第203話 最善策と味方の命
「い――」
オムパウレの出た腹から鮮血が飛び散る。
奴の周りにはなんか半透明の膜――魔法結界というやつだったか、それが張られていたのだが、マリさんの剣術によってそれが破られた。
一撃目は弾かれたようだけど、二撃目はなんの抵抗もなく斬り裂いたんだ。
マリさん、すご。
オムパウレの魔法結界がどれくらい硬かったかわからないけど、それでも剣術の型をとった彼女の一撃は非常に鋭かった。
加えて、突撃している最中の彼女は、自身の【固有錬成】を、自分を対象に使っていた気がする。
自分で自分を魅了するってことだろうか。
しかし何かリミットのようなものが外れたかのように、彼女の身体能力は飛躍的に上昇したのは目に見えてわかった。あんな使い方できるんだ......。
事実、それらを駆使した彼女は魔法結界を貫通して、その斬撃はオムパウレの胴体を切り裂いた。
が、浅い。
「いぎゃぁぁぁああぁぁああ!!」
オムパウレの悲痛な叫びが、この空間に響き渡る。
「いだいいだいいだいいだい!! 痛いよぉぉおおお!!」
出た腹に一撃食らっただけだ。痛いのは当然。常人だって泣き叫ぶだろう。
でもあんた......悪の組織の親玉じゃん。そんな泣き叫ぶ? こう、『ぐっ、やるな!』みたいなの無いの?
『なんだあいつ、ガキみてぇーにぴーぴーとうるせぇぞ』
『あんなの掠り傷みたいなものでしょうに』
魔族姉妹が辛辣な感想を述べる。
いやまぁ、僕も同感だけど。
一瞬、呆気にとられた僕だが、マリさんはこれに動じず、この機会を逃さないと言わんばかりに攻めを続けた。
が、
「ヘラちゃん!!」
オムパウレの叫び声に応えるべく、マリさん目掛けて何かが飛んできた。
ヘラクレアスが放った矢だ。
そしてあの矢は奴の【固有錬成】が乗った――
僕はマリさんに注意を促そうとするが、その存在に気づいた彼女が防御することなく、飛び下がって回避した。
「っ?! ちッ!!」
矢は彼女を通り過ぎて、石造りの壁へと突き刺さった。その衝撃波が遠くに居る僕の下まで届く。
危なかった。アレ、魔族姉妹が言ってた通り、防ごうとしてたらマリさん死んでたよ。防御無視だもん。
マリさんは僕の下まで下がってきて、ヘラクレアスだけじゃなく、<4th>の奇襲も警戒した。
彼女は息を整えようと、必死に呼吸をしている感じだ。
「はぁはぁ」
「マリさん、もっかい行けますか?」
「鬼......。しんどいけど頑張るッ」
短くそう返答して、再びマリさんは突撃した。
それに反応し、ヘラクレアスが弓を構え、マリさんを狙う。
「させないッ!」
『【紅焔魔法:螺旋火槍】ッ!!』
『【凍結魔法:螺旋氷槍】』
螺旋状の火と氷でできた槍が、ヘラクレアス目掛けて放たれる。
貫通力に特化した魔法を危険と悟ったのか、ヘラクレアスは狙いをマリさんから魔族姉妹が放った魔法へと切り替える。
放たれた矢は、あっさりと二人の魔法を破壊して、その直線上に居る僕までも捉えるが、僕は咄嗟に真横へ飛んだので回避することができた。
「俺も居んぞ!!」
「っ?!」
回避した先、<4th>が目の前に現れた。
それと同時に短剣を振り下ろしてくるが、僕は既のところで後ろに避けて回避した。
しかし、行動を読まれていたのか、<4th>がまたも転移してきて僕の背後から斬りつけようとしてくる。
が、次は僕も反応できた。
瞬時に生成した【紅焔魔法:双炎刃】で奴の鋭利な短剣を受け止める。
しかし注意すべきは<4th>だけじゃない。
『......。』
『鈴木ッ! もっかい来んぞ!!』
「っ?!」
ヘラクレアスの方を見やれば、奴は僕に対して弓を構えていた。
二撃目を僕に撃つ気だ。
<4th>はそれを察してか、自分も巻き込まれないようにと転移して僕の前から消え去った。
すぐさまヘラクレアスの二撃目が放たれたが、僕は後ろへ飛び下がってそれも回避することに成功する。
凄まじい威力を纏った矢は僕に当たること無く、過ぎ去っていった。
すると姉者さんが怒鳴り声を上げた。
『苗床さんッ!!』
―――あ。
僕は内心で間の抜けた声を漏らしてしまった。
彼女の怒鳴り声を受けてやっと気づく。
「がはッ!!」
ザシュッ。
なんの気配もなかった後方から斬りつけられ、僕の背中から血が吹き出た。
僕はヘラクレアスの矢を避けるべく、後方へ飛んだ。
が、それは悪手だった。
<4th>の奇襲で後方に避けた僕は、またも転移してきた奴に対応すべく、振り返って【双炎刃】で防いだ。
が、ヘラクレアスの矢が飛んできたことで、僕はまたも僕は後方へと避けようとするが、それはさっき自分が<4th>の斬撃を躱すために避けた位置だ。
故に――その場には斬撃が残っていた。
そのことに今更ながら気づいた僕は、斬られたことで判断を鈍らせて、次に取るべき行動が遅れてしまった。
「よぉ」
「っ?!」
<4th>が目の前に現れた。
『【紅焔魔法:火球――』
「おらぁ!!」
妹者さんが魔法を放とうとするが、奴が前方へ倒れゆく僕の顔面を、まるでサッカーボールを遠くへ蹴り飛ばすかのように弾いた。
