第218話 とあるフレンドリーな闇組織のボス
『【牙槍】......教えなくても大体の検討はついているのでしょう? ならば、先の戦いで私たちが蛮魔の人造魔族――ヘラクレアスと戦っていたことも知っているはず』
「......。」
『ふふ。その敵の核を得た私たちは、いったい何ができるのでしょうね?』
姉者さんの挑発に、眼前の牧師野郎は黙ってしまった。
先方はヘラクレアスと僕らの戦闘を盗聴していた。
だからヘラクレアスの存在も知っているし、その【固有錬成】の内容も知っている。
同時に僕が他者の【固有錬成】を使えることを知っている。だけど、その手段は知らない。
しかし今回、僕が核を砕いて飲み込むという奇行がその手段であるとバレてしまった。
防御不可避の【固有錬成:牙槍】と【天啓魔法:断罪光】の雨。あれほどの範囲攻撃を再現できるとはさすがに思えないけど、魔族姉妹ならきっと近しいことを成してくれるはずだ。
それで牧師野郎との実力差が埋まった訳にはならない。しかし周囲一体に甚大な被害をもたらすことはできる。
それを理解しているからこそ、牧師野郎は沈黙していた。
が、
「はぁ。認識を改める必要があるな」
一つ溜息を吐いた牧師野郎は、やれやれと言った様子で両手をわざとらしく振った。
「いいよ、大体の予想はつくし、言わなくて」
「はぁ。それで? なんで僕をここに呼んだんですか?」
とりあえず、トイレ中って言って<
とてもじゃないが、闇組織のボスに対してとっていい軽い態度じゃないけど。
しかし相手は僕の態度に全く気にした様子を見せずに、飄々と答えた。
「ああ、お礼を言いたくてね」
「お礼?」
思わず僕は聞き返してしまった。
「そ。ほら、以前依頼したでしょ? <
あ、ああー。そういえばそうだった。
僕がしたっていうよりは、ヘラクレアスの自爆で拠点は破壊し尽くされた訳なんだけど。
「まぁ、オムパウレは生きてるみたいだけど、もう今までのような規模で組織を回復させることはできないでしょ」
「さいですか......ってぇ?!」
お、おむ、オムパウレ生きてるの?!
僕が驚いていると、それが愉快なのか、牧師野郎は上機嫌に語ってくれた。
「【天啓魔法:断罪光】の雨が振る前にね? 君らがヘラクレアスの相手をする前に外へ出た頃合いだったかな? 持ち前の道具で転移して逃げたよ」
うわ、マジすか。マリさんの【固有錬成】で操られた後、意識を失ってたから油断してた......。
はぁ。これでまた悩みのタネが一つ増えてしまった。
というか、
「なんでそんなこと知っているんですか」
「ふふ。なんでだろうねぇ」
この人、友好的な感じを装っているけど、仲良くなれそうにないや。
愉快そうにしている牧師野郎を、僕がジト目で見ていると、奴が何か思い出したかのように懐から取り出した何かをこちらへ投げた。
『『っ?!』』
「?」
魔族姉妹は警戒してビクッと震えたが、僕はそれを平然と受け取った。
「少年、ワタシが言うのもなんだけど、もうちょっと警戒しようよ」
『お、お前なぁ......』
『苗床さん......』
「......。」
ご、ごめんって。
牧師野郎から受け取ったのは、なんかストラップサイズのピラミッドみたいな三角錐だ。材質は.....木材かな? やけに軽い。
「なんですか、これ」
「転移できる魔法具」
「うぇ?!」
またも驚く僕。それを他所に、牧師野郎が続けた。
「一回限りの使い捨てだよ」
「なんでまた急に......」
『これで帝都に帰れってことじゃね?』
「正解。ほら、あの人造魔族が何もかも破壊し尽くしたでしょ?」
『たしかにあの惨状じゃ、【合鍵】の人も死んでいるでしょうしね』
「な、なるほど。でもこんなの持ってたら、<
「適当に、落ちてましたって言えば?」
『まぁ、すげぇ偶然だが、あの惨状で瓦礫の中から偶々見つけたって言うしかねぇーな』
そ、それで大丈夫なのか。
まぁ、実際、帝都に戻る手段が無かったから、これは助かるけど。
「......。」
「? どうしたの、黙り込んで」
下を向く僕に、牧師野郎が不思議そうに聞いてきた。
「いえ、全然謝罪する気はないのですが、<4th>を――あなたたちの仲間を殺した僕に恨みは無いのですか?」
正直、こんなこと言うべきじゃないと思う。
だって、下手に相手を刺激して戦闘になったら、今の僕らに勝ち目なんて無いから。
たしかに以前、牧師野郎は<4th>が殺られても自業自得と言っていた。本当にそうなのか気になってしまったので、聞いた次第である。
「以前も言ったけど」
そう前置きをして、牧師野郎は呆れた様子で頬杖を突いた。
「<4th>を殺したからって、ワタシが怒る理由にも、恨みを抱く理由にもならないよ」
その言葉が本音のように聞こえてしまったのは、おそらく勘違いじゃない。
「ワタシは、ワタシが作り上げた組織を愛している。個人じゃない、組織だ。その面で言えば、<4th>は今回の件でうちの面子を潰したようなもんだ。ワタシは少年より<4th>が憎いね」
はは、と乾いた笑い声を上げながら、牧師野郎は組んでいた足を組み直した。
なんか......すごいな。たしかに<4th>は僕にとって憎むべき存在だ。でもそれは僕が“敵”という位置に居たから感じたことに過ぎない。
ずっと仲間だったこの人は、<4th>の死をなんとも思わないのが理解できないよ。
「さて、あまり長居はできないのだろう? 帰りも
『【転移魔法】ってそんなホイホイ使えるようなもんじゃねぇーんだけどな』
『まぁ、ここに呼びつけたのはあちらなので、当然ですね』
牧師野郎の言葉に、魔族姉妹が軽い口調で答えた。
僕は貰った【転移魔法】が使える魔導具を眺めながら、牧師野郎が【転移魔法】を発動させるのを待った。
あまり間を置かずに、僕の足元が多彩色の魔法陣によって輝き出す。
「少年」
すると、先方が転移直前の僕を呼んできた。
牧師野郎を見ると、奴は依然として頬杖を突きながら僕を見据えていた。
「戦争、止められるといいね」
「......はい」
何を思って言ってきたのかはわからない。もしかしたら牧師野郎なりの激励だったのかもしれない。
僕は眼の前で見送ってくる相手が、今後の敵になるのか見定めることができなかった。
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