第219話 パラシュート無しで帰還!

 「ナエドコ、遅い」


 「まぁ、そう言ってやるな。大きい方だったのだろう」


 「あ、あはは」


 「男って本当にデリカシーないですねー」


 シバ、ミルさんに掛けられた言葉に苦笑する僕と、ストレートな物言いをする仲間に呆れた様子を見せるマリさんである。


 僕は先程、牧師野郎――<1st>に呼び出されて、しばしこの場には居なかったのだが、それも十数分足らずのことであった。


 三人にはトイレと伝えただけなので、まさか僕がこの短い間で<幻の牡牛ファントム・ブル>のボスと会ってきたなんて想像もしないだろう。


 僕も予想してなかったし。


 「それで、何か手がかりは見つかりましたか?」


 僕が三人に問うと、ミルさんとマリさんはあまり良い表情を見せなかった。


 「生き残りはゼロ。奴隷商とは言え、オークション用に何品か骨董品やら魔法具を用意していたらしい。瓦礫の下にいくつかあったぞ」


 「どれも役に立ちそうじゃなかったけど」


 マリさんが最後に、「疲れた〜」と言って、その場に腰を下ろしてしまった。


 ふむ、まぁ、あれだけ派手に魔法をぶっ放したんだ。そう簡単に見つかるわけないか。


 が、タイミングを見計らっている場合じゃない。僕は牧師野郎から貰った魔法具を三人に見せた。


 「「?」」


 「なんだそれは」


 「魔法具です。転移できる使い捨ての」


 「「っ?!」」


 「おおー」


 僕の言葉に、マリさんとミルさんは驚愕の色を顔に浮かべるが、シバさんは相変わらず感情の起伏に乏しい様子で声を上げていた。


 その光景がちょっと面白かったので、僕が手のひらに乗せていた円錐型魔法具をシバさんに渡した。


 「どうしたの、これ」


 「落ちてましたよ。偶然発見しました、偶然」


 「す、すごい強運だな」


 「ほ、本当だよ。帰りの手段に困っていた所だったし」


 嘘も方便だな。


 まぁ、実際にあちこちに闇奴隷商の所有物が散乱していたみたいだし、不思議じゃないのだろう。


 ちなみにこの円錐型の魔法具が転移できる代物ということは、割と知られているらしい。


 非常に希少なもので、人が作れるようなものではないとのこと。高難易度のダンジョン内で稀にドロップすると聞いた。


 帰りの手段も確保できたことで、僕らはもうしばらくの間、ここら周辺を調査して帰還することになった。


 その頃にはもう日が昇り始めていて、ようやくこの長い夜が終わりを迎えたと実感することができた。


 「大した収穫も無かったな。......シバ、頼む」


 「ん」


 ミルさんの合図で、シバさんが手にしている円錐型の魔法具に魔力を込め始めた。


 僕はこれの使用方法がわからないけど、どうやらシバさんは以前にも使ったことがあるのか、迷う素振りもなく扱っている様子を見せた。


 「座標指定......完了」


 シバさんがそう呟くと同時に、彼を中心にして赤、青、紫色の魔法陣が展開した。


 【転移魔法】だ。さっき見たよ、これ。


 多彩色の魔法陣が輝きを徐々に増していき、シバさんの周りに居る僕らも包み込んだ。


 「今回の任務、ほんと死にかけた〜。もうマリ動けなーい」


 「同感だ。できれば、ゆっくり休みたいものだな」


 「ですね」


 『帰ったら、たらふく飯を食うぞー』


 『私、お酒飲みたいです』


 などと、各々は気が抜けたことを口々にして、帝都に転移することに安堵の息を漏らしていた。


 これでようやく帰れる。


 お腹も減ったし、全身汚れが酷いからお風呂にも入りたい。でも疲れて眠いから、先に仮眠を取りたいな。


 などと、考えている僕は、シバさんが口を開けて天を見上げていたことに気づいた。


 まるで「あ」と間の抜けた声を漏らしたような顔つきだった。


 何か忘れものでもあったのだろうか。


 そんな僕の疑問は、次の彼の言葉で掻き消えることになる。


 「ごめん、転移先の座標間違えた」


 「「「『『え゛』』」」」


 瞬間、視界が暗転した。



*****



 『あばばばば!』


 『快適なお空の旅、久しぶりですね』


 言ってる場合かッ!!


 現在、高度約3000メートル上空にて、僕らはパラシュート無しで落下中だった。


 日が昇った頃合いで、非常に晴れやかな気分になる......ことはなかった。


 「どうするの?! これ! ねぇ、どうするの?!」


 マリさんが半泣き状態で慌てふためく。無理もない。このまま大人しくしてたら死ぬもん。


 と、ここで僕はある日のことを思い出す。


 そういえば、僕が異世界転移してきた時も、こうして遥か上空に転移したっけ。


 そう考えると、僕に限った話では落下で死んでも生き返ると思う。妹者さんの核はこの程度の高さから落下してもダメージ無いからだ。


 あ、なんか急に冷静になれたな。


 「ナエドコさん、諦めないでッ!!」


 と、僕が落ち着いているからか、マリさんがそんな僕を見て、生きて帰ることを諦めたと思ったみたいだ。


 そんな簡単に生きるの諦める訳ないから安心してほしい。


 「安心してください。死んでも生き返るので、僕」


 『お。わかってんじゃねーか。これくらいじゃ死なねぇーよ』


 「この裏切りものぉ!!」


 僕がこの問題に対して自己完結できることを知ったマリさんが、更に大粒の涙を流して訴えてきた。


 マリさんの反応からしてわかったけど、あなたはこのままじゃヤバいんですね......。


 あ、そういえば、シバさんは風を操れる【固有錬成】を持っているんだから、いい感じに落下中の僕らを救ってくれるんじゃないだろうか。


 そう思って彼を見やれば、なんとも言えない落ち着いた様子で落下中だった。余裕の表情にも見える。


 うん、これなら問題無さそう。


 「しかし困ったな。このまま落下しても私とシバは問題無いが、マリがな......」


 と落下中にも関わらず、顎に手を当てたミルさんがそんなことを言っていた。


 その言葉の意味を理解できなかった僕は、シバさんを見た。


 「シバさんが風を操る【固有錬成】で僕たちを助ければいいのでは?」


 『だな。風を操れるんだったら、それくらいできんだろ』


 僕の言葉に同意見の妹者さんの声は、もちろんだが彼らには聞こえない。


 「......。」


 落下中の風切り音で聞こえなかったのだろうか。


 マリさんは依然として慌てふためいているが、ミルさんは渋い顔をしていた。


 シバさんは......普通だ。


 いつもと変わらない無表情である。


 そんな無表情な顔つきで、彼は言った。


 「実は、今の私はその【固有錬成】を使えない。......つまり風を操れない」


 無表情で、無慈悲なことを。

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