第207話 我が鉄鎖は神狼を束縛する

 「あの頑丈さには反吐が出ますね」


 そんな姉者の悪態を他所に、前方の破壊された壁の穴から閃光が放たれた。


 それも一線の閃光ではない。連射されるかのようにして流星が姉者を襲った。


 「当たりませんよ」


 姉者はそれらを全て避けるため、その場から飛び去った。


 その行為とほぼ同時に、壁に開けられた大きな穴から何かがこの場へ姿を現した。


 それは先程、魔族姉妹によってふっ飛ばされたヘラクレアスその者だ。


 どこから取り出したのか、ヘラクレアスの手には巨大な弓がある。


 『アアァァァアアァアア!!』


 腹の底から放たれる重圧感に溢れた咆哮と共に、ヘラクレアスは駆け出す。


 目指す先は毅然とした態度で立つ姉者である。


 ヘラクレアスは型を捨て去った体勢で弓を引いた。放たれた閃光は、ヘラクレアスの【固有錬成:牙槍】が乗っている。


 その閃光は覚醒前のヘラクレアスが放つそれの比ではない。数にしろ、威力にしろ、そのどれもが尋常ではなかった。


 しかし姉者にも策が無いという訳では無い。


 「使

 『っ?! アレか!!』

 「はい」


 意味深な姉者の一言の意図を瞬時に察した妹者は、一際勝ち筋を見出したと言わんばかりに声を張り上げる。


 姉者に向かって突進してくるヘラクレアスに対し、姉者もまた前方へ駆け出した。


 迫りくる閃光を避けながら、魔法を発動させる。


 両手にはそれぞれ氷と炎の刃――【凍結魔法:鮮氷刃】と【紅焔魔法:閃焼刃】を生成した。


 しかしその両の刃に込められた魔力は普段以上に多い。


 当然だ。魔力を込めなければ、耐久性が低くなり、ヘラクレアスの攻防に付き合えない。


 ヘラクレアスは姉者との距離が縮まっても弓を引くことを止めない。


 凶暴化した人造魔族は、それでも正確に姉者を狙う。


 肉薄した両者がぶつかり、衝撃波が辺り一帯に爆風を巻き起こした。


 『おらよ!!』

 『アアァァアアアァア!!』


 懐に潜り込んだ姉者は、右腕の操作を妹者に一任しており、その妹者が横薙ぎに振り払った炎の刃がヘラクレアスの脇腹を斬った。


 しかし傷は浅い。


 ヘラクレアスはかまわず、勢いの乗った拳を姉者の腹部に叩き込む。


 姉者はその衝撃を受けきれず、背中から臓物を撒き散らすが、それに構わず、逆手に持った氷の刃を、自身の腹部に突き刺さったヘラクレアスの腕へと刺した。


 「ごふッ......妹者」

 『おう!』

 『ッ?!』


 刹那、妹者が炎の刃をヘラクレアスの太い首に向けて突き刺そうとする。


 が、それを察したヘラクレアスは、条件反射の如く、弓を持っている方の手で、炎の刃を受け止める。


 されど妹者の行動は止まらない。


 一度弾かれても、再度、ヘラクレアスに致命傷を与えようとしつこく攻撃を繰り返していた。


 それに嫌気が刺したのかヘラクレアスは片腕に突き刺さっている姉者を地面に叩きつけようと振りかぶった―――その時だ。


 「【冷血魔法:氷棘】」


 今まで静かにしていた姉者が、呟くようにして唱える。


 地面へと叩きつけられる瞬間を狙っての行為は、姉者ごとヘラクレアスの片腕を氷の棘で貫いた。


 『ッ?!』


 まさか地面へ叩きつけようとした先で、氷の棘が突き出てくるとは思ってもいなかったヘラクレアスである。


 それも自身が貫かれることになんの躊躇いもない一撃。


 そこから無理矢理引き抜いたヘラクレアスの片腕は、先の【鮮氷刃】の傷に加えて損傷が激しかった。


 「ふふ。まだ弓を引けますか?」


 【氷棘】が発動者である姉者の意思に従って砕け散り、傷を妹者によって回復しながら姉者はゆらりと立ち上がった。


 そんな両者の激戦に、<4th>は乾いた笑い声を漏らす。


 「はは。あのガキ、なんで覚醒したヘラクレアスとやり合えてんだ」

 「......興味深いねぇ」


 一方のオムパウレは丸型サングラスの奥から鈴木を見据えた。


 <4th>はヘラクレアスと姉者の攻防に入り込めない。あわよくば二体一で有利に戦おうとしたが、それは叶わなかった。


 言うまでもなく、レベルが違いすぎるからだ。


 片や即死しようと躊躇わず踏み込む者、片や遠距離攻撃用の武器を携えながら近接戦を続ける者。


 いくら転移を限りなく使用できる<4th>と言えど、その両者の間には入ることができなかった。


 下手すれば自身が死ぬのではないか、そんな虞すら<4th>は感じ取っていた。


 『......。』


 そして片腕の損傷が激しかろうと、ヘラクレアスはその腕を――肩の位置まで持ち上げた。


 水平に横へ伸ばした片腕の先には、


 「......なるほど」


 冒頭で使用していた大剣が生成された。


 成人男性の平均身長を優に超えるの刃渡りが、まるで全身鏡のように鈴木を映し出した。


 ヘラクレアスに回復手段は無い。並外れた治癒力で自然に回復することが唯一の手段であるが、先の姉者との目まぐるしい一戦ではそれが叶いそうにない。


 されど損傷した腕でも使い道はある。弓を引いて指を離すという繊細な動きができずとも、大剣の柄を強く握り締めることはできた。


 そして一方の腕にも依然として弓はあった。


 どうやらその弓もまだ使うらしい。


 どうやって弦を引くのか、大方予想はしているが、姉者は相手の戦意にうんざりした。


 この場に訪れた静寂。


 姿勢を低く、まるで獲物を狩るための体勢を取ったヘラクレアスは、前方に巨大な弓を、後方に大剣を構えた。


 一方の姉者は変わらずにそれぞれ異なる属性の刃を両の手にして、かまえること無く、眼前の人造魔族を見据える。


 一触即発のこの場は――再び激戦と化す。


 『アアァァァアアァアア!!』


 仕掛けたのはヘラクレアス。


 咆哮と共に一気に前進する。


 その道中で、巨大な弓の弦を、覚醒時にこじ開けた口を使って引く。


 張った弦を強靭な歯で力いっぱいに引き絞り、魔力による矢が瞬時に形成されて解き放たれた。


 その行動を予測していたと言わんばかりに、姉者も行動を取る。


 自身に向けて放たれた閃光を躱し、接近する。


 しかしヘラクレアスは回避されることを予測していたのか、次の一手にもう片方の武器、大剣を振り上げて、懐に潜り込もうとしてくる姉者に向けて上段からそれを振り下ろした。


 ガッ。地面を深く抉る一撃は――されど姉者を捉えていない。


 「甘い」


 姉者と妹者による数々の斬撃がヘラクレアスの前進に傷を与えていく。


 が、この斬撃もまた浅い。


 そのどれもが肉を斬った程度のもので、とてもじゃないが相手の臓物を狙うなどといった致命傷には繋がりそうにない。


 それも激しく動き回る相手にだ。


 「ちぃ」

 『姉者! 右!』

 『アアアア!』


 またも横薙ぎに振り払われるヘラクレアスの大剣。


 姉者はそれを既の所で躱すが、ヘラクレアスの次の攻撃、この至近距離でもかまわず放たれる弓矢に左足を持っていかれた。


 バランスを崩した姉者だが、左手にある【鮮氷刃】をあし代わりにして、姿勢を保った。


 そして自立した右腕の動き、妹者による【閃焼刃】がヘラクレアスの胸の中央にある核を狙う。


 『ァァァアアアア!!』

 『なッ?!』


 しかしヘラクレアスが蹴り上げて【閃焼刃】を弾き飛ばした。


 体勢が崩れた鈴木の身体に一線、重たい斬撃が走る。


 右上半身をヘラクレアスの大剣によって切断された姉者だが、それよりも前に妹者が失った鈴木の左足を再生させたことで、姉者は倒れ込むことはなかった。


 身体の半分を失いかけても姉者は前進する。


 やがて手を伸ばせば届く距離に達すると、姉者は言葉を紡いだ。


 微笑むようにして、ヘラクレアスを見上げる。


 「そろそろ頃合いです。 【固有錬成】――」


 姉者は左手をヘラクレアスの腹部にそっと当てた。


 それを受けて、ヘラクレアスに言いようのない寒気が走った。


 ヘラクレアスは姉者を攻撃するよりもこの場から離れるべきと判断し、飛び退こうとした。


 しかし遅かった。


 ヘラクレアスの足下と頭上に漆黒の陣が発生する。


 それは姉者が今までどこからとなく生成してきた鉄鎖の根本の陣のように見えるが、描かれた陣の紋様はそれより複雑だ。


 そして、


 「【神狼ノ嘆きグレイプニル】」


 光沢の無い淀んだ漆黒の鉄鎖が、ヘラクレアスの四肢を縛り上げた。

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