第204話 バトンタッチです

 「あ?」


 <4th>が間の抜けた声を漏らした。


 それも無理はない。なぜなら現在進行形で戦っている敵――鈴木が、まるで糸の切られた操り人形のように、地べたへその身を落としたのだから。


 致命傷も狙っていたが、そんな急に倒れ込むような傷は与えていないはずだ。それなのに、鈴木が意識を失ったかのようにして倒れた。


 その不可解な現状に、<4th>は眉を顰める。


 「おいおい。こっからが楽しいんだろうが。なに寝てんだぁ? ああ?」


 <4th>は鈴木を圧倒していた自分に酔っていた。序盤こそ苦戦していたが、それが今となっては鈴木を嬲り殺すまでに圧倒していたのだ。


 それが快感で仕方がなかった<4th>は、鈴木のそんな様を目の当たりにして攻める手を止めた。


 「もしかしてソレは何かの作戦かぁ?」


 その線が濃厚だ。


 事実、鈴木は思わぬ行動を取って<4th>に苦戦を強いてきたのだから、<4th>が警戒するのは自然の流れであった。


 しかし、


 「......。」


 鈴木はむくりと起き上がった。


 それから天を仰ぎ、しばらくじっとしままである。


 「おい」


 <4th>は鈴木に声を掛けた。


 しかし鈴木から返事は無い。


 「おい!!」

 「......。」


 怒気を含めて呼ぶが、鈴木からの反応は無い。


 苛立ちを抑えきれない<4th>は、鈴木に向けて魔法を放った。


 【岩石魔法:螺旋岩槍】。螺旋状の岩の槍が高速回転しながら、鈴木を穿たんと放たれたのだ。


 しかし、


 「【固有錬成:鉄鎖生成】」


 鈴木と<4th>の間に突如として出現した鉄鎖により、その【螺旋岩槍】は砕かれた。まるでガラス細工を鈍器で砕いたかのような呆気なさである。


 槍の中心を狙った鉄鎖は、鈴木の頭上にある何か黒色の紋様のような陣からジャラジャラと吐き出されたようだ。


 それが弾丸のように発射されて【螺旋岩槍】を打ち砕いた。


 砕いた後、直線上に張られた鉄鎖は消えずに、謎の陣から出たままだった。


 「な、なんだそれ......」


 その異様な光景に、<4th>は戸惑いを隠せなかった。



*****



 『......。』


 ヘラクレアスは動き止めた。


 主人を護ろうと動いたヘラクレアスは、突然、背後から気配もなく触れられたかのような危機感を覚えた。


 本能が危険と訴えている先を見れば、そこには今しがた放置した少年が居た。


 もう自身が加勢せずとも、<4th>一人で十二分に勝てると確信した少年が悠然と天を見上げて立っている。


 その異様な光景に、ヘラクレアスは釘付けになっていた。


 「な、なに、なんなの......」


 するとオムパウレの傍らに居たマリも行動を止めていた。


 オムパウレを殺そうと、ショートソードを片手に襲いかかったが、ヘラクレアスの動きを警戒して思うまま行動を取れなかった。


 帝国の宿敵が目の前に居るのに、である。


 鈴木とヘラクレアスの攻防を見れば、ヘラクレアスの【固有錬成】による攻撃がマリに直撃した場合、まず即死は免れない。


 そんな攻撃手段を持つ敵が、今度はオムパウレを護ろうとマリを排除しに迫ってきた。


 が、何かに気を取られたかのように、ヘラクレアスは動きを止めた。


 同時に、理解不能が危機感となってマリの行動も止めてしまっていた。


 そしてこの場で鈴木に注目しているのは、人造魔族と<四法騎士フォーナイツ>の一人だけではない。


 「ほぉ......。。」


 オムパウレもその例外ではなかった。


 つい先程、マリの見事な剣術によって腹部を切り裂かれたオムパウレも、激痛による叫び声を忘れて鈴木を見ていた。


 オムパウレが負った傷口は、淡い緑色の光が纏わりついており、徐々にその傷を癒やしている。


 おそらくオムパウレが見せた魔法結界と同様に、その治癒も何らかの魔法具によって成しているのだろう。


