第192話 誰だって苦労の一つや二つしてる
「では本作戦の最終確認を簡潔に行う」
ミルさんを先頭に、僕、<
僕らは帝国城の地下室から闇組織――<
潜入した先は壁、床ともに石造りの廊下である。廊下の壁に掛けられている灯りは、かなり短い間隔で設置されているので、照らされている所がないくらいである。視界良好で助かるよ。その分見つかりやすくもあるけど。
どういう仕組かわからないが、マリさんに操られていた男の持つ【合鍵】はここに繋がっていたみたいだ。
で、その男は今、マリさんが【睡眠魔法】を行使したことにより、あっさりと眠ってしまった。
【睡眠魔法】といった“状態”を付与する魔法は、当然だが、対象の“今の状態”が深く関係している。魔法のかかりやすさと消費魔力に影響するみたいだ。
例えば元気な奴に【睡眠魔法】を使おうとすると失敗するかもしれないし、魔力もめちゃ使う。が、反対に精神的に弱っている奴に使えば、容易く魔法をかけられるのだとか。
だから、こうもあっさりと男が眠ったのは、あの帝国の地下室で監禁して、ストレスを与え続けていたからだろう。
で、一応はこの男を帰りの手段としているので、生かしたままにする。その辺の物陰に寝かせておけばいいだろうという方針になった。
「作戦通り、まずは二手に分かれる」
ミルさんが辺りを警戒しながら突き進み、その道中で指を二本立てた。
「ここに保管されている奴隷どもを手に入れるため、奴隷たちとの戦闘が必須のメイン組が私とシバの二名。そしてその邪魔をしてくるであろう<4th>の足止め、及び情報収集を行うサブ組がマリとナエドコの二名だ」
今回の作戦の成功かどうかは、ここに居る奴隷をどれだけ捕獲できるかだ。
無論、メイン組のシバさんたちは全員捕獲予定である。
またマリさん自体はそこまで戦闘に長けていないので、僕と一緒に組織の主要人物を探して、彼女の【固有錬成】で操り、効率よく情報を収集する。
この作戦は組織の半壊、あわよくば壊滅も目的としている。
そのためには情報を集め、有効活用して行動する必要があるのだ。戦闘はなるべく避ける。もちろん、<4th>を見つけたら戦闘は必須だ。足止めしないといけない。
「現在、我々が居る地点は地下だ。ここより上の階層が地上一階。情報によれば、そこに親玉が居る。マリたちはそこに向かい、奴隷契約者を見つけ出し、その権限を剥奪しろ。ナエドコは<4th>と遭遇するまでマリの援護を頼む」
僕らの役目は、メイン組の戦闘の裏で奴隷契約者たちを見つけ出し、マリさんのあの魅了の【固有錬成】で奴隷の所有者権限を彼女に移すことだ。それが本作戦の要とも言える。
メイン組は戦闘時、おそらく大半の相手は奴隷契約者で、契約している奴隷たちを使って対抗してくるだろう。
シバさんたちはそこで契約者たちを無力化して捕らえるとのこと。後ほどマリさんと合流して、強制的に所有者権限を奪うみたい。
で、僕はマリさんの護衛である。
しばらく四人で行動し、とある分かれ道に辿り着いた地点でミルさんが足を止めた。
ここまでの道中、誰かと遭遇しなかったのは、地下のほとんどの空間は奴隷たちが収容されているからだろう。
見張りの人くらいも居るかと思ったが、奴隷たちは監禁されているのではない。契約によって大人しくしているんだ。
「よし、ここで分かれるぞ。シバ」
「ん。じゃあナエドコ、気をつけてね」
「あ、はい。シバさんもお気をつけて」
「マリは?!」
などと、軽く言葉を交わしたところで、僕らは二手に分かれた。
*****
「ったく。なんであそこまでシバは湧いて出てきた男を気にかけるのかな。マリの方が付き合い長いのに」
「......。」
僕らは階段を上り、しばらく道なりに沿って歩いていた。
僕は半歩前を歩くマリさんの後ろに付いていたのだが、彼女はシバさんたちと分かれてからこのように不機嫌である。
なんか僕のことが気に入らないらしい。
でも僕はそんなこと気にしない。
どっちかっていうと、彼女の後ろを歩く僕は、彼女の甘ったるい香水が気になってしまう。嫌いな臭いじゃないけど、気が散って仕方ない。
とりあえず、なんか話してみるか。
「シバさんっていつもあんな感じなんです?」
「作戦に関係ない話ぃ?」
「あ、じゃあいいです」
「その返しもなんかウザいですね〜」
理不尽な。
