第190話 襲撃作戦開始まで

 「ふぅ」


 帝国城内、とある執務室前にて、皇女さんはまだ開かれていない扉の前で深呼吸をしていた。


 現在、僕は闇組織襲撃作戦について、改めて参加することを皇帝さんに示そうと、執務室の前へとやってきていた。


 この部屋の入り口付近に見張り役は居ない。おそらく<四法騎士フォーナイツ>のうち誰かが、皇帝さんの傍に控えているから必要ないのだろう。


 そんな執務室の前にて、緊張した面持ちの彼女の後ろに居るのは僕だけではなく、この場にはアーレスさんの姿もある。


 彼女はこれから会う人が、王国に戦争を仕掛けようとする敵国の王だというのに、酷く落ち着いた様子だ。


 一方の相手はアーレスさんが王国の人間とは知らない。


 まさか自分の娘が連れてきた者を王国の者と思うはずもない。いや、疑いはするか。でもきっとバレないはず。......たぶん。


 「行くわよ」

 「え、あ、はい」

 「......。」


 なにやら覚悟が決まった様子で、皇女さんは僕らにそう宣言する。


 僕はそんな彼女に対して、思わず間の抜けた声で返事をしてしまった。


 そして僕が扉を開き、一行が中へ入る。


 「! 話があるわ!」


 お、皇女さんが父親を“陛下”呼びした。珍しい。


 部屋の中には皇帝さんと、案の定<四法騎士フォーナイツ>の面々が居た。


 中年騎士ミルと、軽装に身を包んだマリという少女、そして見知った顔のシバさんに――リーダー格のムムンというイケメンロン毛男の四名だ。


 皇帝さんはやってきた娘の姿を見て、一瞬顔色を明るくしたが、それも束の間で、すぐさま真剣な面持ちになった。


 おそらく皇女さんの顔つきが、以前ここに来たときのものと違ったからだろう。


 「何用だ」


 皇帝さんが短くそう聞いてくると、皇女さんは僕を指差して言った。


 「マイケルを貸してあげる!」


 皇女さんも短くそう返答するが、その、僕を物みたいに扱わないでほしい。


 無論、僕を貸すというのは、今回の襲撃作戦においての貸出である。皇帝さんにはちゃんと伝わっているらしく、彼は溜息を吐きながら言った。


 「元よりそのつもりだ。利用できるものは、なんだって利用する」

 「あっそ。なら、ついでに言うわ」


 そう言って、今度は皇女さんはアーレスさんを指差した。


 皇帝さんは、この部屋に連れてきたアーレスさんを目の当たりにして、特に驚いた様子はなかった。おそらく、入城の時点で使用人か誰かから話が入っているのだろう。


 「マイケルが居ない間、彼の代わりの護衛役はに任せるわね!」


 場が静まり返る。


 皇女さん、その偽名、まだ有効だったんですか。



*****



 『ぶッ!!』


 静まり返ったこの空間で、笑いを堪え切れず、溜まった息を吐き出した者が居た。


 妹者さんだ。


 お願いだから、<四法騎士フォーナイツ>にバレるかもしれないので黙っていてほしい。


 「なんだその珍妙な名は」


 皇帝さんは目を細めながら、アレレレスさんもといアーレスさんを一瞥する。


 皇帝さんだけじゃない。<四法騎士フォーナイツ>の面々も、アーレスさんに向ける怪しげな視線を警戒するものへと変えていった。


 できれば、こういった展開くらい事前に知らせてほしいものである。


 で、当の本人であるアーレスさんはというと、


 「ア、レレレス......だ、です」


 すごく頑張ってくれていた。


 きっとここへ来る前から、言葉遣いくらいはちゃんとしようと決めていたに違いない。


 が、一時的な護衛対象やといぬしからの不意打ちに、彼女は少なからず動揺していた。


 それでも立て直そうと、偽名を口にし、なし崩しの敬語で乗り切った。


 今回ばかしはアーレスさんが不憫で仕方がないと思ってしまう僕である。


 すると、皇帝さんが呆れた様子で溜息を吐きながら、自身の娘へと鋭い眼光を向けた。


 「はぁ......まぁよい。いや、よくはないが。......ロトル、余は護衛にムムンをつけると言った。なぜそこまで騎士を拒み、我儘を申す」

 「我儘じゃないわ。こだわりよ」


 「そのような屁理屈が通ると思っているのか」

 「どうかしら? でもムムンが私を護ることは許可するわ。その上で予備選力として、アレレレスを雇ったの。元々、マイケルが私の傍に居ることが前提だった話よ。だからこれは、あくまで“マイケル枠”ってこと」


 皇女さんの畳みかけに、皇帝さんは上手い返事が浮かばないといった様子。


 彼女が部外者を連れてきたことには変わりないが、それでも僕が居ない間の護衛役というのであれば、話は一応筋が通っている。


 だからアーレスさん、“マイケル枠”とか言われたの気にしないでください。


 額に青筋を浮かべないでください。バレます。


 皇帝さんは観念したのか、それとも時間が惜しいのか、一際長い溜息を吐き捨てた後に片手を振った。


 「もうよい。下がれ」

 「そう? じゃあ私は戻るわね。行くわよ、アレレレス」


 そう言って、金髪の美少女と赤髪の美女はこの場を後にした。


 僕はというと、この場に残って、五人と闇組織の拠点を襲撃する作戦会議に参加である。


 皇女さんたちが出て行った後、部屋の扉が閉まる様子を尻目に、僕は口を開いた。


 「とりあえず、よろしくお願い致します」

 「「「「......。」」」」

 「肝が据わってるね、ナエドコ」


 シバさんだけがそう返事するが、あなたにだけは言われたくないと思ってしまう僕である。

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