第205話 どんでん返し?

 「なに一人でぶつぶつ言ってんだよ! きめぇな!!」


 <4th>が鈴木の背後に転移し、魔法具<滞留>で鈴木の胸を貫こうとした。


 しかし、


 「【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】」

 「っ?!」


 鈴木が即座に生成した氷の剣で防がれたことにより、<4th>の顔に驚愕の色が浮かぶ。


 ノールックだ。今までまともに反応できなかった不意打ちに、鈴木が対応したのだ。


 すぐさま鈴木から距離を取った<4th>は舌打ちをした。


 「女性に向かってキモいなどと......これは少しお仕置きが必要ですね」


 鈴木――もとい、今は姉者が少年の身体の主導権を握っている。


 そんな姉者は氷の剣をぱんぱんと叩きながら、優しげな口調で言った。


 「あなた、剣術は大したことありませんね? なら【鮮氷刃】で近接戦は対処できるでしょう。問題はその魔法具ですが......」


 そう言いかけたところで、姉者が指をパチンと鳴らした。


 次の瞬間、


 「っ?!」


 視界の外、聞き覚えのある金属音と共に、鉄鎖が一直線に地面の方へと進行方向を定めて発射された。


 それも一本や二本ではない。


 数十と、ジャラジャラと音を響かせながら、この空間の至るところに出現した。


 その鉄鎖を吐き出した箇所は言うまでもなく、宙に浮く複数の黒い紋様だ。


 そしてその鉄鎖は適当な位置に出現したのではない。


 <4th>がこれまで魔法具<滞留>によって、宙に残してきた斬撃があった場所だ。


 不可視の斬撃を全て打ち砕くようにして、鉄鎖が出現したのである。


 まるで牢屋の格子のような光景に、その場に居合わせた全員が唖然としていた。


 「なんで......どうしてわかったんだ......」


 一人、<4th>だけがその異常さに気づく。


 そんな<4th>を前に、妹者が口を開いた。


 「不可視の斬撃も魔法によるものでしょう? なら魔力の塊を特定して狙いを定めればいいだけの話です」


 尤も、苗床さんにはそれができなかったみたいですが、と一言付け加えた姉者は、<4th>の方へと歩み寄った。


 「しかし自由に動かせる身体とは素晴らしいものですね。感覚も左腕に居るときとは比べ物にならないほど研ぎ澄まされます......」

 『おう。姉者の【固有錬成】で作る鉄鎖が口から吐き出なくてよかったな』


 「本当ですよ。ゲロインと言われるのは癪です」

 『んじゃ、あーしは変わらずサポートすっから。あとはよろしくな』

 「はい」


 そんな二人の軽口は束の間で交わされるものであった。


 「して......」


 その時、姉者の死角から閃光が一線、少年の頭部目掛けて放たれた。


 しかしそれをまたも見向きもせずに、姉者は首を傾げただけで躱してみせた。


 過ぎ去った閃光は鈴木を通り過ぎ、石造りの壁に激突する。その衝撃により振動が空間内に響き渡るが、姉者は気にせず歩を進めた。


 先の閃光――ヘラクレアスによる遠距離攻撃に動じる姉者ではなかった。


 「あなたの相手をしてもいいですが。全力を出されたら厄介なので、先にこの男を殺しておきたいです」


 鈴木の柔らかな口調とは裏腹に物騒な言葉が<4th>に浴びせられる。


 <4th>は今までの雰囲気と違う鈴木に対して、どう対処すべきか迷っていた。


 どういう訳か、魔法具<滞留>による攻撃が看破された今、<4th>のみの力で鈴木を打倒できる可能性は低くなった。


 最悪、逃げることも吝かではない。


 それほど<4th>にとっては、自身が手にしている魔法具は頼れる存在であった。


 無論、今後の計画として逃げるという選択肢は取りたくはない。が、果たしてこのまま鈴木と戦い続けて自身は生き残れるのだろうか。


 そんな不安が<4th>を葛藤させていた。


 「ちぃ!!」


 <4th>は盛大に舌打ちした後、ヘラクレアスに向かって叫ぶ。


 「ヘラクレアス!! 力を貸せッ! ここでこのクソガキを殺しとかねぇと主人を護りきれねぇぞ!!」

 『......。』


 <4th>に言われるまでもなく、ヘラクレアスは動いた。


 自身の身長を優に超える丈の弓を引き絞り、狙いを鈴木に定めて解き放つ――その時だった。


 「くどい」


 鈴木の低く、静かな声に伴い、ヘラクレアスの全身に鉄鎖が絡みついた。