 「“同格”?」


 マリは思わず、オムパウレの言葉を聞き返していた。


 オムパウレは律儀にもその問いに答える。


 「そ。たぶんだけど、ナエドコちゃんは人間じゃない。いや、正確には人間......。うーん、なんて言えばいいのかな〜」


 戯けた様子でそう呟くオムパウレの言葉に、マリの疑問は深まる一方だ。


 たしかにマリから見ても、今の鈴木の様子はどこかおかしい。


 付き合いは決して長くないのだが、それでもこの戦況下であのどこか達観したかのような様子は異常だ。


 そんな中、人知れず鈴木が口を開いた。


 「身体を自由に動かせられるとは......なんて素晴らしいことでしょう」


 その声は鈴木より少し離れている位置に居るマリたちには聞こえなかった。


 『......鈴木の意識を強制的に奪ったのか』


 鈴木の右手から発せられた言葉に、鈴木は首肯した。


 そう、今の鈴木は、以前、妹者がやってみせたように、本来の身体の持ち主である鈴木の意識を【睡眠魔法】によって刈り取った後、身体の支配権を全て奪い取るという手段を取った


 故に今回は妹者ではなく、姉者がその役を買って出たわけである。


 『......。』

 「......不満ですか?」


 妹者が黙り込んでいると、それを不満と受け取った姉者が問う。


 『いや、不満なんてねぇーよ。ただ珍しいなって』

 「と、言うと?」


 『姉者はその、なんだ、鈴木に戦闘の経験を積ませたいって言ってただろ?』

 「ええ」


 『今回、意外にあっさりと鈴木と交代したなって思ってよ』

 「ああ、そのことですか」


 たしかに姉者はスパルタ思考である。


 鈴木により経験を積ませたいということで、日々過激な要求をすることも多々ある。


 それを今回、鈴木から奪うかたちで姉者が主導権を握った。


 そのことに妹者が疑問に思った次第である。


 「まぁ、言わんとすることはわからないでもないです。が、苗床さんのあの様子は危うかったでしょう?」

 『......ああ』


 鈴木と魔族姉妹が繰り返してきたこれまでの戦闘の数々は、決して有利な状況下で進められたとは言えなかった。


 大体の場合で接戦の先の勝利。時には運による勝利もあった。


 が、今回は違う。


 「私は、苗床さんには今後も頑張ってもらいたいのです。特に是が非でも確立してほしいものがあります」

 『?』

 「苗床さんの闘志です」


 姉者は続けた。


 「闘志は経験を積めば積むほど磨かれ、鋭く、強固になります。......しかし同時に折れやすい」


 自身の実力を高めていく末に見える力量。


 限界を知っている己だからこそ、その限界を超える戦いでは絶望を知る虞がある。


 「妹者、先程の苗床さんはかなり限界の域に達していました」

 『......ああ、同感だ』


 「そしてあなたも薄々勘づいていると思いますが、あの人造魔族――ヘラクレアスは全力を出していません」

 『......。』


 「あの状況で更なる敵の強化......苗床さんの心が折れてしまっても不思議じゃありませんよ」

 『だから姉者が交代したってか?』


 ええ。と姉者が首肯したことで、妹者は溜息を吐いた。


 姉者が【睡眠魔法】を行使する際、鈴木に言った言葉を思い出す。『少し頭を冷やせ』と姉者は言った。


 たしかに鈴木には少しばかりの休息が必要なのかもしれない。


 仮に戦況が依然として劣勢のままであれば、妹者も姉者と同じ行動に出たはずだ。


 だからこれに関しては、妹者は姉者の取った行動に口を出す気は無かった。


 そして話題を変えるように、姉者に問う。


 『勝算はあんのか?』 


 そんな妹者の質問に、姉者は笑みを浮かべながら言った。


 「ふふ。誰にもの言っているんですか? 全盛期には程遠いですが、私も“蛮魔”ですよ」

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