閑話 [ルホス] こいばな?

 「ルホスちゃんも一緒にお泊りしようよ!」

 「......。」


 笑顔でそんなことを言い、私を誘ってきたのはレニアだ。


 見ればレニアの後ろにも数人の子供たちが居て、彼女の後ろから目をきらきらさせて私を見てきた。


 少し前まで教会で晩御飯を食べていた私は、自宅に帰ろうと教会の裏口から出ようとした際に、そこで待ち伏せしていた女子供に囲まれてしまった。


 「帰る」

 「ええー!! なんでー!」

 「「「なんでー?」」」


 やかましいな、こいつら。


 私はレニアたちを無視して、足早に帰ろうとしたが、抱き着かれてそれを阻まれた。


 すると他の子供たちも、レニアと同じように私を囲んで抱き着いてくる。


 まるで身体中に纏わりつく錘のようである。


 「いいじゃん! 帰ってもすることないでしょ! もっとルホスちゃんとお話したいー!」

 「......。」


 私は額から角を生やして、鬼牙種特有の身体能力を引き出し、無理矢理歩き始めた。


 そしたら私にしがみ付いてきた子供たちが、全く止まる気配のない私に驚いた様子を見せる。


 「ち、力つよッ! え、なに?!」

 「なにこれー!」

 「止まらないー!」


 よし、このまま家に帰れそうだから帰ろう。


 そう私が決意したときのことだった。


 「ちょ、ちょと。あななたち何しているの?!」


 騒がしいクソガキ共のせいで、シスターが今しがた私が出た扉からやってきた。


 レニアたちはシスターの姿を見て、顔色を明るくした。


 「あ、シスター!」

 「ど、どうしたの、皆して......って、ルホスちゃん、角出ちゃってるじゃない」


 出ちゃってるんじゃなくて、出してるの。早く帰りたいから。


 するとレニアたちは、シスターも味方にして私を説得したかったのか、事情を話し始めた。


 それを聞いたシスターが、苦笑しながら、私にしがみつく子供たちを引きはがしていった。


 「あなたたち、気持ちはわかるけど、ルホスちゃんを困らせたら駄目でしょ」

 「ええー!」

 「ルホスちゃんと一緒にお泊り会したいー!」


 シスターの言うことを聞かずに、子供たちは我儘を言い続ける。


 が、シスターは何を思ったのか、そんな子供たちの我儘ではなく、お願いというかたちで私に聞いてきた。


 「気持ちはわかるけど......ルホスちゃん、せっかくだから泊ってかない?」

 「嫌」

 「そ、即答......」


 嫌だから、こうして角生やしてまで帰ろうとしてるんじゃん。


 シスターのお願いでも駄目だと悟ったからか、子供たちが更に駄々をこね出した。


 「ルホスちゃんと一緒に女子会したいー!」

 「こいばなー!」

 「最近、リベットとレニアが良い感じなのー!」

 「ちょ!!」


 うち一人が口にした内容に、レニアが慌てた様子で止めに入った。


 私は特に興味が無かったけど、なんとなく聞いてしまった。


 「レニア、あんな弱い奴が好きなの?」

 「うっ」


 私がそう聞くと、レニアはばつの悪い顔をして、唇を尖らせて呟いた。


 「べ、別に私はリベットとそういう関係じゃ......」

 「じゃあ、どこを好きになったの?」


 「どこって言われても......危ない目にあったら、守ってくれるところとか、かな」

 「弱いのに?」

 「よ、弱い強い関係なくてね......あとルホスちゃん基準だと大体の人弱いから......」


 ほほう......。


 正直、あんなくそ弱男の何がいいのかわからないけど、他人のこういう話ってなんか面白い。


 まぁ、私もスズキが弱いとは思わないけど、特別強いとも思っていない。


 でも嫌いじゃないから、他人であるレニアの気持ちもわからないでもない。


 「リベットもレニアのこと好きなの?」

 「そ、それは......わからない」

 「わからない?」


 私がそう聞き返すと、シスターがパンパンと手を叩いて、割って入ってきた。


 「はいはい。もう遅いから、続きは家の中でね」

 「「「はーい」」」


 シスターの呼びかけに、子供たちはさっきまでの燥ぎ様が嘘のように大人しく従った。


