第217話 いきなり転移!

 「やぁ、少年。サプライズ転移だよ」


 『死ね! 【紅焔魔法:火球砲】!』


 ゴオッと、右手から瞬時に生み出された火球が勢いよく、眼前の者へと襲いかかった。


 防御とか回避を取らせずに放った速攻の一撃だ。


 「はは。これまた随分なご挨拶だ」


 しかしそれは道中で、ある者によって阻まれる。


 僕と攻撃対象者の間に突如現れた、修道女のような格好をした雄牛の仮面を被った人が片手を降っただけで、妹者さんの【火球】を霧散化させたのだ。


 そいつの名前は知らない。けど、以前、呼ばれていた名は――<7th>。


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部の一人である。


 そしてその奥の玉座に鎮座しているのは、


 「はぁ。なんですか、いきなり。<>さん」


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の頭と思しき人物――<1st>である。


 僕のその言葉に、雄牛の仮面を被った牧師姿の者は、仮面の奥でにやりと嗤ったかのような声音で答えた。


 「いいね。勘が良い人は嫌いじゃない」



 ****



 「なんでワタシが<1st>だとわかったんだい?」


 ここ、古びた教会......というよりも神殿に近いだろうか。


 陽の光が部屋奥の中央にある大きなステンドグラスから差し込むと、より神秘的な内部構造を窺わせるのだが、今は夜間帯ということもあって月明かりが差し込むだけである。


 そのためにこの空間内は非常に暗い。


 壁際の蝋燭に灯した火が見えるだけで、僕がこの場に転移させられた部屋の中央は足元すらはっきり見えないくらいだ。


 が、眼前の玉座に座っている牧師野郎と、その前に佇む修道女だけは視認できた。


 「勘ですね」


 「はは。もっとマシな答えを期待していたんだけど」


 知りませんよ、そんなこと。


 僕は冷たい態度で受け答えすると、修道女の格好をした幹部から声が上がった。


 「おい、貴様。身の程を弁えて発言しろ」


 瞬間、とてつもない殺気が僕へと向けられる。


 僕がそれに冷や汗を浮かべていると、牧師野郎から溜息が漏れた。


 「<7th>ちゃん、下がって」


 「しかし――」


 「せっかくの再会に水を差さないでくれ」


 「......。」


 すると修道女の格好をした女は、何も言わずに下がっていった。


 そんな彼ら主従関係を他所に、僕は平静を装って口を開く。


 「で、なんですか? トイレ中に呼び出してきて」


 「ふふ。トイレ中だったのかい? ワタシには


 「......。」


 “見えた”って......。


 僕は自身の右腕をちらっと見る。そこには例の黒いブレスレットがあった。これ、盗聴機能はあるって聞いたけど、視覚的な情報は得られないと、以前奴から聞いた。


 もちろん、それを確認したわけじゃないし、あの牧師野郎の話を鵜呑みにしただけだが。


 「あ、それには以前も言った通り、盗聴機能しかないよ」


 と、僕の視線の先に目敏く気づいた牧師野郎がそんなことを答えた。


 それもそれで嫌なんだけどな。


 「で? いったい君は何を体内に取り込んだんだい?」


 「『『......。』』」


 ニタニタと意地の悪い笑みを仮面の奥で浮かべているのは見えなくてもわかった。


 既に答えはわかっているのだろう。それを敢えて僕に聞いてきたんだ。


 どうしたものかと考えていたら、


 『他者の核を取り込んだんですよ、ストーカーさん』


 『姉者?!』


 と、左手から姉者さんの声が発せられた。


 それに驚いたのは妹者さんだけじゃない。牧師野郎も今までに聞いたことのなかった声を聞いて、一瞬だけビクッと肩を揺らしたのを僕は見逃さなかった。


 姉者さん、喋っちゃっていいの......。


 以前、僕らがこの場にやってきた際、妹者さんの存在はバレていて、最終的には彼女は喧嘩腰になって奴と会話してたんだけど、姉者さんは一貫して自身の声を隠す例の魔法を使っていた。


 その目的は自身の存在を隠すため。


 が、今、彼女が相手に聞こえるよう、例の魔法を使わずに話したのは迂闊ではないかと言及したくなる。


 『二人とも、心配要りません。もうとっくにアレにはバレてましたよ。そもそも日頃から盗聴しているようなストーカーなんですから、苗床さんが妹者とだけ話している雰囲気じゃないのは察しているでしょう』


 「ストーカー、ストーカーって酷いな」


 あ、この世界にもストーカーって単語は一応あるのね。


 思わぬところでそっちを気にしてしまう僕であった。


 「で? 君はなぜ核を取り込んでいたんだい?」


 が、話を軌道修正してきた牧師野郎は、興味津々といった様子を隠さずにストレートに聞いてきた。


 ここに転移する直前、僕は口の中にヘラクレアスの胸にあった核を砕いて飲み込んでいた。


 正直、破片を呑み込むという激痛よりも、急な【転移魔法】の発動の驚きが勝って、一瞬で全て飲み込めたのはここだけの秘密である。


 僕が黙り込んでいると、またも姉者さんから声が上がった。


 『それをあなたに教えて、私たちに何のメリットが?』


 今日の姉者さんはかなり強気だ。


 どうしたんだろ、僕にはその理由が思い当たらない。


 もしかして俗に言う、“女の子の日”というやつだろうか。そういう器官は無いはずの魔族姉妹だが、女性が理由もなく不機嫌になるのは大体の確率でそれって聞いたことがある。


 漫画知識だけど。


 『鈴木、集中しろ』

 「......あい」


 おっと、僕の考えていることが今と関係無いことだと察したのか、妹者さんから注意されてしまった。


 集中しよ。


 「メリット......ね。それを問うには、些か自身が置かれている立場を理解する必要があると思わないかい?」


 静かな口調だか、僅かばかりの冷徹さを感じさせる物言いで、牧師野郎は僕らを見据えた。


 が、


 『【牙槍】』


 それでも姉者さんは淡々と、短くそう言葉を発した。


 そして続ける。


 『教えなくても大体の検討はついているのでしょう? ならば、先の戦いで私たちが蛮魔の人造魔族――ヘラクレアスと戦っていたことも知っているはず』 


 「......。」


 『ふふ。その敵の核を得た私たちは、いったい何ができるのでしょうね?』


 挑発だ。


 不敵な笑みを浮かべてるとこ悪いけど、強敵相手にやめようよ......。

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