうね。昨夜もあまり寝れなかったかも」


 「であれば、僕が殿下のお側で子守歌を――」


 「結構よ。......バート、私と彼の分のお茶をお願い」


 「畏まりました」


 そう言って、バートさんはこの部屋を後にした。残されたのは僕と皇女さんだけである。


 静かなこの空間で、僕は彼女に聞くことにした。


 「アーレスさんとウズメちゃんはどこに?」


 「アーレスがウズメを連れて厨房にでも行っているのではないかしら? 何度言っても、護衛のくせに私の側から離れるのよね」


 「そ、それはその、すみません」


 「なんであなたが謝るのよ」


 いや、人選ミスったのは僕の責任とも言えるし......。


 僕は皇女さんに促されるまま、席に着いた。


 「それで? 闇組織を襲撃した結果はどうだったのかしら?」


 「そうですね。まずは――」


 僕は皇女さんの側から離れて、闇組織の本拠地を襲撃したときの報告をした。


 帝国側に損失はあったのか。同行した<四法騎士フォーナイツ>は無事だったのか。王国との戦争に利用するため、組織から奪おうとした奴隷たちはどうなったのか。<黒き王冠ブラック・クラウン>の親玉はどうなったのか。そして――<4th>のことも。


 皇女さんはそれを静かに聞いていた。


 かなり長いこと話していたが、お茶を取りに行ったバートさんがこの場に戻ってくる気配はまだなかった。きっと気を使ってくれているのだろう。


 「なら、ママの仇はとってくれたのね?」


 「ええ」


 「そう......だったら、あとは宰相だけかしら」


 「殿下」


 僕が皇女さんを呼ぶと、彼女は僕のことをじっと見つめてきた。


 なんとなくだ。そう、なんとなく。なんとなく、彼女を呼んでみた。


 さっきから彼女の声がどこか震えた声だったからだろうか。


 少しの間、この空間に静寂が訪れた。


 でも、


 「マイケル」


 「はい」


 「今から少しの間、私のすることは忘れなさい」


 僕が返事をするや否や、彼女は突然、僕の胸に頭突きしてきた。


 いや、違う。


 「ありが、どう......ほん、どうに......ママの、がだ、きを......どってくれて......ありがとう」


 彼女は突然泣き始めた。


 今まで我慢していた感情が一気に溢れ出たのだろう。嗚咽混じりに、何度も僕に感謝の言葉を繰り返し紡いできた。


 僕は自身の胸に埋まっている彼女の頭をそっと撫でた。柔らかな美しい彼女の金髪は見た目通りさらさらだ。


 『よがっだな、よがっだな......ずび』


 『あなたまで、ぐすッ、なに泣いているんですか』


 と、魔族姉妹まで感極まっている模様。


 僕はしばらく彼女が落ち着くまでそうしていた。


 すると、皇女さんが僕から離れて、涙で腫らした目元を擦りながら、再び自身の席に着いた。


 「ふぅ。落ち着いてきたわ。ありがと」


 「いえいえ。いつでも胸を貸してあげますから」


 「も、もう。そういうことを軽い気持ちで言わないでよ。あ、甘えたくなるじゃない」


 「今なんと?」


 「な、なんでもないわッ!」


 「あいた」


 皇女さんが僕に向かって、近くの紙束を投げつけてきた。


 聞き返してしまった僕だが、ちゃんと聞こえているのは言うまでもない。


 そうそう。こういうのだよ、異世界で頑張っちゃう理由ってのはさ。


 『この男のどこに惚れる要素があるのでしょ』


 『くそ野郎だな。女を誑かしやがって』


 そして魔族姉妹から辛辣なお言葉も頂戴する。


 僕はそこまで女性を弄ぶような発言をしたのだろうか。紳士ぶったんだけど、どうやら僕にはまだ早かったみたいだ。


 ”紳士ぶった”とか言ってる時点でダメか。難しい。


 「殿下、失礼します」


 すると、部屋の中にバートさんがワゴンを押しながら入ってきた。


 なんて都合の良いタイミングなんだ。と思いきや、彼女の目元が赤い。入室時の声もちょっと上擦っていた。


 『あの女執事、部屋の外で話聞いてたな』


 『空気を読んで待っていたのでしょう』


 ふむ。僕も二人に同意見だ。


 主と一緒に泣くことができるとか、やはり忠臣なんだなと感心してしまう。


 「ぐすッ失礼します」


 「入るぞ」


 すると、バートさんに続いて、エルフっ子ことウズメちゃんと、赤髪の美女、アーレスさんも入室してきた。


 ウズメちゃんの様子から察するに、この人たちもバートさんと同じく、部屋の外で僕らの状況を窺ってたな。エルフっ子泣いてるし。


 「ザコ少年君、無事に帰ってこれたか」


 「はい」


 「そうか。疲れただろう。そんな時は甘いものだ」


 「ありがとうございます」


 と、なにやら上機嫌のアーレスさんから、フルーツタルトっぽい何かが乗った皿を受け取ったので、素直にお礼を言うしかない僕であった。


 この人、護衛の自覚あるのかな......。


 何もなかったみたいだから良かったけど。


 「闇組織の件は片付いたし、あとは......王国との戦争ね」


 と、皇女さんは紅茶を片手にそんなことを呟いた。


 一番の難関だな。


 「あれ、宰相の件はどうするんですか?」


 僕は先程、皇女さんが口にした件を質問した。


 帝国の宰相は裏切り者だ。まだ幼い皇女さんを利用して、母の殺害を王国のせいにし、憎悪を擦り付けた。


 闇組織、特に<黒き王冠ブラック・クラウン>は壊滅にまで追い込んだが、諸悪の根源である宰相をどうにかしなければ。


 僕のそんな疑問に、皇女さんはあっさりと答えた。


 「その件に関しては大丈夫よ。パパがオーディーに任せたみたいだから」


 オーディー・バルトクト。帝国の騎士団総隊長さんだ。


 今までにも幾度となく、悪事を働いた貴族を処罰してきたとか聞いたけど、今回もそんな感じだろうか。まぁ、皇女さんが大丈夫って言ってるし、大丈夫なんだろう。

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