 教会へ戻ろうとする際、何人かが私の手を引っ張っていたが、私はそれに逆らうことができなかった。


 たぶん、レニアの恋愛事情が気になったからだ。


 興味無かったはずだけど、よくよく考えたら、レニアはリベットより年下。そして子供たちのうち誰かが言った。


 レニアとリベットは良い感じ、と。


 「......。」


 ちょっとくらい参考にしてもいいかな。うん。参考にならなかったらすぐ帰ればいいし。うん。


 「あれ、ルホスちゃん、帰らなくていいの?」


 するとシスターが、意地の悪い笑みを浮かべて私にそう聞いてきた。


 「......少しだけ付き合ってやる」

 「素直じゃないなぁ。女子会、恐るべし」


 などと、シスターは呆れ顔を浮かべながら言った。



*****



 「それでそれでー」

 「り、リベットが私の頬にキスしてきた......」

 「「「きゃー」」」


 女子会すごい。めっちゃ盛り上がっている。


 私は教会に併設されている孤児院のとある部屋に居た。


 部屋はかなり広かったが、この部屋の利用者である女子たちがベッドを中央に寄せ集めたことで、少し窮屈である。


 暗がりの中、数本の蝋燭に灯った火だけがこの部屋を部分的に照らしていた。


 そんな中、今話題のレニアとリベットの恋仲の話に、この場に居る女子たちは夢中になっていた。


 レニアは顔を赤くして、普段のやかましさが嘘のようにしおらしくなっている。


 「ちょっとあなたたち、少しは静かにしなさい。寝ている子もいるのよ。それでレニア、キスより先はシたの?」


 とまぁ、この場を諫めるべきはずのシスターも、二言目にはレニアの話の続きを催促してしまっている始末だ。


 「キスより先って?」


 が、レニアにはその質問の意味がわかっていなかったらしく、シスターはしまったと言わんばかりの顔つきになった。


 「ねぇー、シスター、キスより先ってなぁにぃ~」

 「なーにー」


 すると他の女子どもも、シスターを言及し始めた。


 シスターは質問の内容を具体的に言ってもいいのか迷っている様子だ。


 この場に居るのは、まだ年端もいかない子たちばかりである。男女の色恋沙汰をどこまで教えるべきか悩んでいるのだろう。


 なので私から言うことにした。


 「キスの次と言ったらエッチでしょ」

 「え゛」


 シスターから間の抜けた声が漏れる。


 シスター、私はレニアとリベットを参考にしたいんだ。


 現状、二人の関係がキスで止まってるなら、それより先のエッチとかしてもらって体験談を聞きたい。


 だからシスターが抱く遠慮とか要らない。


 「“えっち”ってなーにー」

 「教えてー」

 「エッチというのは―――」

 「ちょ、ちょ、ちょ!! ルホスちゃん!」


 私がエッチに関して説明に入ろうとすると、シスターが私の言葉を遮るようにして襲ってきた。


 力づくで私の口を塞ごうとしたみたいだが......残念、私は魔族だ。


 私は額から黒光りの角を生やし、組み付いてきたシスターをベッドの上で組み伏せて返り討ちにしてやった。


 「いだだだだ! ルホスちゃん!」

 「うるさい」

 「ふがッ?!」


 ついでにシスターの口もハンカチで塞いだ。


 「し、シスター、大丈夫?」


 うち、一人が今の私たちの光景を目にして、シスターを心配してきたが、私はかまわず続けた。


 「いいか、エッチというのは、とっても気持ち良い行為なんだ」


 正確には、とっても気持ち良い行為である。


 私、体験したことないし。


 全部、この国の騎士団総隊長から聞いた話だし。


 私の言葉に、女子どもは首を傾げていた。


 ふむ、どう説明したらいいのか......。タフティスの奴、どんな説明してたっけ。まぁ、全部言えばいっか。


 「んー! んー!!」


 口の中にハンカチを詰め込まれたシスターも、もっと詳しくって言っているみたいだし。


 「いいか、まずはバナーナを男の股にぶら下がっているアレに見立ててだな―――」


 などと、懇切丁寧に説明して、今後のレニアとリベットの関係に期待する私であった。

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