第211話 新たな力

 「次は僕の番だ―――【固有錬成:縮地失跡】」


 僕が再び目を覚ますまでの記憶は確かにあった。


 姉者さんが色々と限界だった僕に、少し頭を冷やせと【睡眠魔法】を使用して、僕の意識を切ったんだ。


 それから彼女が僕の代わりに戦ってくれた。


 あの人造魔族ヘラクレアスと<4th>を相手に、魔族姉妹二人だけで。


 その戦いの最中の記憶は僕にもあった。


 強敵相手に対して善戦していた二人の立ち回りも、妹者さんの核が僕の身体から切り離されて死にかけたことも、そして――<4th>が皇女さんを嘲笑ったことも。


 ただ僕から全身の支配権を奪うために、姉者さんは【睡眠魔法】を使って僕の身体を使っただけだ。そういえば以前も、妹者さんに同じことされたっけ。


 まぁともかく、今は僕が僕の身体を自由に動かせる状況である。


 そして、


 「なッ?!」


 僕の目の前には、


 予想してたことだ。


 だってそういう【固有錬成】だから――トノサマミノタウロスのスキルは。


 「ぅらあぁぁぁああ!!!」

 「っ?!」


 僕は再度、<4th>の顔面目掛けて拳を放つ。


 今度は【力点昇華】を乗せて、だ。


 直撃した<4th>は真横へとふっ飛ばされ、壁に激突する。


 僕はそんな光景を前に、殴った右拳をそのままにしてガッツポーズをした。


 「しゃあ!!」

 『“しゃあ!!”じゃねぇーよ!!』


 僕はそのガッツポーズの右拳を右頬に食らった。


 いてて......。


 痛がる僕を他所に、魔族姉妹が声を荒らげる。


 『ちょ、おま、は?! 【縮地失跡】って、トノサマミノタウロスのか?!』

 『なんでまたこの土壇場で発動つかえることになったんですか......』


 と言われましても......。


 【固有錬成:縮地失跡】。


 妹者さんの言う通り、以前、僕らが討伐したトノサマミノタウロスの【固有錬成】だ。あいつの核を取り込んでも、今まで使えなかったスキルである。


 何が発動できるになったのかわからない。


 確信はないけど......きっと“怒り”のせいだ。


 「上手く言葉で言い表せられないけど......たぶん、“怒った”......からかな?」

 『『は?』』


 僕の曖昧な言葉に、魔族姉妹が揃って首を傾げる。


 いや、首なんて二人には無いけど。


 「【睡眠魔法】だっけ? そのおかげで僕は眠らされてたわけだけど......なんか意識だけはあったんだよね。眠ってなかったのかな?」 

 『あ、それは私が【睡眠魔法】であなたを一時的に眠らせただけで、その後すぐにあなたが起きたからでしょう』

 『ああ、姉者が、鈴木が起きても身体の支配権を譲らなかったからか』


 え、なにそれ。僕の身体なのに、僕が起きても自由に動かせないの。 


 『ええ。戦いの最中、何度か苗床さんの身体の支配権を手放しそうになりましたが、なんとか踏ん張って戦ってました』


 え、ええ......。


 まぁ、おかげで未だにあの人造魔族――ヘラクレアスはよくわからない真っ黒な鉄鎖に縛られたまんまだけど。


 『てか、【縮地失跡】って発動条件がたしか......』

 「うん、対象が自身を見失ったときに発動できるスキルだよ」


 僕のその言葉に、魔族姉妹が理解できないといった様子で疑問符を頭上に浮かべている。


 それもそのはず、僕の言葉が正しければ、<4th>は......僕を見失わないと【縮地失跡】は使えないのだから。


 いや、そもそも僕の言葉は正しくない。それは使えるようになってわかったことだ。


 だから正す。


 「いや、正確には......対象が僕を視界に映さなくなったとき、だね」


 基本的に生物は“瞬き”という目の開閉運動をする。


 理由は色々とある。目の乾燥を防ぐとか、ゴミが入ってくるのを防ぐとか、視界に入る情報を遮断するとか色々とだ。


 その瞬きは文字通り“一瞬”であるが、視界を閉ざす。


 閉ざすことで、一瞬でも僕の視界を映さなくなる。


 それが【縮地失跡】の発動条件だ。


 そしてその効果は、あの日、トノサマミノタウロスに苦戦を強いられた時と同じで、相手の死角に瞬間移動できること。


 <4th>が瞬きをしたから、僕が奴の背後に瞬間移動できた訳である。


 僕が魔族姉妹にそれを伝えると、二人は呆れた声で言った。


 『ま、マジかよ......。ってことは、なんだ。鈴木は<4th>が瞬きするタイミングを見計らって、【縮地失跡】を使ったってことか?』

 『あなたの動体視力、化け物じみてますね......』

 「いや、さっきのは半分賭けみたいなものだったかな」


 『『半分賭け?』』

 「うん」


 たしかに僕は視線を鋭くして、<4th>が瞬きするのを確認した。


 でももっと明確なことがある。


 「<4th>、まだ生きてるでしょ?」


 僕の声は自然と低くなっていた。


 その問い掛けに、壁際に居る<4th>がゆっくりと立ち上がる。


 「マジで何なんだよ、お前......」


 奴は僕に睨み殺すと言わんばかりの殺気を向ける。


 それを受けて、僕に恐怖といった感情は無い。


 むしろその逆、まだ僕の怒りは鎮まりそうになかった。


 「<4th>の【固有錬成】で判明したことがある」


 僕はそう前置きをして、続けた。


 「さっきまで勝ち誇ってたあんたが言ってたことだ。強制転移させられるのは、対象一つだけ。そしてバレたからぶっちゃけるけど、僕の身体には複数の核がある」


 妹者さんの核が切り離された時点でバレたことだから、僕はそのまま語った。


 「転移させられるのは一つだけなんでしょ。心臓の数が対象になっているのはよくわからないけど、事実、僕の身体には複数の核があるから、あんたは僕を転移させることができない」