ってかこの香水桃色髪女騎士、なんかぶりっ子っぽいな。皇女さんもそんなこと言ってたっけ。
ぶりっ子騎士。うん、作戦に集中しよ。
「......シバは普段無口で、誰に対しても興味ないって感じの子なの」
するとぶりっ子騎士がそんなことを語り出した。
結局話してくれるのね。
「珍しいことがあったもんね。あんなに上機嫌に誰かのことを褒めるなんて、想像つかないわ」
「へぇー」
「へーって......。まぁ、普段のシバを知らないナエドコさんに言ってもわからないでしょうけど」
『あのシバって野郎が女じゃなくて助かったぜ』
『ですね。ナエドコさんが男の娘に興味がなければの話ですが』
興味無いよ。あと彼の尊厳的にそういうこと言うのやめようか。
「止まって」
と、マリさんが突き当りまで進んだところで、片手で進行を制した。
そしてあまり間を置かずに、誰かの声が聞こえてくる。
「しっかし本当に大丈夫かよ」
「あ? 何がだ?」
「戦争が始まったら帝国城に乗り込むって話」
「あー。な? たしかにヤベぇよな」
どうやらこの地上一階には見張り役が居るらしい。男二人の話し声が聞こえてきた。
マリさんが物陰からそんな男二人を覗き込んでいる。
「二人とも奴隷所有権の所持者」
短くそう僕に伝えた彼女は、片手を開いたり閉じたりしていた。
おそらくマリさんの【固有錬成】の発動条件として、対象に触れないといけないから、ストレッチ的なことでもしているのだろう。
僕はマリさんに問う。
「どうやって所持者ってわかったんです?」
「え? ああ、それは奴らの手の甲には所持者にしかない紋様があるから」
へぇー。それで判断したのか。どんな紋様なのか見てみたいけど、僕まで顔を出して覗き込むわけにはいかないので我慢だ。
いい加減、彼女の香水を嗅ぎ慣れてたと思ったけど、それでもふとした瞬間に意識を向けてしまうので気が散る。
でも我慢だ。
「じゃあ、さっそく捕まえてマリさんの【固有錬成】で......」
そう言って、僕が臨戦態勢に入ろうとすると、彼女から待ったが入った。
「言い忘れてたけど、マリのスキルは対象が一人だけ。マリが一人魅了している間に、ナエドコさんはもう一人を無力化してちょうだい。後で対象を切り替えるから」
『え、一人だけなんですか』
『めっちゃ重要な情報じゃん。はよ言えや』
魔族姉妹に禿同。
とりま、こちらに近づいてくる男たちを待ち伏せして襲うしかないな。
やがて曲がり角まで来た男たちに向けて、僕らは動き出した。
「なッ?!」
「なんだお前ら――」
前者の男を僕が、後者の男をマリさんが襲う。
僕は驚愕に顔色を染める男に接近し、野郎の口を片手で抑えて発動した。
「【固有錬成:泥毒】――発動」
「っ?!」
予め手のひらに傷を付けておき、その傷口を奴の口に密着させて、猛毒のガスを噴射。
発動した後すぐに解除し、周辺被害を最小限に抑える。
僕の猛毒ガスを強制的に接種させられた野郎は、顔色を真っ青にしてガクガクと震えだし、倒れ伏した。
『お、加減できんのか、その猛毒ガス』
『ええ、そのようですね。尤も、ガスの質というより量を調整して、即死を抑えたようですが』
正解。そう、ガスを出せる量は調整できるのだ。その仕組は至ってシンプルで、傷口の大きさで調整した。
たくさん吸わせれば即死するけど、それじゃあ意味がない。
こいつが死ぬ前に、マリさんに仕事してもらわねば。
僕はそう思ってマリさんを見ると、彼女も僕と同じく口を塞いでいた。
――ただ彼女は手ではなくて、何か布のようなものを詰め込んでいる。
僕はなぜ彼女がそこまで入念に、男を騒がせないようにしているのか疑問に思った。だってすぐに魅了しちゃえば大人しくなるわけだし。
押さえつける意味がわからな――
「ふが!」
「こ、固有、錬せ......【犠牲愛】!!」
彼女がスキルを発動すると、男は一際ビクンと身体を跳ね上がらせた後、叫んだ。
「ふぁひふぁふぁぁぁあぁあ(マリ様ぁぁぁあぁあ)!!」
「黙って!」
「『『......。』』」
ああ、【固有錬成】を使うと、その叫びがデフォなのね......。
そりゃあ叫ばれたら困るわ。うん。僕らの作戦、なんか難易度跳ね上がった気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます