第210話 託された思いを、拳に
「だから俺はフォールナム邸であの皇女を狙ったのさ。あんな厄介な【固有錬成】、戦争を止められるのに使われたら面倒くせぇしな」
倒れ伏す鈴木の前で、<4th>は愉快そうに語り続けた。
鈴木は今も尚、瀕死の状態であり、その様を見て<4th>はこの戦いに勝ったことを確信していた。
<4th>がロトルの命を狙ったのは言うまでもなく、バードを通してロトルを監視した故に発見した皇女の【固有錬成】の危険性を察したからだ。
「故人だろうと誰にでもなれる【固有錬成】なんか放っておけねぇわけ。早いとこ殺しておきてぇんだが......おめぇのせいで、ここまで時間がかかっちまっただろう――がッ!」
そう言い終えると同時に、<4th>は鈴木の頭を踏みつけた。
しかし鈴木はそれを痛がる様子も無い。無反応であった。
それが面白くないのか、<4th>は嘲笑しながら続ける。
「んでよぉ。皇帝んとこから奪った盗聴道具から皇女の監視をしてたんだが、これがまた面白いんだわ」
近くに居るオムパウレはそんな<4th>を気にせず、手にした深紅色の宝石――姉者の魔核をまじまじと観察している。その美しさに魅入られたような様子であった。
「あのガキ、一人になると、しょっちゅう死んだ母親に化けてんだよ」
<4th>は何が面白いのか、バードを通して帝国皇女ロトルの夜を監視した日々を思い出して嗤い出した。
「ママ〜、ママ〜って、虚しくなるだけなのに、泣き出しやがってさぁ。おかしくておかしくて小箱の前でつい嗤っちまったわ」
嗜虐の笑みを浮かべて<4th>は語る。
「滑稽だろ? きっと俺と同じように皇帝の野郎も、娘のそんな様を知って情けなくなったに違いねぇ――って、おい」
愉快そうに語っていた<4th>は、言葉の端で声音を低くした。
その不機嫌そうな声は、自身の片足が掴まれたからだ。
<4th>の片足を掴んだのは――倒れ伏している鈴木の左手である。
その膂力はとてもじゃないが、死にかけの人間がするそれではないことに、<4th>は舌打ちして、再度、鈴木の身を蹴りつけた。
「いい加減死ねよ! 死ね! このまま苦しみながら! し・ね!」
何度蹴ろうと、踏みつけようと、鈴木が左手を<4th>の片足から離すことはなかった。
まるで憎しみにも似た力が込められているような握力で、<4th>に鈍い痛みを与えていた。
それに呆れたのか、<4th>が手にしていた短剣<滞留>を鈴木に向ける。
「ああーくそ、うぜぇから、首を刎ねるか」
そんな<4th>を他所に、鈴木に近づく者が居た。
オムパウレだ。
「おい、旦那」
そう呼び掛けるも、オムパウレから返答はない。
オムパウレは倒れ伏す鈴木に何かをしていた。
<4th>が抱くオムパウレの印象は奇人そのものである。
珍しいモノがあれば、その好奇心を剥き出しにして観察や鑑定といった趣向に走る。それが奴隷商という職業病のようなものかは<4th>にはわかりかねないが、今はそんなことを許している場合ではない。
<4th>は再度、溜息混じりに言う。
「はぁ......。オムパウレの旦那、悪いがそいつを生かすなんて選択肢はねぇぞ? なんせ体内に魔族の核を入れてた野郎だ。普通じゃねぇ。この先飼いならせる保障なんざねぇから、今のうちに殺して――」
そこまで言って、<4th>は気づく。
――オムパウレの片手が鈴木の口の中に半分入っていたことに。
「お、おい!」
<4th>は何をし始めるんだと問い詰めるべく、オムパウレを鈴木から引き剥がした。
そして<4th>は驚愕する。
オムパウレの口の中に、大量の布が敷き詰められていたことを目の当たりにして。
「ハゲデブ野郎の口の中にソレを入れんの、苦労したわ」
「っ?!」
<4th>の驚愕と同時に、背後から予想もしてなかった者の声が聞こえた。
振り返れば、先程までオムパウレが居たそこに<陽炎の化身:マリ>が倒れ伏していた様を目にする。
マリの全身は先の攻撃で焼け焦げている。瀕死も同然の状態だった。そのマリがどうしてそこに居るのか、<4th>には理解できなかった。
「な、なんでお前がッ!」
「は、しん、ハァハァ......死んだと思った〜? 残念、生きてました〜」
息を切らしながら、マリは嘲笑うかのように<4th>にそう告げた。
