第206話 拮抗

 「まずは一人......だなぁ?」

 「この子、しつこかったから助かったよ」


 マリが戦闘不能になったことにより、<4th>とオムパウレが余裕の表情を浮かべる。


 そんな二人を前に、姉者は鼻で笑った。


 「はッ。そこのデブが加わった程度で、この私に勝てると?」

 「デブじゃないし!!」

 「はぁ......旦那。アレ、頼んだぞ」


 姉者が言ったことに、律儀にも否定を入れたオムパウレだが、<4th>に催促されたことで、その歩を人造魔族の方へと進めた。


 その間、<4th>が語る。


 「お前こそ、俺らを追い詰めたと思ってんじゃねーの? 悪いが、そうはならねぇんだわ」

 「は?」


 <4th>の横柄な態度に、姉者は首を傾げた。


 しかし<4th>は続けた。


 「知ってると思うが、人造魔族ってのは、肉体と魂、それぞれ別の魔族を融合した生体だ」

 「それが?」


 「【固有錬成】は核に宿る......ヘラクレアスの【固有錬成】は今、あいつに埋め込まれている核に宿っている」

 「......。」


 魔族姉妹はその謎の原理に疑問を抱いていた。なぜ既存の核ではなく、別に埋め込まれた核に【固有錬成】が宿るのか。それが人造魔族たる所以だろうか。


 その原理は不明だが、現にヘラクレアスという宿体を使って、ヘラクレアスの【固有錬成】を自在に扱っていた。


 しかしそれは今考えることでもない。


 「なら......魔力はどうなんだろうなぁ?」


 またしても<4th>から理解できない話を振られる魔族姉妹。


 オムパウレはやがて人造魔族の下へと辿り着き、ヘラクレアスの胸の中心にある核へ手をかざした。


 その行為を、姉者は見過ごしていた。


 「無駄ですよ。そこまで縛られては、ヘラクレアスの膂力では抜け出せません」


 しかしその忠告を無視し、オムパウレは嗤う。


 「それはどうかな〜」

 「......何がおかしいのですか」


 鈴木の口から低く唸るにして発せられた声に動じず、オムパウレはヘラクレアスに、かざした手のひらから魔力を注ぎ込んだ。


 魔力供給とは思えない微量の魔力を、ヘラクレアスに与えているようにしか見えない。


 「魔力っつーのは体外から体内へと、魔素が徐々に流れ込んでいく過程で作られていく。それは足の爪先から頭の天辺まで......にな」

 「まさか......」


 姉者は気づく。


 ヘラクレアスの肉体には別の核が埋め込まれている。


 ヘラクレアスはその核以外に魔力を有していた。そしてその核は、ヘラクレアスとは別の本来の魔力を有している。


 故にその肉体には異なる魔力が二つ、内包されいることを示す。


 それぞれ別個体同士作られた専用の魔力が、だ。


 「はは。気づいたようだな」

 「有り得ません。異なる魔力が混ざることなど、絶対に」


 姉者はそう端的に言うが、<4th>はそれを嘲笑うかのように続けた。


 そう、他者から魔力を受け取ることは可能だ。事実、魔族姉妹は今までの戦闘で魔力供給を行ってきた。


 しかしそれは譲渡する側が譲渡される側に魔力を流す際に、相手の魔力へと変換するからこそできる芸当である。


 故に、異なる魔力が合わさることはない。


 「通常ならな。無理に混ぜようとすると......ぼん!」


 <4th>は芝居がかった仕草で、まるで爆弾が爆ぜたような演出を、握った拳をぱっと開いて見せつけた。


 「だから爆発しねぇよう......いや、爆発しても耐えられるような器が必要だ」

 「それが......蛮魔の宿体うつわ


 <4th>の語る内容に検討がついた姉者に、妹者から質問の声が上がった。


 『ちょっと待て。じゃあなんだ? 異なる魔力を同じ器の中で無理矢理混ぜるってことか?』

 「ええ。無論、混じろうとした瞬間、爆ぜます。......が」


 『が?』

 「蛮魔という頑丈な肉体の中では、それらが爆ぜても頑丈なので問題無いと言ってます」


 『は?』

 「要は無理矢理異なる魔力を混ぜて、爆発的な魔力の増強を可能とさせるんです。そしてその魔力かなんなのかわからない爆発力をエネルギーとして使用するらしい」


 『馬鹿なん?』

 「馬鹿かどうかは......」


 そう言いかけながら、姉者は視線の先をオムパウレとヘラクレアスに向けた。


 「本当は」


 何かの準備が終えたのか、オムパウレはヘラクレアスから離れていき、静かなこの空間にコツコツと足音を響かせながら歩き始めた。


 一方のヘラクレアスは依然として鎖に繋がれているも、先程と打って変わって大人しい。まるで糸の切れた操り人形のような静けさであった。


 「ヘラちゃんの“覚醒”は、帝国城襲撃までにとっておきたかったんだけどね。今はそんなこと言ってられないよ」


 そしてオムパウレは唱える。


 「ヘラちゃん――【解錠アンロック】」


 途端、ヘラクレアスの胸の中央にある紫檀色の核が輝き始めた。


 『アアアァァァアアアアアァァア!!』

 「『っ?!』」


 今まで静寂に戦っていた者が放つ、猛獣のような咆哮。


 それは口という器官を持たなかったヘラクレアスが、無理矢理こじ開けて上げた叫びだ。その叫びがこの空間に地響きを与えた。


 ヘラクレアスの胸の核から四肢の先に向けて描かれる直線に、同じような光が行き渡る。まるで血管を通して巡る血液のように、その紫檀色の輝きはヘラクレアスの全身を巡った。


