閑話 帝国の姫と王国の騎士
「菓子を持ってきてやったぞ」
「あ、アーレスさんッ!」
バタンッ。帝国皇女の部屋の扉が勢いよく開かれ、ズカズカと許可なく中に入ってきたのは、王国騎士団第一部隊副隊長、アーレスである。
その身なりは街を行き交う人々のそれだが、風格は一般人のそれではない。
部屋の主であるロトルと従者バートは、美しい赤髪を後ろで結ったポニーテールが、入室の勢いに応じて左右に揺れている様を目にしていた。
アーレスがバスケットを片手に入室したのである。
「な、何者だ、貴様ッ!!」
見知らぬアーレスを前に、バートが懐に忍ばせていた短剣を即座に引き抜いた。
しかしアーレスはそれを気にすること無く、部屋の中央付近にあるテーブルへと向かった。
「さすがは帝国城。調理場で所望した物を言ったら、即出てきた。それも手抜きしたものではない。職人が丹精込めて作った菓子だ。感動したぞ」
「そんなことで感動されてもね......」
「殿下ッ?!」
アーレスの登場に慣れたと言わんばかりのロトルは、戸惑うバートを片手で制して、アーレスの入室を認めた。
ロトルがお茶をしていたテーブルの上に、アーレスがバスケットを置く。
そんなアーレスの頬には、何やら白い汚れが付いていた。
「本日の菓子はシュークリームというやつらしい。それ自体は街でも売られている高級菓子のひとつだが、ここにあるのは、その中にシロップ漬けにした果実が数種類入っているものだ。無論、毒味はしておいた。護衛としてな。護衛として」
「あらそう。私はさっきお茶したから要らないわ」
いつにもまして饒舌に語るアーレスはどこかご機嫌だ。
それもそのはず、王国騎士団第一部隊副隊長は大の甘党なのだから。
皇女の護衛をしている今を堪能すべく、立場をフル活用して、そこら辺の貴族でも口にしたことが無い菓子を楽しんでいた。
無論、独断で。
「なら致し方ない。......私がいただこう!」
「あと前から言ってるけど、私の許可なく側から離れるのやめてくれないかしら? あなた護衛役として雇われているのよね?」
「そうだが? そろそろ茶の時間だったろう? 気を使って、菓子を取りに行ったんだぞ」
「だからって、それはあなたに頼まないから。あとウズメを勝手に連れてかないで」
アーレスに続いて入室してきたのは、エルフの奴隷少女、ウズメである。
アーレスが半ば強引に連れて行ったので、本人は皇女の側から離れたことについて言及されることを恐れていた。
しかしウズメはアーレスに従うしか無かった。
立場的にも状況的にもロトルの側を離れることは悪手と理解しているが、以前、アーレスを怪我させてしまった前科があるため、大人しく連れて行かれるしか、エルフの少女には選択肢がなかった。
故にウズメは半泣きである。
「で、殿下、この者は......」
「ウズメは知っているわよね?」
「は、はい」
「そっちの赤髪は、マイケルの代わりの護衛よ」
「なッ?!」
主人の発言に、バートは驚愕を隠せなかった。
マイケルという少年の実力を知っているバートは、その少年の代わりが眼前の赤髪の女性と信じれなかったからだ。
マイケルがこの場に居ない事情は聞かされている。
それ故に、今この場でロトルを護衛できる者は、レベッカの他にこの女しかいないという事実だけが、バートを混乱の渦へと放り投げた。
バートはアーレスと呼ばれる女性を注視した。
たしかに口調や態度は威厳に満ち溢れていたが、今のアーレスは帝国城限定スイーツを前に顔を綻ばせているではないか。
それにアーレス......アーレスという名前にどこか聞き覚えがあった。
やがてその答えに辿り着いたバートが叫ぶ。
「きょ、<狂乱の騎士:アーレス>?!」
「正解」
主人の肯定に、バートは思わず手にしていた短剣を手放してしまった。
王国騎士......それもトップに君臨する騎士が、なぜこの場に......。
しかしそれを承知の上で、ロトルがその存在を認めているのだから、バートが口出しすることはない。
それも自身が不在の中、主の意向で決められたのなら尚更だ。
「だ、大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。レベッカより扱いやすいわ」
ロトルが平然と語ってみせたのは、如何にも気難しそうなアーレスでも、好物である甘い物を与えておけば、大人しくしてくれるからである。
非常に扱いやすい。あの金銭に貪欲なレベッカよりも数百倍。
そんなアーレスが同じく席に着いた向かい側に居るウズメに対して声を掛けた。
「おい、ウズメ」
「ひゃい?! な、ななななんでしょう?!」
「先に選ばせてやろう。どれがいい?」
「え゛」
エルフの少女から間の抜けた声が漏れる。
言葉の意味は理解できた。テーブルに置いたバスケットの中にある、数種類のシュークリームのうち、どれを食べたいのか聞いているのだろう。
ウズメは長寿の種族、エルフ族であるが、その見た目に反すること無く、少女である。
一方のアーレスは婚期真っ只中、いや、王国の基準で言えば、若干行き遅れ気味かもしれないが、その美貌は大人の女性特有のものである。
故に席には大人と子供が居るわけだ。
常識的に、アーレスは子供からスイーツを選ばせることにした。
「......。」
「え、あ、いや、その、私は......」
口だけ。
アーレスの視線はがっちりとお目当てのシュークリームを捕らえて離さない。
とりあえず、口先では子供に選ぶ権利を与えてみた。
が、目は今一番食べたいシュークリームに釘付けである。
エルフの少女はその思惑に気づき、アーレスの視線の先にあるシュークリームを見た。
まさか「お先にどうぞ」などと言えるはずもない。
相手が選べと言ったのなら選び、選ぶなと言われたら選んではいけないのだ。
それがエルフの少女に課せられた宿命だ。
「で、では、私はこれを......」
「悪くない選択肢だ」
どの口がそれを言うか。
二人の光景を見ていたバートが内心でツッコんだ。
完全に自身が狙っていたスイーツを選ばせなかったアーレスの視線に気づいていたのは、エルフの少女だけではない。
バートはウズメが不憫に思えて仕方がなかった。
ウズメとアーレスはそれぞれシュークリームを手にして、さっそく食べ始めた。
「うむ。悪くない」
「味が......しないです。ぐすッ」
「? エルフとは味覚が鈍い種族なのか?」
きっとウズメは極度の緊張から、口に入れた物の味を感じ取れないのだろう。
それは仕方のないことだ。なにせ眼前に居るのは、あの兵揃いの中でも群を抜いて秀でた騎士――<狂乱の騎士>張本人なのだから。
そんな二人を他所に、ロトルは作業を続けた。
先程がから齧りつくようにして、帝国皇女が作業していたのは......此度の戦争の開始を如何に潰せるかの策略である。
「やはり武闘派の連中を......でも、それじゃあ間に合わない。どうしたら......」
「殿下......」
独り、ロトルは机上の資料と睨み合いを続けていた。その様子を、バートはただただ見守ることしかできなかった。
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