第199話 蛮魔
「リチャードちゃんが急に僕ちゃんをここへ連れ出すから何かと思ったけど、面白い者が見れたから許しちゃうよ」
「はッ。さすが旦那だ。一発であのガキの異常さに気づいたのか」
オムパウレと呼ばれる小太りのハゲ男は、オールバックが特徴のリチャードさんとそんな会話をしていた。
現在、僕らはリチャードが連れてきたオムパウレと人造魔族を前に、緊張した面持ちで居た。
オムパウレって人は<
さっき、地下から凄まじい轟音と共に地響きが地上階のこの空間まで伝わってきたけど、オムパウレの言動から、おそらくミルさんたちと戦っていたのだろう。
が、<4th>がそこに乱入して、オムパウレと人造魔族をこの場に連れてきた。
僕らを確実に殺すために。
「でも僕ちゃんたちを連れてこなくても、他の人造魔族とか使えばよかったんじゃない?」
「俺に所有権ねぇよ。それに旦那のヘラクレアスを使えば、すぐ終わるだろ」
「それもそうか〜」
「こいつら殺したら、今度は俺が他の<
「殺すんじゃなくて捕獲ね、ほ・か・くぅ〜」
などと、二人は物騒な会話をしている。
やはりオムパウレと人造魔族はシバさんたちと戦っていたらしい。
<4th>め、面倒なことを......。
「ナエドコさん、今更なこと言っていいですか?」
すると、僕の半歩後ろに居るマリさんが、真剣な面持ちでそんなことを聞いてきた。
「なんですか?」
「わかってると思いますけど、マリ、戦闘特化の騎士じゃないんです。ちょこっと剣術が扱えるくらい」
「......。」
まぁ、でしょうね。人を魅了する【固有錬成】持ちですから、前線って感じがしませんよ。
今度は魔族姉妹が口を開いた。
『鈴木、人造魔族ってのは、用意した“宿体”に他所の“核”を埋め込んで使うもんだろ?』
「と、聞いてるね」
『だったら、さっきも言ったが、ヘラクレアスっつーもんは“宿体”だ』
『誰の“核”を埋め込まれたかわかりませんが、蛮魔だからって私たちに遠慮して加減しないでくださいよ? そもそも知り合いですらありませんし』
もちろん。今のこの状況、あのヘラクレアスって人造魔族は明らかに敵だ。
それにあんな強そうな敵――加減なんかできやしない。
むしろ心配すべきはどう対処するかだ。
状況はこちらが不利。
如何にも近接戦が得意そうな外見の人造魔族は、僕が相手しないといけないのだろうか。だとすると<4th>の相手は......。
マリさんがもし奴によって強制転移でもされたら困る。
それにオムパウレとかいう<
すると僕の葛藤を察してか、オムパウレが口を開いた。
「あ、僕ちゃんは観戦するだけだから安心してね〜」
「はい?」
「数は互角ってこと〜」
え、戦いに参加しないの?
いや、敵の言うことを鵜呑みにすること自体、しちゃ駄目な行為――
「それに、僕ちゃんが混ざんなくてもヘラちゃんが居れば十分だよ」
瞬間、ヘラクレアスの姿がブレた。
「っ?! マリさ――」
マリさん、避けてください。
そう言おうとした僕だが、ヘラクレアスは僕の真横を通り過ぎて、マリさんを殴り飛ばした。
勢いよく後方にふっ飛ばされた彼女は、そのまま壁に激突し、その身を凹ませた壁の中へと埋める。
「がはッ!」
「マリさんッ!」
『鈴木ッ! 来んぞ!!』
『【凍結魔法:
マリさんを心配する僕は、妹者さんに注意を促されて、再度、ヘラクレアスを視界の中に捕捉する。
ヘラクレアスはマリさんの次に、僕にも打撃を与えようと、手刀を振りかざす。
が、既に対応していた姉者さんが【鮮氷刃】を生成し、奴の生身の片腕を手刀の勢いで切り落としてやろうと、僕の目の前にかまえる。
しかし、
「『『っ?!』』」
ズサン。
まるで氷の剣が飴細工のようにあっさりと砕かれて、その勢いのまま僕は肩から股下まで両断された。
マジか。ろくに魔力を込められなかった【鮮氷刃】とはいえ、こうもあっさり破壊されんのかよ。
縦に両断された僕は、これを予期していたのかわからないが、姉者さんの【固有錬成】によって、崩れゆく両の身体を再生してもらい、片足で踏ん張ってカウンターを狙う。
右手を強く握り締め、妹者さんの【固有錬成:祝福調和】によって膂力が相手と同じになったことを確認してから――唱える。
「【固有錬成:力点昇華】!!」
『【紅焔魔法:天焼拳】!!』
僕の【固有錬成】の発動に合わせてくれた妹者さんが、【天焼拳】を炸裂した。
豪炎を纏う拳がヘラクレアスの腹部に直撃し、爆発を起こして奴を吹っ飛ばす。
オムパウレの後方まで吹き飛んだ奴は、先程のマリさんのように、その巨体を壁に激突させた。
「うわーお。ヘラちゃん吹っ飛ばすってすごくない?」
「はは。なんだあいつ、まだあんな力隠し持ってたのか」
そんな僕らの攻防を目の当たりにしたオムパウレたちが、余裕そうに感想を述べている。
『ちッ。あんにゃろー、近接特化じゃねぇーくせに相変わらず馬鹿みたいな力してんな』
『ええ。さすが蛮魔といったところでしょうか』
......え?
