第200話 満身創痍でもやることは変わらない

 「ぐはッ」


 背中から鮮血が飛び散る。


 いつもならすぐには妹者さんの【固有錬成:祝福調和】によって、身体中の傷は消え去るのだが、<4th>が僕に与えた傷はそれができない。


 奴が持つ短剣――魔法具<滞留>はその魔法具に限った魔法により、斬撃をその場に残すことができた。


 だから僕の背中には十字に斬りつけられた傷が斬られたままで残っているため、妹者さんによって即回復ができない。


 「はぁはぁ......」


 僕が息を切らしながら膝をつくと、<4th>がすぐ傍に立っていることに気づく。


 奴は僕を見下ろすようにして、嗤いながら口を開いた。


 「はは。さすがに俺とヘラクレアス相手じゃきちぃってか? ざまぁねぇなぁ」

 『【凍結魔法:氷牙】』

 「おっと」


 姉者さんが薄浅葱色の魔法陣を展開して、そこから氷の牙を繰り出し、<4th>を穿とうとするが、奴は転移して難なくそれを回避した。


 その後、すぐさま姉者さんが生成した鉄鎖を背に当てて、<滞留>が残した斬撃を除去し、妹者さんによって回復する。


 僕が息を整えている間、奴は僕を囲むようにして点々と転移を繰り返していた。


 そして転移する度に手にしている短剣を振る。


 斬撃を残しているのだろうか。それともさっきみたいにブラフとして、ただ短剣を振っているだろうか。


 「ゆっくりしてていいのかぁ? どんどん不利になってくぞー」


 ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら、奴は行動を続ける。


 僕がこうして息を整えている間にも、<4th>は転移先に不可視の斬撃を残して、僕の行動範囲を限定させている。


 本当に性格悪い奴だ。


 『苗床さん』

 「大丈夫。二人はサポートお願い」

 『......はい』

 『......おう』


 姉者さんが心配そうな声で呼んできたが、僕は心配無いと告げてから体勢を整えた。


 『【固有錬成:泥毒】で一旦毒をばら撒いて時間稼ぐか?』

 「マリさんを巻き込むかもしれないでしょ」

 『であれば、隙を作ってしまうかもしれませんが、【烈火魔法:抜熱鎖】で前方だけでも斬撃を――』


 と姉者さんの言葉の途中で、僕はあることに気づいた。


 <4th>がある方向をじっと見つめていた。


 そして奴は視線だけ僕に移して、言わずとも何かを語ろうとしている様子だった。


 そう、例えば今から何をしようとしているのか......。


 それから再度、<4th>は見つめる先を戻す。


 <4th>の表情は、今までに見たこと無いくらい口角を釣り上げていた。


 その視線の先には――


 「っ!!」

 『ちょ!!』


 僕が【固有錬成:力点昇華】を使用したのとほぼ同時に、<4th>が転移した。


 妹者さんが僕の咄嗟の行動に待ったをかけるが、それを無視する。


 一直線に進んだ結果、道中で<滞留>による斬撃に突っ込むかたちとなり、左足が切り飛ばされたけど、そんなこと気にしている場合じゃない。


 僕の反応が早かったおかげか、<4th>の転移先に辿り着いた。


 目の前に僕が割って入って来たにも関わらず、<4th>は短剣を振りかざし、勢いよく振り下ろす。


 ぎりぎり辿り着いた僕だが、片足が無いことも手伝ってか、まともに防ぐことができず、その短剣が自身の肩を斬りつけるのを許してしまう。


 「はッ! 来ると思ったぜ!! この甘ちゃんがよぉ!!」


 こいつ......この状況で気を失っているマリさんを狙いやがった。



*****



 「はッ! 来ると思ったぜ!! この甘ちゃんがよぉ!!」


 男の大声を耳にして、マリは目を覚ました。


 今まで気を失っていたのは、言うまでもなくヘラクレアスに強打されたからだ。


 そんな状態の自分は紛れもなく無防備な状態で、戦地に居るこの状況下ではいつ殺されてもおかしくはなかった。


 そんな中、マリの視界には鮮血が広がっていた。


 無防備だった自分が何か傷でも負ったのだろう。尋常じゃない出血量からして、それは致命傷のように思えた。


 しかしその鮮血はマリのものではなかった。


 「っ?!」

 「ぐッ!!」


 黒髪の少年だ。


 鈴木がマリの目の前に立って血を流していた。


 マリは思考を取り戻し、回転を早める。状況から察するに、この少年は自身が目を覚ますまで一人で戦っていたのだろう。


 そして今、<4th>に狙われた自分を、身を挺して庇ったのだと。


 代わりに致命傷を負ったのだと。


 「な、なえ、どこさ、ん」

 「らぁッ!!」


 マリは少年の名前を呼びかけるが、少年はそれが聞こえなかったかのように反撃に入る。


 鈴木が突き出した右手から紅色の魔法陣が展開され、【紅焔魔法:爆散砲】が炸裂した。


 視界いっぱいに広がる爆発は、凄まじい破壊力を秘めている。


 しかしそれでも<4th>を捉えることはできなかった。その証拠に、視界の外から<4th>の声が二人の耳に届く。


 「お前、マジで庇いやがったな! 見捨てるかと思ったが、とんだお人好しだぜ!」


 マリは腹を抱えて笑う<4th>を一瞥した後、鈴木を見やった。


 鈴木は片方の足が膝から下が無かった。少し離れた所に、少年のものと思しき片足が落ちていることに気づく。


 加えて肩から深い傷を負っており、切断された足と共に、ドバドバと血を流していた。


 しかしそれも次の瞬間には、鈴木が鉄鎖を患部に当てたことで、即座に傷は癒えていった。鉄鎖が何の役割を果たしているのか、この時のマリは理解が追いついていなかった。


 また切断された足も、離れた箇所から飛んでくるようにして、まるで逆再生のように元通りになる。


 されど息を切らした様子の鈴木は、満身創痍といった様子であるとマリの目には映っていた。


 「はぁはぁ......マリさん、起きれそうなら立ってください。次も防げるとは思えませんので」


 鈴木が<4th>をじっと見据えたまま、マリにそう呼び掛けた。


 先程まで意識はおぼろげであったが、鈴木に命を救われたのだ。


 気づけばマリは口を開いていた。


 「なん、で」


 この緊迫した状況下で確かめるような内容では決してないのに、聞いてしまう。


 「なんで......マリを助けたの?」


 マリは自覚している。


 出会った当初から、鈴木に対して冷たい態度を取っていたことを。


 自身の【固有錬成】によって他者を思うがまま魅了して、自害を求める狂気さを見せたことも。


 少なくとも好感は持たれないだろう、それらの行動を取った自分を身を挺してまで助けたことが理解できなくて仕方がなかった。


 そんなマリの問いに、鈴木は淡々と答える。


 それも至極当然のことのように。


 「いくら怪我しようが死のうが、すぐに元通りになる僕の命と、美少女の命......どう考えても後者を選ぶでしょう?」

 「......。」


 マリの疑問はますます深まった。

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