第202話 魔法を斬り裂く剣術

 「外道が」

 「......。」


 マリの脳裏にとある日の記憶が過る。


 もうどんな顔だったかすら思い出せないが、忘れ去ることができない記憶だ。


 いつの記憶だっただろうか。【固有錬成】の力を生まれながらにして持っていたマリに、そんな罵倒が浴びせられていた。


 が、マリに全くの非が無いわけではなかった。


 スキルをまともに扱えなかった頃の彼女ならばともかく、幼少期から扱いが制御できてからも、マリは他者にスキルを行使していた。


 【固有錬成:犠牲愛】。他者の理性問わず、自身の虜にし、従わせるスキル。


 色々と制限や条件があるものの、その効果は他人から忌み嫌われるものに違いなかった。


 それを踏まえた上で、マリはスキルを行使した。


 行使するだけで非人道的なそのスキルを、マリは控えることなく行使してきた。


 その理由は――“割愛”だ。


 「別にいいんじゃん。減るもんじゃないでしょ」

 

 吐き捨てられた言葉に、独り残されたマリがそう呟く。


 人は誰しも多かれ少なかれ誰かに好意を抱くことがある。そして好意を抱けば、自分と同じ気持ちになってもらおうと努力する。


 その努力は、マリにとってする必要が無いものだ。


 なぜなら【固有錬成】を使えば、その手間が省けるのだから。


 が、それを一度でも行ってしまえば、相応の印象レッテルがマリに貼られてしまい、噂となって多くの者に知れ渡る。


 知れ渡ってしまえば、改心しようと意味は虚しくも失くなり、彼女から“努力”を奪い去った。


 元々は自分が犯した過ちだ。今更どうこう言うつもりはない。


 だから気にならない――


 「マリに操られて殺されるとは思わないの?」

 「全く」


 ――はずだった。


 マリが以前、鈴木と交わした会話の記憶である。


 初対面も同然な二人は、互いに距離を置くことをしなかった。任務遂行に必要な距離を保っていたのだ。


 それはマリの【固有錬成】を知った後でも続いた。


 それが不思議で仕方がなかったから、マリは思わず聞いてしまった。


 返答は『僕を魅了してもメリットが無いから』という、シンプルに尽きた一言だけだった。


 たしかにマリの【固有錬成】には時間の制限があり、効果は長続きはしない。だから作戦遂行の途中で鈴木に行使しても、共に行動する上でメリットは存在しなかった。


 が、それは現時点での損得であって、任務を遂行した後はその限りではない。


 なぜなら闇組織を崩壊させてしまえば、鈴木は用済みになるからだ。


 実際、皇帝からもその命令は下っている。


 娘に群がる糞虫の排除などと邪な理由を口にしていたが、事実、鈴木という存在は謎が多い。


 ろくに身辺調査もされずに皇女の護衛役となってしまった。


 そしてその皇女から離れた今が、鈴木を殺す絶好の機会である。


 この作戦に同行しているミルやシバがこの命令に従うかは不明だ。


 皇帝の理由が理由なだけに素直に頷けなかったが、鈴木をこのまま野放しにしておくのは皇女にとって、延いては皇族にとって危険かもしれない。


 少なからずミルは同意見だろう。


 シバはきっと怒るだろうが、わかってくれるだろう。


 だからマリは襲撃が終わり次第、鈴木を殺そうと思った。


 そして殺せる力を、鈴木にも見せつけていた。


 それなのに......


 「変なの」


 鈴木は距離を置かなかった。


 それが不思議で、マリは不意にそんな声を漏らしてしまった。


 自分が殺されることを想像していないのかと思うが、鈴木という人間はそこまで能天気じゃない。それは今まで共に行動していた中でわかったことだ。


 それどころかマリの命も救ってみせた。


 人造魔族ヘラクレアスの一撃によって意識を失いかけているマリが、<4th>に狙われたとき、鈴木は身を挺してマリを助けた。


 その事実が......マリを困惑させる。


 皇帝や<四法騎士フォーナイツ>の連中ならば、まだその行為の意味がわかる。


 城内で唯一、マリを嫌わない存在だ。でもそれは決して短くない年月を経たからこそ築けた関係である。


 それをこの鈴木おとこは――。


 マリは目の前の戦闘に集中するため、思考を切り替えた。


 「ナエドコさんが作ってくれた今を無駄にしない!!」


 マリはショートソードを片手に、無防備なオムパウレへと斬り掛かった。


 空いている手を自身の胸に当てて――唱える。


 「【固有錬成:犠牲愛】」



*****



 「およ?!」


 ガキンッ。


 一直線に襲いかかってきたマリが、オムパウレの首を切断する勢いで、ショートソードを振るったが、その手前で何か硬いものによって弾かれてしまって妨げられた。


 それは半透明な膜のようなもので、先程までオムパウレの周りには無かったものだ。


 魔法結界である。


 そんなものを発動する素振りこそ見られなかったが、オムパウレが身につけている数々の装飾品のうち、どれかがそれを発動する魔法具でもあったのだろう。


 しかしそれはマリも予想していたことだ。


 「マリはわかってたよ〜!」


 戯けた様子でマリが言うが、その瞳に宿る炎は彼女の闘志を思わせるほど殺気に溢れてる。


 それを察したオムパウレは、先程までの余裕な態度が嘘かのように、別の装飾品――魔法具が有した魔法を発動しようとする。


 が、


 「おっそ〜い!! 【アルガーヌ流】――」


 途端、マリの声音が変わる。


 低く、唸るようにして、呼吸を整えるとともに紡がれる言の葉は“剣術”だ。


 「【龍尾剣術】――」


 一撃目で振り切った回転を活かし、低姿勢のまま、マリは狙う。


 それは鈴木が抜刀する構えを取った【抜熱鎖】のように似ているが、彼女が手にしているのは納刀していない抜き身のショートソードだ。


 しかし振り払われる横薙ぎの一線は、まるで龍の尾を思わせる。


 大きく、硬く、そして靭やかな龍の尾は、時として打撃になり得るが斬撃にもなり得る。


 振るえば岩山を砕くだろう。


 振るえば岩山を斬るだろう。


 そんな伝説上の生き物に思いを馳せた人間が生み出した剣術――アルガーヌ流は、マリの細い手足に未だかつて無い力を宿した。


 否、上手く全身に巡るよう


 「【白竜一鱗斬り】!!」


 刹那、オムパウレの強固な魔法結果はいとも容易く破られた。

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