閑話 [ルホス] うげぇ

 「これがカラ草。赤くて葉の先がギザギザしているのが特徴だ。辛味を出したいときに使うやつ」

 「ほうほう」


 「こっちはクエン草。見た目は普通に緑色の草だけど、嗅いでみるとツンとくるような刺激臭が少しする。少量で酸味が出るやつ」

 「なるほど」


 翌日、私は孤児のリベットとレニアと一緒に、王都の外、西方にあるムワット森林地帯にやってきていた。


 目的は薬草採取。より詳しく言えば、料理の香辛料となる薬草を中心に採取しに来ていた。


 今はリベットがお手本として採取した薬草の説明をしてくれている。


 ちなみになぜ香辛料が薬草なのかというと、その香辛料にもそれぞれ効能がしっかりとあるかららしい。


 例えば、カラ草だと辛味を出すとともに、身体を内側から温めてくれる作用や、クエン草だと胃の調子を改善して消化促進になるとかなんとか。


 「ルホスちゃん! これ! この木の実も料理に使えるんだよ!」


 そう言って、手にしていた手のひらサイズで、楕円形の青白い実を見せてきたのは、リベットと同じくここへ連れてきた孤児のレニアだ。


 レニアは私より少し年上って聞いたけど、全然落ち着きがない。青い髪を三編みにして纏め、そばかすが特徴的な女の子だ。


 シスターはこの子が教会の中で一番元気のある子とか言ってた。私からしたらただただ煩わしい相手である。


 「シオの実か。このままだとあんまり日持ちはしないんだけど、乾燥させると塩味が強くなって、食材にまぶしておくとその食材が日持ちするんだ」

 「へー。なら、それも一応持ち帰るか」

 「うん! シスターが最近食材の消費が間に合わなくて困ってるって言ってた!」


 それは初耳。私が毎日大量に狩ったモンスターのお肉を消費しきれていなかったんだ。


 これからは狩りの頻度を減らそ。


 「とまぁ、この辺で取れる薬草は大体説明したかな?」

 「ふむ。じゃあ、さっそく散らばって採取するか」

 「はーい」


 こうして一通り薬草について学んだ私は、三人と一緒に森の中で薬草の採取を始めるのであった。



*****



 「誰か!! 誰か助けてッ!! リベット!」


 っ?!


 しばらく薬草を採取していると、どこからか女の子の悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。


 不意に声のする方へ振り向くと、そのずっと先でレニアが複数人の大人の男に囲まれている様子が見えた。


 周囲の警戒はモンスターだけに意識していたから、もし近くに居たのならすぐに気付けたけど、まさかあんな連中が森に居たとは。


 私はレニアの下へと向かうことにした。


 「うるせぇな。嬢ちゃんが取った薬草を貰うだけだぞ」

 「怪我したくなかったら大人しく渡せ」


 数は三人。モンスターでも狩ってたのか、悪漢のうち二人は角の生えたウサギのような死体を紐で吊るして、それを肩に担いでいた。


 おそらく狩りの帰りで、薬草を採取していたレニアを見つけて、レニアが一人だけだったから奪おうとしているんだろう。


 ちょっとした小遣い稼ぎにするためか、女の子を複数人の大人が囲むとか本当に死ねば良いと思う。


 「おい! てめぇら何してやがるッ!」

 「お?」

 「んだぁ?」


 すると私より先に、リベットがレニアの下へ駆けつけていた。


 「お、このガキも籠いっぱいに薬草持ってんじゃねぇか」

 「ラッキー(笑)」

 「っ?! 薬草が欲しかったら自分たちで採ればいいだろッ!」


 そう言ってリベットが大声を出して反抗しても、男たちはニタニタと笑いながら、うち一人が腰に携えていた剣を引き抜いて、リベットに向けて突きつけた。


 「っ?!」

 「んな面倒なことするより、お前らから奪った方が楽だろ?」

 「ほら、怪我したくなかったら、取ったもん全部置いてけって」


 どうやらリベットがその場に加わっても状況は変わらないらしい。


 「つうかお前ら、教会で世話になってるガキ共だろ」

 「そ、それがなんだよッ!」


 「んな薬草採ってどうすんだよ。質素な食事してんだろ? 贅沢するなって。それにお前らが質素な食事をできんのも、俺らが税金を納めてるからだぜ?」

 「ぎゃははは! ちげぇーねぇ!!」

 「う、うるせぇ!!」


 リベットは意を決したのか、武器を持った大人相手に素手で挑んだ。


 が、すぐ傍らに居た男が蹴りを入れたことで、子供のリベットは弾むようにして吹っ飛んだ。


 「ぐッ」

 「リベット!!」

 「おいおい。子供相手に乱暴はやめろよ(笑)」

 「剣を抜いた奴に言われたかねぇーって」

 「ぎゃはははは!」


 はぁ......。


 私は溜息を吐いてから、悪漢たちの背後に辿り着いた。


 馬鹿笑いしている三人は私に気づいた様子はない。


 「おい」


 私が低く、そう声をかけると、三人の大人はビクッと驚いた様子で振り返った。


 「な、なんだこいつ、いつの間に――」

 「邪魔をするな。【束縛魔法:羈束影きそくかげ】」


 私や悪漢たちの影から、光沢の無い黒い蔦が男たちを一瞬にして縛り上げた。


 剣を手にしていた男はその際に落とし、全員地面に引っ張られるようにして、影の蔦によって縛られている。


 「ぐお、なんだこれ?!」

 「縛られてんのかッ?! はぁ?!」

 「てめッ! ナメた真似しやがって!」


 私は悪漢たちが持っていた角の生えたウサギを手に取った。


 「おい、大丈夫か?」


 悪漢たちの喧騒を無視して、リベットにそう声をかけると、彼は戸惑いながらもこくりと頷いた。


 「今日はウサギ肉だな」

 「それ持って帰るの?!」

 「当たり前だろ」


 何言ってるんだ、こいつ。


 レニアとリベットは未だに私の後ろで縛られている悪漢たちを見やった。すると奴らが怒鳴り散らした。


 「ふざけんなッ!」

 「俺らの獲物だろうがッ!」

 「殺すぞ!!」


 などと言っているが、私は目を細めてそいつらを見下ろして言った。


 少し前の私なら殺していたが、マーレや騎士のババアたちが安易に人を殺してはいけないと言っていたのを思い出す。


 その“安易に”とやらの基準は、いまいち私にはわからない。


 なのでこのまま縛っておくことにした。


 「そっちが先に襲ってきたんだぞ。我は悪くない。じゃ」

 「あ、こら! おい!」


 そう言って、リベットたちとこの場を離れようとしたが、もう一つ言っておきたい事があったので、再度振り返って言ってやった。


 「知っていると思うが、この辺に強いモンスターはいない。たぶん。でもお前らのそんな状態で大声を出したら......わかるでしょ?」

 「「「っ?!」」」


 私がそう言うと、今までうるさかった悪漢たちは急に黙った。


 「しばらく【羈束影きそくかげ】は解けない。助けを呼ぶか、モンスターを呼ぶかは任せる」

 「「「!!」」」


 そう言い残して、私は二度と振り返ることなく、リベットたちとこの場を立ち去った。

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