第208話 【神狼ノ嘆き】― グレイプニル ―
『アァアアァアアアア!!』
人造魔族ヘラクレアスは雄叫びを上げる。
頭上と足下から漆黒の鉄鎖が顕現し、ヘラクレアスの四肢を拘束していた。大の字に拘束され、身動きが取れない状態である。
【
それが姉者が使用した【固有錬成:
「ハァハァ......はは、これが......あの、【
しかし姉者はそんな光景を前に、自嘲めいた笑い声を上げた。
ヘラクレアスを拘束したにも関わらず、姉者の表情に余裕の色は無い。それどころか息を荒らげ、立っているのがやっとというほど満身創痍であった。
それもそのはず、姉者の右上半身はほぼ無いのだから。
姉者の傷は完治していなかった。
「いも、じゃ......」
姉者はヘラクレアスから離れ、とある方向へ足先を向ける。
その先には――真紅の宝石があった。
地上階とは言え、この日の当たらない空間で、壁際に掛けられた灯りのみで光り輝く宝石だ。
言うまでもなく、それは妹者の核であった。
ヘラクレアスの大剣による一撃で、姉者の核は鈴木の肉体から切り離されてしまった。
「ぅあ」
姉者は妹者の核を鈴木の身体に取り入れるべく向かうが、その道中で倒れ伏してしまった。
血を多く流しすぎたからである。
普段であれば妹者が即全回復させるのだが、それも鈴木の肉体から離れ離れになった現状では不可能だ。
それでも姉者は今まで苦楽を共にしてきた妹を抱き寄せたかった。
「いも......じゃ」
姉者は地を這いつくばってでも前進する。
あと少し。あと少しで届く距離に深紅色の核はある。
姉者は手を伸ばした――その時だった。
「いいザマだなぁ、ナエドコ。もう回復できないほど力を使い切ったのかぁ? ええ?」
伸ばした手は半ば途中で止まってしまった。
<4th>が倒れ伏した姉者の前に現れ、その手を踏みつけたのである。
「い......も、じゃ......」
しかしそれでも姉者は手を伸ばした。
目の前にある深紅色の宝石を取ろうと必死だった。
が、
「ほうほう......これはなんと美しい宝石なんだろう〜」
その宝石を先に手にしたのはオムパウレであった。
オムパウレはその宝石をこの空間にある淡い灯りに照らしてまじまじと眺めている。
「かえ......せ」
姉者はいつ失血死してもおかしくない血を大量に流しながらも、オムパウレに言いつけた。
そんな姉者を他所に、オムパウレは目を細めて問う。
「いや、これは宝石なんかじゃない。魔族の核だ。それもかなり上位の......ひょっとしたら蛮魔かも」
「な?!」
「......。」
冗談にしては笑えない、そんな話を聞かされた<4th>は驚愕の色を顔に浮かべた。
それに対し、姉者は沈黙していることしかできなかった。
<4th>が声を荒らげた。
「こいつ、人間じゃねぇのかよ?!」
「いや、ナエドコちゃんは人間さ。血の色もちゃんと人族のそれだし」
「じゃあ、なんで魔族の......それも蛮魔の核がこいつの身体から出てくるんだよ!」
魔族の核が人間の身体の中にあるというだけで信じられない事実であることに加え、今倒れ伏している少年の身体から蛮魔という伝説上の生物の核が現れた。
そんな驚く<4th>に対し、オムパウレは淡々と答える。
「どういった手段でそれを可能としているのかわからないけど、僕ちゃんたちも人造魔族というモノを生み出している。不思議なことだけど、あり得ない話でもないよ」
それを聞いて、<4th>は顔に片手を当てて天を仰ぎ、笑い出す。
「はは、だから、そうか、そういうことだったのか!」
「?」
「いやなに。以前、こいつを強制転移させようとしたんだけどよ、俺の【固有錬成】が発動しなかったんよ」
「ああ、なるほど......」
<4th>の【固有錬成】の発動条件、及び制限を知っているオムパウレは納得といった顔つきで頷く。
「俺の【固有錬成】は自分の他に対象となるもんを一つだけ転移させることできる。が、俺にも転移できねぇもんがあんだ」
「アンデッド系だっけ?」
「おう」
<4th>は語った。
「以前、部下の一人がアンデッドになってよぉ。アンデッドになるまでは転移できたんだが、アンデッドと化した途端に、俺が触れても転移できなかった」
物なら一つだけ転移できて、生き物なら心臓を数としてカウントすることで転移できたが、アンデッド化したら物でも生き物でも無くなったため、<4th>の転移は発動しなかった。
当時、<4th>はその事実を知ったときに、自身の【固有錬成】にも思わぬデメリットがあることに気付かされた。
「おそらくだが、俺の【固有錬成】には心臓が関係してると思った。事実、ナエドコの身体にも複数の心臓があったから転移できなかった。はッ、転移できなかったときはマジで焦ったぜ」
そう言って、<4th>は気を失いかけている姉者の顔面を蹴りつけた。
姉者は辛うじて生きているものの、地を這う余力すら無い様子である。
そんな姉者を他所に、オムパウレはここが戦場であることを忘れたかのように、深紅色の宝石を眺めている。
頼りにしているヘラクレアスは依然として、姉者の鉄鎖によって身動きが取れない状態だが、もう勝敗は決したと確信して自身の好奇心を優先した。
一方の<4th>は姉者を見下ろしながら問う。
「つーか、お前、なんで未だに帝国居んの? たしかあの王国の<狂乱>と一緒にこっちに来たんだろ? それが今じゃ帝国の<
そう問いかけても、姉者に反応は無い。
いつ死んでもおかしくないが、辛うじて息があるくらいだ。
それでも<4th>は続けた。
「それに帝国皇女の護衛なんか必死にしてよぉ。もしかしてお前......」
そして<4th>は嘲笑った。
「あのガキに泣きつかれたのかぁ」
「......。」
しかし姉者から......鈴木からの反応は無い。ただ黙って倒れ伏しているだけだ。
「うちのボスが作ったあの盗聴道具で、執事の女を通して聞いてたぜ? あのガキ、お前に惚れ込んでたもんなぁ」
何が面白いのか、<4th>は下卑た笑みを浮かべている。
「知ってかぁ? いや、ここを襲撃してきたってことは知ってっと思うが、そもそもの話、帝国と王国の戦争勃発は俺らが原因だ。んで、その引金を引いたのが、あのガキだ。それもつい最近な」
そんな意味深な<4th>の言葉の続きは、とある出来事に繋がった。
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