 「......。」


 僕の言葉に、<4th>は黙り込む。


 「そしてその転移の発動条件は......“視界を切り替えること”」


 そう言うと、魔族姉妹からそれぞれ反応があった。


 妹者さんは『どういうことだ?』と理解が追いつかないままで、姉者さんは『やはり......』とどこか納得のいった様子であった。


 「これはあの【合鍵】からも連想できたことだ」


 闇組織の拠点に転移するのに使用される【合鍵】はドアを対象に使用するものである。


 あのエルフっ子の【固有錬成】によって、<4th>の【固有錬成】を複製できたわけだけど、その発動条件は共通して“視界の切り替わり”だ。


 扉を開けば景色は切り替わり、【合鍵】は発動する。


 瞼を閉じれば視界は切り替わり、【転移】が発動する。


 『瞬きするだけで転移できるとか、チートにも程があります。ですが......』

 「うん。その瞬きは僕にとって攻め手になる」


 もっと言えば、別に奴の目に注目する必要は無い。


 <4th>が転移したら、それが合図になるんだ。


 完全な後出しで、僕が有利な状況である。


 「ああー。くそ」


 すると<4th>は天を仰いで、なにやら溜息を吐き始めた。


 『『?』』

 「七年だ、七年。ここまで来るのに七年もかかったんだぞ」

 「......。」


 七年......。帝国が王国に戦争を吹っ掛けるまでにかかった年月だろう。


 「あと少し! なんでここまで来て計画がめちゃくちゃになんだよッ!!」


 <4th>は声を荒らげた。


 狂ったように頭を掻きむしりながら、奴は憎悪に満ちた怒声で訴える。


 「お前がッ! お前が来てから狂っちまったじゃねぇか!! こんなことならもっと早くあの皇女を殺しておけばよかった!」


 ......。


 「ガキの死をまた王国のせいにすれば、あの重てぇ腰の皇帝もさっさと動くはずなのによぉ。なにが愛妻家の皇帝だよッ! 七年間も時間かけやがって、糞がッ! もっと無惨に皇妃を殺して晒せば良かったのか?! ああ?!」


 ............。


 「どいつもこいつも俺の邪魔ばっかしやがって――」

 「うるせぇよ」


 途端、聞き覚えのある声が<4th>の言葉を遮って、この空間に響いた。


 低く、怒気を孕んでいて、重圧感のある声だ。


 僕はそれが自分の声だと気づくのに、そこまで時間はかからなかった。


 「......あ?」

 「何もかも滅茶苦茶にしたあんたが、被害者面すんなって......言ってんだよ」


 僕は歩を進めた。


 その足先は、僕がこの拠点に持ってきたバックパックだ。


 やがてその場に辿り着いた僕は、その口を開け、中にぎっしりと詰め込まれた紙束のうち、数枚を無造作に取り出して、辺りにばら撒いた。


 周りの人からしたら、僕のこの行動は意味不明に違いない。


 でもこれは――僕と<4th>にとっては、とても重要なことだ。


 僕が静かにばら撒いたそれのうち、一枚が<4th>の足下付近へひらひらと落ちた。


 <4th>は僕を警戒しながら、それを手に取った。


 そして、奴が目を見開く。


 「なッ、なんだこれッ?!」


 これは僕がここに襲撃する前に用意した、対<4th>用の秘密兵器。


 瞬き一つでどこへでも転移できるやつへの、攻め手だ。


 「てめぇ!! これはいったいどういうつもりだぁあぁぁああ!!」


 <4th>の怒号が、この静かな空間に鳴り響く。


 魔族姉妹はそんな<4th>を前にして、紙切れに書かれた内容を読み上げた。


 『“<幻の牡牛ファントム・ブル>幹部の<4th>リチャード”』

 『“Dランク冒険者のナエドコに惨敗した”......と書かれていますね。ふふ』


 無論、魔族姉妹はこの紙切れの存在を知っていた。改めて読み上げてくれただけである。


 その紙切れには、魔族姉妹が読み上げた内容とは別の箇所に、<4th>の似顔絵が描かれている。それもかなりそっくりな。


 闇の組織らしく、あの気色の悪い雄牛のマスクでも被ってれば、こんな号外を作ろうとは思わなかった。


 にしても、これ......用意するの本当に大変だった。


 「どうもこうもない。以前、あんたは僕に負けた。それは一部の帝国貴族も認知していることだ。......それをこうやって号外にして、これから帝国中にばら撒くんだよ」

 「っ?!」


 僕はそう言って、バックパックに入っている紙束を、この部屋に全てばら撒いた。


 「僕が用意したのはここにあるのが全て。......さぁ、<4th>、あんたに残された選択肢は二つだ」


 舞う紙切れがまるで雪のように、僕の周りに降り積もった。


 「尻尾巻いて逃げて、帝国中に恥を晒すか――」


 僕は両手にそれぞれ、別の属性の剣を生成した。


 <4th>に選択肢を与えといて、奴が選ぶのは一つだけと確信しているかのように――僕は剣を構える。


 「これら全て回収しょぶんして、号外がばら撒かれるのを阻止するか、の二択だ」


 逃げた先の“恥”を選ぶか、逃げずに“証拠隠滅”するか......。


 そして最後に煽る。


 「見せてくれよ。触れたもの持ちのあんたが、どうやってこの窮地を乗り越えられるかを」

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