その衝撃により、右手から放たれた火球が明後日の方向へと飛来する。
首が折れるかと思ったが、まだ折れた様子はない。
ただ鼻血とか口の中を盛大に切ったことによる血が飛び散った。
ここで短剣を使わない辺り、<4th>は本当に性格が悪い。
そして視界の端、ヘラクレアスが弓を構えている様子が見えた。
奴は――今度は僕ではなく、マリさんを狙っていた。
僕が満身創痍と悟ったのか、主人に迫るマリさんの方が危険と悟ったのかわからないが、ヘラクレアスはマリさんに狙いを定めていた。
マリさんがそれに気づいた様子はない。
今も尚、腹を斬られた痛みで転げ回っているオムパウレ目掛けて駆けてゆく。
「ひょ......へ、きッ!」
<4th>に蹴られたことで、口の中に鋭い痛みが生じるが、僕はそれに構うこと無く、マリさんとヘラクレアスの間に【冷血魔法:氷壁】を繰り出した。
マリさんからヘラクレアスの矢を防ぐためじゃない。ヘラクレアスの視界にマリさんを入れないためだ。
ヘラクレアスに基本生物が有する“目”は見受けられない。
魔力かなんかで他者の位置を感知しているのだろうか。どっちにしろ、魔力の塊である魔法が視界を防げば、マリさんに当たる確率は減る。
『......。』
ヘラクレアスが【氷壁】に邪魔をされても矢を放った。
【氷壁】はいとも容易く砕かれるが、その射線上にマリさんは居ない。どうやら当てずっぽうだったらしい。
マリさんは当たらなかったことを良いことに、さらなる前進を決め込む。
その駆けていく様子は、ヘラクレアスの射線にオムパウレを入れるようだった。
『......。』
ヘラクレアスも今までのように、その位置からでは矢は射てないと気づいて動き出す。
オムパウレを護ろうと、そちらの方へ駆け出した。
ヤバい。オムパウレはともかく、ヘラクレアスがそっちに向かったら、マリさんが危ない。
そう思って、僕は妹者さんによって全回復した身体を起こすが、
「余所見しすぎだろ」
「っ?!」
胸に一突き。<4th>が僕に魔法具<滞留>を突き刺していた。
勢いよく引き抜かれて、またも僕の身体が酒樽の栓を抜いたときのような血の吹き出し方を始めたが、次の瞬間には逆に栓でもされたかのように止まった。
姉者さんが鉄鎖を吐き出し、それを血が流れ出る胸へと当てて、<滞留>によって残った斬撃を除去した後、妹者さんが全回復する。
その間、魔族姉妹は僕の治癒にかかりっきりになってしまう。
だからその隙を突かれて、
「今度は首だッ!」
「っ?!」
<4th>に良いように斬りつけられてしまう。
今度は逆に魔族姉妹のうちどちらかが、<4th>を撃退しようと、僕が負った傷の回復よりも魔法による攻撃を試みるが、奴には当たらない。
<4th>は『もう見切った』とかなんとか言っているが、本当に今までの苦戦が嘘かのように、転移で躱し、続けて僕を斬りつけてきた。
何度も斬りつけられた僕は、この状況を打破しようと行動しようとした。
じっと止まっていては、転移しまくる<4th>にとって良い的にしかならないと思ったからだ。
でもそれがいけなかった。
「?!」
僕が避けようと動いた瞬間、両足が切断された。
感覚からして、<滞留>による斬撃を食らったんだ。どこに斬撃が残っていたのかは、もうわからない。
いや、“わからない”じゃない。考えないと駄目だ。
<4th>は死角からの攻撃を多用してくる。
なら――
「そこッ!」
「はッ! 残念!!」
僕は背後に向けて【氷牙】を打ち込んだが、奴はそこには現れず、まるで僕の思考でも読んでいたかのように、少し離れた地点から中距離攻撃を行ってきた。
岩の槍だ。それが深々と僕の肩に突き刺さった。
僕はそれを強引に抜き取るが、<4th>の攻めは止まることを知らない。
次々に僕へ攻撃を浴びせてくる。
どうしたら......どうしたら、この状況を打破できる。
<滞留>による斬撃をもう一度覚え直す? なんでもいいから<4th>に一撃入れないと。どうやって? それにヘラクレアスもマリさんに迫ってる。あっちもどうにかしないと。いっそマリさんと交代するか? いや、少なからず傷を負っている彼女に<4th>の相手はリスクが高い。というか、いい加減<4th>の【固有錬成】を分析しないと勝てるものも勝てない。ヘラクレアスの【固有錬成】はその後だ。でもそんな悠長なこと――。
「くそッ」
『『......。』』
僕は思わず、そんな悪態を吐いてしまった。
追いつかない。この状況において最善策が思い浮かばない。これじゃあ、いつか――
『苗床さん』
すると、姉者さんが冷静な口調で僕の名前を呼んできた。
呼ばれた僕はつい怒鳴り声で返事をしてしまう。
「なに?!」
しかし姉者さんは変わらない口調で続ける。
『あなた、少し頭を冷やしなさい』
プツン。瞬間、僕の意識が何かに切られたかのように刈り取られる。
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