いつの間にかマリがそこに居て、奇行に走ったオムパウレは口の中に大量の布を詰め込まれている。
その状況から、<4th>は想像したくない答えに辿り着く。
その予想が正解だと言わんばかりに、マリは最後の力を振り絞って言った。
「知ってる? マリが【固有錬成】を使うと、対象は叫ぶの。『マリ様〜』って。だから触りたくもないその豚野郎を後ろから襲って、口の中に布を詰め込んで、叫ばせないようにした」
過程は至ってシンプル。
死にかけのマリの接近にも気づかなかったオムパウレが奇襲された。
理由は単純に、美しい真紅の宝石に我を忘れて魅入っていたせいだ。
<4th>も帝国皇女の滑稽さを嘲笑しながら語ることに夢中で、その存在に気づけなかった。
油断しきっていた<4th>とオムパウレが隙を突かれたかたちである。
故にマリは誰にも気づかれず、背後から接近することができた。
そして【固有錬成:犠牲愛】を発動して、とあることをオムパウレへ命令した。
「くそッ!!」
<4th>は悪態を吐いて、敵に操られたオムパウレへ【睡眠魔法】を即座に行使した。それによりオムパウレは突如、脱力しきったように地面に倒れる。
他人の操り人形と化してしまったのなら無力化してしまえばいい。それを瞬時に判断した<4th>が取った行動は正しかった。
が、その行為は遅かった。
マリの優先すべき任務は闇組織の親玉を殺すこと。
ならば、オムパウレへ自害しろと命じれば、その時点で役目は果たされることになる。
しかしマリはそれを命令しなかった。
力尽きる前に命令できたのは、たった一つだけ。
その命令を、マリは再び口にする。
「ナエドコさんに......その核を返して」
「っ?!」
その言葉を聞いて、<4th>は鈴木の方へ振り返る。
<4th>の視界に映ったのは――固く握り締められた右拳であった。
「ぐぁッ!!」
<4th>の顔面の中央、めり込むようにして鈴木の拳を穿った。
その衝撃により、数メートル後方へ吹っ飛ぶ。
【固有錬成:力点昇華】の乗っていない一撃は、今までの攻撃の中で一番軽かっただろう。
されど、その一撃は鋭く、<4th>の足腰に響かせるには十分な威力があった。
そんな拳を放った鈴木は、その身に傷一つ負っていない。先程までの瀕死状態がまるで嘘のように、その場に佇んでいた。
『ただいま、姉者』
『おかえりなさい、妹者』
魔族姉妹が短く言葉を交わす。その声音はどこか安堵したような温もりがあった。
マリの働きにより、無事、鈴木の身体の中に妹者の核が戻ったからだ。
「て、てめぇ!! なんで回復できんだ?!」
そんな鈴木の様子を見て、<4th>は鼻から血を流しつつ怒号を放った。
しかし鈴木に反応は無い。
今しがた<4th>を殴りつけた自身の右拳を見て、その右手を開いたり閉じたりしている。
先の拳は、妹者の【祝福調和】の恩恵も無く、トノサマゴブリンの【力点昇華】も無い鈴木の素の力だ。
そして――意図した一撃だ。
だから殴った反動が痛みとなって、右手にじんわりと残っていた。
「はは、僕は本当に......本当に弱いな」
自嘲めいてそう言う鈴木は、近くで倒れ伏しているマリを一瞥した。
「マリさん、ありがとう」
鈴木は静かに感謝の言葉を述べた。
マリは気を失っている。本当に残る全ての力を絞り出して、今に繋げたのだろう。
あとは鈴木に任せる、そう思いを託されたのはきっと気のせいではない。
『鈴木、行けんか?』
『選手交代......でいいですね?』
「うん。二人とも、今までありがとう」
『おう』
『まったく、手のかかる宿主でしたよ』
魔族姉妹にも感謝の気持ちを伝えた鈴木は、明後日の方向を見て、息をゆっくりと吐き捨てた。
「なに無視してんだごらぁ!!」
目を血走らせながら、<4th>は魔法具<滞留>を手にして転移する。
転移する先は鈴木の真正面。
死角を突くなどしない、ただただ怒りに任せて短剣を鈴木の顔面へと突き刺そうと振りかざして転移した――その時だ。
鈴木は鋭利な視線で眼前の<4th>を捉え、唱える。
「次は僕の番だ―――【固有錬成:縮地失跡】」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます