第198話 一応騎士なぶりっ子
「えい!」
マリさんは<4th>の攻めを受け流した後、その流れで手にしていたショートソードで斬りつけようとするが、奴は転移して攻撃を回避する。
転移した先、<4th>が頬を擦っていた。
拭った後から奴の頬に一線の赤い傷口ができているのを目にする。おそらく転移する際にマリさんの剣先が掠ったのだろう。
「忘れてたわ。ちゃんと剣を扱える騎士かよ」
「<
マリさんは戯けた様子でショートソードをひゅんひゅんと振り回す。
そんなマリさんに対し、<4th>は天を仰いで言う。
「まぁ、二対一じゃあこっちが不利か。......やっぱ戦いは数だよなぁ」
そう言い残して、<4th>は消えた。
僕らは全員周囲を警戒する。しかし<4th>は見当たらない。
『どこいったんだ?』
『さぁ? 【魔力探知】にも引っかかりませんよ。この空間には居ないのでしょう』
この部屋には居ない? なぜ?
僕はそんな疑問を抱きながら、マリさんに背中を預けるようにして近づく。一方の彼女はそんな様子を見せることなく、ただ僕の接近を許していた。
やがてマリさんとの距離が二、三歩程になったところで、僕は歩みを止めた。
「逃げたんですかね?」
「たしかにずる賢い奴だけど、こうもあっさり逃げるような敵では――」
「待たせたな」
僕の言葉を遮ったのは男の人の声だ。言うまでもなく、先程、僕らと戦闘していた<4th>の声である。
声のする方へ振り向くと、<4th>の傍らにはさっきまで居なかった人物が居た。
禿げてる中年男性だ。黒を貴重とした毛皮のコートを纏っているが、突き出た腹部が太っているという印象だ。
また露出している肌は雪のように真っ白なのに対し、丸型サングラスが黒光りに輝くから目立っている。
その丸型サングラスの向こうにある眼光が、すっと僕を見据えている気がした。
「んで、メインはこっちよ」
そう言い残して再度、姿を消した<4th>は数秒後に現れ、同じく傍らに別の者を連れていた。
新たに連れてきたのは――人造魔族だ。それも人型の。
全身真っ白でミルさん......いやそれ以上かもしれないほど筋骨隆々としている。
人造魔族というのは基本的な特徴が同じなのか、目や口といった生物的にあるべき器官が見当たらない。
その人型人造魔族の胸の中央には宝玉のような物が埋め込まれており、そこから両手両足の先まで宝玉と同じような
そんな二名の登場に僕らは、ごくりと喉を鳴らした。
そして丸型サングラスの男が、にちゃりと不気味な笑みを浮かべて口を開いた。
「おやおや。これまた珍しいモノに出会えたね〜。はじめまして。僕ちゃんはオムパウレ。<
『......。』
マジかよ。こんなときに<
そしてそのオムパウレとかいう男は隣に居る人造魔族も紹介しようとした。
「こっちは――」
「『『――ヘラクレアス』』」
すると意外なことに、オムパウレと魔族姉妹の声が重なった。
え、二人ともあの人造魔族のこと知ってるの?
そんな中、オムパウレは魔族姉妹の声が聞こえていないのか、続けて言った。
「僕ちゃんは“ヘラちゃん”って呼んでいるけどね。すごいんだよ? この人造魔族のベースはなんとあの凶悪な存在――“蛮魔”なんだよ!」
『......すっげぇ昔のことだが、それなりに名の知れた蛮魔だ』
『それがまさか人間のいいように扱われるなんて......』
蛮魔......魔族姉妹と同格の存在ってか。勘弁してよ......。
******
「ふんぬ!!」
『......。』
鈴木たちが<4th>と戦闘中、ミルとシバも同じく戦闘の最中であった。
二人と対するのは人造魔族のヘラクレアス。
今、巨体のヘラクレアスの猛攻を、同じく巨体の持ち主であるミルが捌いていた。
ヘラクレアスは武器を持っていない素手の状態で挑み、ミルは大剣を振るっていた。
ミルの鋭く重い斬撃をヘラクレアスは拳で受けるも傷一つ負っていない。
その頑丈さにミルは嫌気が差していた。
一方、
「シバ! まだか!」
「ん。もうちょい」
シバは手のひらに辺り一帯の風をかき集めて球状に圧縮していた。
ここ、闇組織の本拠地は地下にも空間があり、その地下のとある大広間にシバたちは居るのだが、如何せんこの空間は非常に風通しが悪い。
そのため、風を操るという【固有錬成】を持つシバは普段よりも実力を発揮することができなかった。
というのも、足りないのだ。高出力に至るまでの風が、この風の吹かない空間に。
故にシバは地下の至る所にある空間から風を掻き集めている。
ここに至るまではそんな作業は必要なかった。事実、そこまで火力が出ずともやってこれたシバである。しかしヘラクレアスの強靭な肉体は、シバの攻撃を食らっても傷一つ負うことはなかった。
そんな事態となったため、シバは力を溜めることに集中し、その間はミル一人でヘラクレアスの対応をすることになった。
「ほらほら〜。ヘラちゃんはまだ本気出してないよ〜」
シバとミルの様子を前に、余裕な笑みを浮かべて二人を小馬鹿にする存在が居た。
オムパウレである。
力を溜めているシバを邪魔すること無く、まるで観客のように三者の戦闘を楽しんでいた。
オムパウレの態度からあまりにも無防備すぎるので、シバは再び風の槍を生成して先方に向けて放つが、どういう訳か、オムパウレの周りには半透明の膜――【魔法結界】が張られている。
オムパウレ自身にシバの攻撃を防げるような魔力は備わっていない。となると、次に考えられるのは、オムパウレが身につけていた装飾品のうち、【魔法結界】を張れる魔法具か何かがあったのだろう。
下手に【魔法結界】を敗れるような火力をぶつけては、あのヘラクレアスという人造魔族が黙っていないはずだ。
それを踏まえると、シバは無防備な状態のオムパウレを狙うことはできなかった。
「ぬん!!」
『......。』
そして拮抗していた勝負に変化が訪れた。
ミルがヘラクレアスの拳を躱し、脇腹でヘラクレアスの腕を捕らえ、カウンターとして大剣を横薙ぎに振るう。
しかしヘラクレアスも力んだ片腕でそれを受け止めた。
否、その大剣は切断まではいかずとも、深々とヘラクレアスの片腕に突き刺さっている。
黒い鮮血が傷口から湧き出るが、ヘラクレアスはかまわず猛攻を続けた。
そのまま片腕に大剣を突き刺さしたまま、後ろへ振りかぶった蹴りをミルに放つ。
「甘い!!」
が、ミルはヘラクレアスの蹴りを突進をもって打点をずらし、体勢を崩した。
打点をずらしたとは言え、ヘラクレアスの勢いの乗った蹴りは相応の威力が伴っていたが、ミルはびくともしない。
そのままマウントポジションを取ったミルは大剣を手放し、拳を振り上げる。
「タコ殴りだ」
『......。』
ヘラクレアスに馬乗りしたミルは、拳を降り注いだ。
そのラッシュにヘラクレアスは防御することしかできない。
「あらら。ヘラちゃんは近接戦が苦手とは言え、ああもやられっぱなしとは」
一方、その二人の様子を遠巻きに眺めていたオムパウレが、余裕の抜けない表情でぼやく。
するとそのオムパウレの傍に、何者かが突然姿を現した。
その者はオールバックが特徴で荒れた髭を生やした男だ。
「オムパウレの旦那。わりぃけど、ちょっと手を貸してくれねぇか?」
<4th>である。
「およ? リチャードちゃん? どうしちゃったの? というか怪我してるけど大丈夫?」
「問題ねぇ。で、今いいか?」
この状況が目に入っていないはずもない。ミルは交戦中とは言え、シバは待機中だ。
それ故に<4th>の登場に一瞬驚くも、シバは二人のやり取りの最中に行動を取った。
オムパウレと<4th>を同時に殺せるチャンスだと見たからだ。
「ん」
シバが今まで溜めていた力を解き放つ。
掻き集めていた風を圧縮した球状は、即座に先端を尖らせた鉾と化し、オムパウレたちを狙う。
オムパウレの魔法具による魔法結界を物ともしない一撃は、周囲を穿ちながら真っ直ぐに突き進む。
ドガガガ。シバの前方には凄まじい災害が通り過ぎたように抉られた跡だけが残った。
「あっぶねぇな、おい」
「......。」
しかし<4th>は五体満足で、シバの視界の外に立っていた。
<4th>の転移によって回避されたのだろう。しかしそこにはオムパウレの姿は無い。
オムパウレはどうしたのか、などと問うつもりはシバには無い。<4th>のことだから、オムパウレをどこかへ転移させたのだろう。
本当に厄介な【固有錬成】である。
そして、
「ミル」
「ちぃ」
シバの呼び掛けにより、ミルはヘラクレアスを馬乗り状態から解放し、飛び退く。
するとすぐさま<4th>がその場に現れ、ヘラクレアスに触れた。
あのままミルがマウントポジションを取っていたら、<4th>によってどこかへ強制転移させられていたことだろう。
「んじゃ。またな」
<4th>がそう言い残し、ヘラクレアスと共に消え去った。
「シバ、奴らはどこに行ったと思う?」
「たぶんナエドコのとこ」
「だろうな」
「......ごめん。溜めた力全部使っちゃった」
「......仕方ない。とりあえず、地上階へ向かうぞ」
「ん」
斯くして、ミルとシバはナエドコたちが居る地上階へ向かうのであった。
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