第189話 口下手な女騎士とエルフっ子
「ただいま戻りましたー」
アーレスさんを連れてお城へ戻ってきた僕は、そのまま身体検査など面倒な入城手続きを経て、その足で皇女さんの部屋まで直行した。
アーレスさんは他国の城に入ったというのに、その表情は普段通りで落ち着いている。
相変わらず肝が座っている人だなぁ。
そんなことを思いながら、僕は部屋の扉をノックする。
すると、
「!! マイケル、おかえり!」
バタンと扉が勢いよく開けられ、中から皇女さんがパッと明るい表情を見せてきた。
なんだろう。彼女のこんな喜ぶ様子を目にしたら、ついこちらまで嬉しくなってしまう。
はッ! これが恋か?!
「あ」
僕がそんなことを考えていると、皇女さんが僕の後ろに居る赤髪の女性を目にして、間の抜けた声を漏らした。
「本当に連れてきたのね......」
そして彼女はアーレスさんを前に、少し残念そうな顔つきでそう呟いた。
あの、乗り気じゃないのはわかりますけど、我慢してくださいよ......。
「なんだ? 嫌なら私は別にかまわないぞ。ザコ少年君を連れて帰るだけだ」
すると今度はアーレスさんが、皇女さんのあんまりな発言に対して、慇懃さを捨て去った口調でそう言い返した。
それを受けて、皇女さんはルビー色の双眼を細めつつ、アーレスさんを見据える。
「ちょっと。私、皇女なんだけど。不敬は控えてくれないかしら? あと帰りたいなら一人で帰ってちょうだい。マイケルを連れてかないでほしいわ」
どうやら皇女さんにも物腰低めという概念は無いらしい。
元々、皇女さんの護衛役を担ってくれるアーレスさんに対して、「マジで来ちゃったよ......」的な失礼極まりないことを言ったのが原因だが、一応、我儘お姫さんはそれが基本スタイルである。
一方のアーレスさんも、相手が一国の姫だろうと姿勢は崩さないスタイルだ。
おそらく、皇女さんが開口一番で何を言っても、彼女は敬語の“け”の字すら感じさせない口調で話したに違いない。
「ザコ少年君はわ・た・し・が、調査目的として帝国に連れてきたんだ。彼をどうしようが私の勝手だろう。そちらの都合で振り回されるのは勘弁願いたいものだな」
「は? マイケルからは無理矢理連れてこさせられたって聞いたわよ」
「それがどうした。そもそも貴様も同じことを、ザコ少年君に押し付けているではないか。現に我が身可愛さに彼を束縛している」
「そく?! そんなことしてないわよ!! ね?! マイケル!!」
うわ。こっちに振られた。
僕は苦笑しながら口を開いた。
「ま、まずはこんな所で立ち話してないで、部屋に入りましょ。アーレスさん、ここに来る前に殿下に協力するって話だったじゃないですか。ちょっと大人気ないですよ」
「......。」
「ほら見なさい。マイケルがこう言ってるじゃない――」
「殿下も。現状、アーレスさん以外に頼りになる人は居ないんですから、少しは護ってもらうことに感謝しましょうよ」
「うっ」
僕が二人にそう言うと、彼女たちはばつの悪い顔つきになって、部屋の中へ入っていった。
皇女さんの部屋の中にはエルフっ子が居た。
エルフっ子と目が合うと、彼女はぱぁーと明るい笑顔になって僕を見つめてくるが、それも束の間のこと。
彼女は僕の後ろに居る赤髪の女性を見て、目を見開いた。
「っ?! な、なんで......」
「?」
顔を真っ青にして、ガクブルと身を震わせる彼女は今にも失禁しそうな様子である。
本日二度目の失禁は勘弁してほしい。僕は少女が漏らす尿を聖水と崇め奉るほど性癖が曲がってないんだ。
エルフっ子はそそくさと部屋の隅へ後退っていった。
そんな彼女の様子を見て、魔族姉妹が口を開く。
『この子、やっぱりあの時のことを覚えているのでしょうか。私たちが拠点を襲撃したときに、あの女騎士のパンチを弾き返したアレを』
「みたいだね」
『【固有錬成】とは言え、あの女の腕をぐちゃぐちゃにしたとか、普通に考えてやべぇーよな』
彼女が有する【固有錬成】のうち【星天亀鏡】というスキルがある。そのスキルは物理・魔法・スキル問わずに跳ね返すらしい。
それだけ聞くとかなりヤバいスキルなんだけど、再使用まで一定時間必要だったりと他にも色々と面倒な制限があるそうなので、気軽に使えるようなスキルではないのだ。
きっとエルフっ子は、アーレスさんの腕をあらぬ方向に曲げてしまったことを思い出し、後ろめたさを感じたから震えているに違いない。
ちなみにアーレスさんにはエルフっ子が、以前、彼女の腕をぶっ壊した張本人であることを伝えている。
そのうちバレそうだし、バレたときに気まずい雰囲気になったら、今後の活動に支障を来すかもしれないと思ったからだ。
「......。」
「ひッ?!」
エルフっ子は小さく悲鳴を漏らした。
アーレスさん、怖がっている少女に無言で見つめるのは良くないですよ。
あの時、エルフっ子がアーレスさんの腕をふっ飛ばさなかったら、死んでたのは確実にこの子なんだし。
すると、アーレスさんがエルフっ子を見据えたまま語りかけた。
「......当時、君は奴隷で、命令に従うしかできなかったことは理解しているつもりだ」
「ふぇ?」
お? 意外だ。アーレスさんが気を使ってそんなこと言うなんて。
『明日は雹が降ってくるな』
『いえ、槍でしょう』
「少し黙ろうか」
僕は失礼なことを口走る魔族姉妹を黙らせた。
「が、次は無い」
「っ?!」
「「『『......。』』」」
なぜ怖がらせることを言うのだろうか。
腕治ったんだし、別に気にすることでもないだろうに。
そう思ってしまうのは、いつも僕が怪我をしてもすぐに全回復しちゃう故の価値観だからだろうか。
アーレスさんはそう言い残し、部屋の中央付近にあるソファーの下へ向かった。
僕も彼女に続いてそちらに向かうと、魔族姉妹がアーレスさんに話しかけた。
ちなみにこの場には魔族姉妹の声が聞こえないのは皇女さんだけである。
『おいおい。あんなガキンチョを怖がらせてどぉーすんだよ』
『ほんっと大人気無いですね』
「そうか? 私は『次は負けない』と宣言しただけだが」
うっわ。そっちの意味だったの。エルフっ子、完全に自身の命が危うい状況に陥るって捉えてるよ。
いや、どっちにしろアーレスさんが負けなかったら、死んじゃうのはエルフっ子だけどさ。
そんなことを僕が考えていると、皇女さんが咳払いして、さっそく本題に入ろうとした。
「じゃあ、さっそくで悪いけど、今後の方針について話し合うわよ」
「茶くらい出ないのか。帝国の皇族とは思ったよりもケチなんだな」
「......。」
皇女さん、我慢です。我慢。
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