第193話 マリの【固有錬成】

 「ハァハァ......」

 「『『......。』』」


 <四法騎士フォーナイツ>の一人、<陽炎の化身:マリ>。彼女の【固有錬成】は【犠牲愛】と呼ぶらしく、その効果は対象の理性を無視して自身に魅了させるスキルだ。


 が、悲しいことに、そのスキルが成功してしまうと、『マリ様ぁぁぁああ!』と叫ばれるらしい。


 僕がその光景を目にしたのは二人目。きっと偶然じゃない。彼女に魅了されてしまったらそう叫ぶしかないみたいだ。


 だからマリさんは男の口に厚手の布を詰め込んでから、スキルを発動させた。


 なんか......デメリットでかく感じてしまうな。


 僕らはしばらくの間、密かに行動しないといけないのに。


 「ハァハァ......ほんっと最悪......」


 彼女も自分のスキルにうんざりしているらしく、息を切らしながら悪態を吐いていた。


 『なんか......苦労してんだな』

 『根っからのぶりっ子ならきっと喜べるんでしょうけど、そんなこと無さそうですね』


 うん。僕もそう思う。


 とにかく、だ。


 「あの、マリさん」

 「......なに?」


 「早くこいつからも所有権を奪ってください。僕が無力化した男が死にそうです」

 「え?!」


 マリさんは僕の足元で倒れ伏している男を目の当たりにして、驚愕の表情を浮かべた。


 「う、嘘。はや。てか死にかけ?!」

 「静かにしてください」


 「あ、ごめ」

 「毒ガスを使いました。間もなく死にます」

 「っ?!」


 マリさんは僕のその言葉に文句を言いたげだったが、そんなことしている場合じゃないと思ったらしく、一人目の男に命令した。


 「あなたの奴隷の所有権をマリへ移しなさい!」

 「ふぁふぁー(ははー)!!」


 すると男の手の甲にあった紋様――奴隷所持者を示す印が光の粒子となって消えた。


 そしてその粒子が、マリさんの傷ひとつ無い白い手の甲へ移り、紋様を描いていく。


 へぇー。こうやって所有権が移るんだ。話には聞いてたけど、これじゃあ確かに相手が生きていないとダメだね。


 またその紋様は血のように赤黒く、複雑だった。一種のタトゥーみたい。


 「これで完了ね。じゃあ自害して」

 「ふぁふぁー(ははー)!!」


 最後に、男は自身の片腕を頭上に、もう片方の腕を顎に当てて力強く握りしめ、一気に両手をそれぞれ反対方向へ引っ張った。


 ゴキン。


 男の顎がキレイな曲線を描いて、元あった位置から直角まで進んだところで止まる。首の骨を折ったのだろう。鮮血が飛び散らない辺り、痕跡が残りにくい死に方である。


 躊躇無い自害......かなりおっかない【固有錬成】だな。


 「じゃあ次はそっちの男ね!」


 などと、マリさんは一人目の男の死を気にすることなく、僕が無力化した男の方へと近づいた。


 そして同じく触れて、スキルを発動する。


 「ごふッ。ふぁ、ふぁふぃ、ふぁ、ふぁー(ま、マリ、さ、まー)」

 「......。」


 毒に侵されても、デフォは変わらないらしい。スキルの発動と同時に、マリ様と叫んで男はすぐさま所有権をマリさんに譲渡した。


 その男の手の甲にあった紋様も、光の粒子と化してマリさんの下へ向かう。


 特に彼女に付与された紋様に変化はない。所有権が増えようとデザインが変わるとか無いみたいだ。


 マリさんは同じく二人目の男にも自害を命令したが、数秒後に僕が男の身体に流し込んだ毒ガスのせいで絶命した。


 『危なかったなー』

 『ええ。現状のナエドコさんができる最善ですが、時間にあまり猶予がありませんね』


 僕は内心で魔族姉妹に同意した。


 もう少し遅かったら、マリさんへの奴隷所有権の譲渡が果たせなかっただろう。


 僕とマリさんがふぅと安堵の息を漏らす。その後、僕らは二人の死体を目立たない場所へ置いた。その際、マリさんが僕に聞いてくる。


 「引かないの?」

 「え? 何が?」


 彼女に言われたことに対して、質問の意図がわからなかった僕がそう返すと、マリさんは自身の顎をくいっと死体の方へ向けた。


 「簡単に自害を命令したマリのこと」


 ああ、一人目の男の自害の話か。


 まぁ、アレだけ躊躇無かったらビビるよね。


 でも、


 「別に」

 「べ、別にって......」


 いやだって、結局は誰かが口封じで、この男の人を殺さないといけない訳だし、それが他者か自分かの違いでしょ。


 「マリの【固有錬成】で操った人はああやって自分の死すら躊躇わない。昔はよく気味が悪いって言われてたっけ」

 「さいですか」

 「......それなのに、よくこうしてマリに触れられる距離で立っていられるわね」


 彼女にそう言われて気づいた。たしかにマリさんが手を伸ばせば、僕は触れられる位置に居る。


 先の一件も手伝ってか、距離感がブレない僕を不思議に思ったらしい。


 「マリに操られて殺されるとは思わないの?」

 「全く」


 「なんで?」

 「め、メリットが無いから」


 僕は若干言葉を詰まらせてしまったが、即答と言えるくらいの返答はした。


 僕を今ここで殺すメリットが無いのは事実だ。


 まだ作戦は始まったばかり。彼女だけがメイン組に合流するにしても、彼らから離れすぎた。道中で敵と戦闘になったら、苦戦を強いられるのはマリさんである。


 実際、彼女の【固有錬成】だけ目にしたので、実力はどれほどか知らないけど、少なくともメイン組よりは戦闘力が低いはずだ。


 僕の言いたいことを察したのか、マリさんはそっぽを向いて歩き出した。


 その際、陽気な掛け声を出して。


 「さて、この調子でどんどん行くよー」

 「あ、はい」

 『キャラがコロコロと変わるな』

 『ぶりっ子なんてそんなもんです』


 魔族姉妹の言葉に僕は苦笑しながら、マリさんの後へ続いていった。

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