 『っ?!』

 「な?!」


 ヘラクレアスに察知されることなく、周囲から鉄鎖を生成し、強固に束縛したのである。


 両手両足に鉄鎖が幾重にも纏わりつき、縛り上げることで、ヘラクレアスは矢を落としてしまった。


 その鉄鎖はただの鉄鎖ではない。姉者の【固有錬成】によるものだ。


 特質は魔力を込めれば、その分だけより強固になること。そしてその魔力の源は――縛り上げた者から吸い取れること。


 「え?! ちょ、ヘラちゃん?!」


 それに驚いたのはオムパウレもだ。


 雁字搦がんじがらめに縛られた従者に、全く想像していなかったと言わんばかりに驚愕する。


 「よくわからないけど、今しか無いよね!!」


 そこでこの機会を好機と見たマリが駆ける。狙いは元よりオムパウレ。手にしたショートソードを下段に構えながら、オムパウレへと襲いかかった。


 そんなマリに対し、オムパウレは即座に対応すべく、持ち合わせた魔法具を駆使して凌ぐことにした。


 「さて、続きといきましょうか」


 オムパウレとマリの戦闘には目もくれず、姉者は<4th>を鋭い視線で捉えた。


 「いい気になるなよッ!!」


 <4th>が姿を消した。


 妹者の視界には<4th>の姿はない。ほぼ定石と言わんばかりに死角から狙う気だろうか。


 「【土築魔法:土石砲】ッ!」


 案の定、視界の外からの攻撃が姉者を襲う。


 が、


 「無駄です」


 【固有錬成:鉄鎖生成】により、何もない空間から鉄鎖が直線を描きながら、<4th>が放った魔法を打ち砕いた。


 しかし<4th>の攻撃はそれだけではない。


 「【水月魔法:水槍】!」


 次いで【雷電魔法:雷槍】、また【土築魔法:土石砲】と様々な角度から姉者を狙う。


 死角から死角へ。<4th>は止まること無く攻撃し続けた。


 されどそのどれもが姉者による鉄鎖の生成で打ち砕かれる。


 どんな属性で攻撃してこようと、魔力を吸い取る鉄鎖によって阻まれれば威力は減衰し、消滅する。


 その連鎖を可能とさせていたのは、<4th>の放つ魔法のどれもが中級魔法の域を出なかったからとも言える。


 比較的安易に扱うことができる魔法は相応に消費魔力が少なく、連続行使が可能だ。手数を増やすことはできるが、姉者の鉄鎖による防御を突破することは出来ない。


 そんなわかりきったことを続ける意味が、姉者にはわからなかった。


 「いったい何がしたいんですか――」


 と、溜息交じりに呟く姉者は、次の瞬間、<4th>が転移した先に驚く。


 そこは――

 

 「まずはお前からだッ!」


 ――マリの背後であった。


 「っ?!」


 オムパウレの首を狩ることに集中していたマリは、突如背後に現れた<4th>の存在に気づくのが遅れてしまった。


 そしてマリのショートソードの間合いよりも距離を縮めた<4th>は、短剣<滞留>をマリの首へと突き刺そうとした。


 「ちぃ」


 姉者の位置からでは魔法で<4th>を攻撃することはできない。あまりにも<4th>とマリの距離が近すぎるからだ。


 姉者は舌打ちをしつつ、鉄鎖をマリと<4th>の間に座標を計算してから生成することにした。


 そのおかげで、マリの対応が遅れた防御を可能とする。


 ガキン。既のところで間に合った姉者の鉄鎖が、<4th>の短剣の進路を塞いだ。


 自身の目の前に生成された鉄鎖に気づき、マリは鈴木に礼を述べようとした――そのときだった。


 「な、ナエドコさんありが――」

 「前を見なさい!!」


 姉者の怒声にも似た声を受けて、マリは注意を前方に向ける。


 しかし、


 「遅いよ。【雷電魔法:雷撃龍口】」

 「っ?!」


 オムパウレが片手を振りかざし、雷属性魔法を放つ。


 龍の頭部を思わせる雷撃が、マリの眼前に繰り広げられた。その龍は口を大きく開き、マリという少女をいとも簡単に飲み込む。


 バチン。耳をつんざくような横薙ぎの落雷が過ぎ去った後、マリは身を焦がされて意識を手放した。


 彼女は硬く冷たい地面に倒れ伏す。ぴくりとも動かない様子から、その生死の判断は姉者からではつかない。


 必然、鈴木は<4th>に加え、オムパウレ、ヘラクレアスの相手を同時にしなくてはならなくなった。

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