第194話 ネズミが三匹......三?

 「およよよ。ネズミがこのアジトに入り込んで来たよ」


 地上一階、とある大広間にて、豪勢な食事と妖艶な美女たちに囲まれた男がそう呟いた。


 男は小太りの中年で、頭部に髪は一切無い。一糸まとわぬ男の裸体は真っ白な肌とは裏腹に、黒光りするサングラスだけが、その男に色をもたらしていた。


 そんな男は芸術を具現化させたような豪華な椅子に腰をかけており、周りの美女たちから奉仕されているところだった。


 「ネズミが三匹ぃ?」

 「そそ。リチャードちゃん、どうしよどうしよ」


 男は少し慌てた様子で、付近に居たリチャード――<幻の牡牛ファントム・ブル>の一人、<4th>に問いかけた。


 <4th>はワイングラスを片手に、何やら書類に目を通していたが、この部屋の中央に鎮座する男に声をかけられたことにより、視線を書類から男へと向ける。


 「侵入者か?」

 「かもかも」


 「たった三人で?」

 「うん。たぶん」


 「“たぶん”?」

 「僕ちゃんが感知できたのはその三人だけど、魔力で感知したってだけだから」


 リチャードは顎に手を当てて考える。


 このタイミングで、その人数で侵入してきたということは、十中八九、帝国もしくは王国の者だろうと予測した。


 また王国に宣戦布告することを、帝国側上層部で決定したことを考慮すれば、おそらく帝国の人間。そして人数からして少数精鋭。


 リチャードの推測が正しければ、その少数精鋭らは――


 「<四法騎士フォーナイツ>......の奴らかもしれねぇーな」

 「ええ?!」


 リチャードの一言に、小太りの男は驚いた様子を見せた。


 「ああー。ここで仕掛けてくるってことはあの皇帝、マジで俺らを王国より先に潰す気か」

 「どうしよ! っていうか、なんでここがバレたのかな?!」


 男はぶるんぶるんと締まりの無い出た腹部を揺らしながら、リチャードに問い質す。


 リチャードはバツの悪そうな顔で答えた。


 「ああー、たぶんだが、このアジトに繋がる【合鍵】を持った奴を帝国が管理してんだろうな」

 「なんで?! 【合鍵】を持っている人は僕ちゃんとリチャードちゃんの他にあと三人だよね?!」


 「ああ。うち二人は死んだがな。が、おそらくそのうち一人を、帝国が利用するために回収して、死んでもおかしくねー傷を治したんだろ」

 「ちょっとちょっと! 帝国にそいつが渡ってる時点で杜撰ずさんじゃない?!」


 「悪かったって。あんときは余裕無かったんだよ。それに絶対に死んでると思ってたし」

 「生きてたじゃん!」


 リチャードは小太りで禿げている中年男が、自身に迫ってくることに嫌悪感を抱き、くるりと背を向けて歩き始めた。


 はぁ、と溜息を吐きながら、リチャードは歩を進める。


 「ちょっとリチャードちゃん!」

 「大丈夫だって。ちっとばかしリスキーだが、ここでとんずらしたら次いつチャンスが来るかわからねぇーし、相手してくんよ」

 「本当に大丈夫なの?!」


 小太りの中年男が心配そうにそう聞くと、リチャードはニヤリと不敵な笑みを浮かべて振り返った。


 「大丈夫だろ? 俺とあんたが居りゃあな。


 次の瞬間、リチャードは姿を消した。自身の【固有錬成】により転移したのである。


 侵入者の撃退のため、リチャードは動き出した。


 その後、この大広間の中央で立ち尽くしていたオムパウレは、頬をぽりぽりと掻いてリチャードが言い残した言葉に返答する。


 「それもそうだね」


 パチン。


 オムパウレが指を鳴らすと、今まで一糸まとわぬ彼の裸体が衣服を纏い始めた。


 黒色で統一されたそれは、主な素材が猛獣たちの革を鞣したものである。いったいどれだけの金貨を積めば手に入る代物だろうか。


 極めつけは、毛皮で作られた分厚いコート。中年男の太い首周りには同じく太い毛皮が纏わりついている。


 一瞬にして衣服を纏ったオムパウレは、不気味な笑みを浮かべて呟いた。


 「<四法騎士フォーナイツ>を奴隷にしたら......いったいどれくらい儲かるんだろうねぇ。ふへへへ」

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