「あの、今なんて言った?」
『あ? ヘラクレアスが近接特化の野郎じゃねぇーってとこか?』
「近接特化じゃないの?! あの見た目で?!」
僕は思わず声を大にして言ってしまった。
すると今度は姉者さんが教えてくれた。
『苗床さん、近接特化の蛮魔なら、さっきの真っ二つの余波で私たちの核は砕けてましたよ』
「え、ええー」
『まぁ、逆に言えば、近接面に長けていなくても、“蛮魔”というのは一定のスペックを兼ね備えていますから、相応の実力はあると思ってください』
「さいですか......」
ちょっと待って。じゃあなに、近接戦得意でもないヘラクレアスで、あの膂力ってことは――
「それにしてもヘラちゃんは加減がダメダメだね〜」
そんなことを考えていた僕に、オムパウレが余裕の笑みを崩さずに口を開いた。
「今日、ここを襲撃した人は全員欲しいから殺さないでって命令を出したんだけど、一歩間違えたら全員殺しちゃいそうだもん」
などと、軽い口調で奴は言う。
「ミルとシバって<
そして続ける。
「そこのマリって人は別に欲しくはないんだけど、コレクター魂ってやつがさぁ〜。最後にムムンって人も欲しいけど、それはまた後日かな〜」
まるで自分たちの敵である<
聞いているこっちからしたら不快さが増していく話である。
「で、ナエドコちゃん......だっけ? 君も中々悪くないんだよね〜」
にちゃぁ。そんな擬態語が聞こえてくるような、気色の悪い笑みをオムパウレは浮かべていた。
背筋がぞわりと冷たいものでなぞられた感覚に陥る。
「リチャードちゃんから聞いたよ? ナエドコちゃんは死んでも死なない体質なんだって? なにその不思議体質〜」
『うわ、なんか鳥肌立ってきた』
『私は蕁麻疹が......』
どうやらオムパウレが気持ち悪い人間という認識は僕だけじゃなかったみたい。
そんな僕らを他所に、オムパウレは続けた。
「それに......君の身体、中に何か入ってるでしょ?」
「『『っ?!』』」
核心を突く唐突なその問いに、僕らは目を見開いてしまった。
図星だと言わんばかりの自分の表情に、僕はハッとする。
「詳しくは調べないとわからないけど、うん、是が非でもナエドコちゃんが欲しいよ〜」
「......美女だったら喜んでこの身を捧げるんですけどね」
『おい。今そんな冗談言ってる場合か』
『いや、その手の話に限って、ナエドコさんが冗談を言った覚えがありません』
「せいか――いッ!!」
僕は魔族姉妹に対して短く相槌を打ってから攻めに入った。
マリさんが心配だけど、それよりも後手に回ったらマズい気がして仕方がない。
人造魔族っていうことは、一応、奴隷の部類で、奴隷ならばその所有者が居る。
その所有者は十中八九、オムパウレだ。
なら所有者であるオムパウレを殺せば、もしかしたらヘラクレアスは行動を取らないのかもしれない。
そう思って、僕は片足に力を込めて、【固有錬成:力点昇華】を発動し、対象との距離を一気に縮める。
が、
「おいおい! 俺も居るんだぜぇ!!」
「『『っ?!』』」
<4th>がその距離の中間地点に転移してきて、短剣――魔法具<滞留>を一線、横に振るう。
僕は斬撃がその場に残ることを警戒して、瞬時に生成した【紅焔魔法:閃焼刃】で斬撃が残っているであろう空間を斬りつける。
いくら不可視の斬撃が残ると言っても、強度は短剣のそれだろう。ならばその斬撃を叩き斬れば、道は開ける。
しかし、
「なッ?!」
ヒュッ。
【閃焼刃】が空を切った。そこに硬い物同士がぶつかる衝突音は無い。
騙され――
「ブラフだッ!!」
背後から<4th>の声が聞こえ、次の瞬間、僕は背に十字の傷を負った。
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