 『な、なんだこの魔力?!』

 「これは厄介です......ねッ!!」


 そう言い終えると同時に、姉者は行動に出た。


 今も尚、ヘラクレアスを縛り上げる鉄鎖に、今まで魔力吸収していた分の魔力を送り続けて耐久性を底上げしたのだ。


 が、その底上げが間に合わなかった。


 『アアアアアアア!』


 ヘラクレアスが全身に絡みつく鉄鎖を、まるで蔦のように容易く引き千切る。


 「ちぃ」


 それを目の当たりにした姉者が舌打ちをし、鉄鎖で縛り付ける行為を中断して、別の行動へと入った。


 「妹者ッ」

 『おう!』


 姉者が駆け出す。


 まだヘラクレアスに纏わりつく鉄鎖は全て破壊された訳では無い。


 その行為の途中という無防備さを活かし、姉者はヘラクレアスに急接近した。


 ヘラクレアスの懐に辿り着いた魔族姉妹は呼吸を合わせ―――唱える。


 「『【多重紅火魔法:爆鎖打炎鎚】ッ!!』」


 下段から突き上げる一撃は、ろくに構えていないヘラクレアスの全身の中央を打ち込まれた。


 その打撃は直撃と同時に爆ぜた。


 瞬間的に繰り出した爆撃は、ヘラクレアスを遥か後方へとふっ飛ばし、奥の石壁をまるで紙切れのように突き破っていった。


 「マジかよ?!」

 「嘘ぉ?!」


 その刹那の光景に、<4th>とオムパウレが驚愕の声を漏らす。まだ動きがなっていないとは言え、あの状態のヘラクレアスに一撃を与えられるとは思っていなかったからだ。


 しかし同時に姉者も無事という訳では無い。


 先の衝撃で両腕がグチャグチャであった。骨が複雑に折れ、血肉を突き破って露出している。


 また両腕ではなく、全身の損傷も酷い。力の伝わり方を活かすため、全身を捻って繰り出した【爆鎖打炎鎚】は鈴木の肉体に骨折を与えて、その影響で内蔵も滅茶苦茶にした


 しかし魔族姉妹たちの行為は止まらない。


 全身の痛みを痛みとも捉えず、続ける。


 ヘラクレアスの次は両側に居る<4th>とオムパウレだ。


 妹者により全回復した姉者は両手を左右に広げ――唱えた。


 「【鉄鎖】――」


 イメージは鋭く直線的な鉾。敵を貫くまでは決して途切れない頑強な鉾。


 その鉄鎖は、姉者の両手から件の黒色の特殊な陣を形成しながら、その先端を現した。


 イメージした通りに鉾のような鋭利さのある鉄鎖だ。


 「――【生成】」


 その鉄鎖の存在に気づいた<4th>たちはすぐさま回避行動を取る。


 <4th>は転移をし、その場から離れた。


 が、転移した先――姉者から離れた後方に移動するが、鉄鎖は元居た<4th>の地点でカクンとその矛先を転回した。


 転移した<4th>を狙っての追尾である。


 「はぁ?!」


 <4th>は再度、転移した。転移するしかなかった。


 一方、オムパウレは回避をしない。素早い動きができないからだ。


 自前の装飾品である魔法具で防御を試みる。


 ガキン。


 オムパウレの魔法結界に阻まれ、姉者の鉄鎖はその進撃を止められた。


 が、


 「っ?!」


 その鋭利な鉄鎖の先端は螺旋状に回転を始め、オムパウレの強固な魔法結果を突き破らんとドリルのように迫り始めた。


 「ちょちょちょちょちょ!!」

 「豚は串刺しです」


 にやり。姉者が不敵な笑みを浮かべ、オムパウレを一瞥する。


 しかし、


 『姉者ッ!』

 「っ?!」


 妹者の注意を促す掛け声に、姉者は前方へ意識を定めた。


 そして突如、


 「ちぃ」


 舌打ちする姉者は、半歩ほど左方へ身を捩らせた。


 それとほぼ同時に、一陣の風が姉者の横を通り過ぎる。


 否、姉者の上半身右半分が円を描くようにしてかれた。


 『【固有錬成:祝福調和】!』


 すぐさま妹者により致命傷が完治される。


 また一連のこの行為により、<4th>とオムパウレに向けて放った鉄鎖も行動を止め、地面へと力なく落下した。


 「あの頑丈さには反吐が出ますね」


 姉者はそんな悪態を吐きながら、前方の穴の影に潜む、紫檀色の輝きを睨みつけた。

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