第188話 スズキはアーレスを巻き込んだ
「ほう。それはまた面倒なことになったな」
「でしょう? ほんっと勘弁してほしいですよ」
現在、汚部屋と化した一室を一通り掃除した僕は、今度はエプロンを纏って料理をしていた。
大したものは作れないけど、この部屋にあった冷蔵庫の中に材料が揃っていたので、手軽にカルボナーラを作ってみた。
できた料理を片付いた部屋に持っていき、テーブルの上に乗せると、アーレスさんがフォークを手にして食べ始めた。
一口食べた彼女が、うんうん、と頷いている様子を見るに、どうやらお口に合ったらしい。
無意識なのかわからないけど、そういった仕草を目にすると、僕の知る凛々しい彼女の意外な一面を見れたようで微笑んでしまう。
「......なんだ?」
「なんでもありません」
僕はそう返して、数種類の生食できる野菜を刻んだサラダをテーブルの上に乗せた。
ドレッシングは無かったので、なんか有り合わせのもので作ってみたのだが、意外と美味しいものができあがってしまった。
なんかこういうスキルばっか上達してしまう僕である。
『で、あの鞭使いが頼れねぇー以上、てめぇーを頼るしか道は無いわけよ』
「そうか。レベッカが追い込まれるほどの敵が現れたのか」
妹者さんがそう結論付けると、アーレスさんはフォークの先を唇に当てて考える素振りを見せた。
僕らがアーレスさんに話した内容は今までの出来事の触りだけである。
皇女さんが戦争を止めようと活動していたこと。
彼女の【固有錬成】を知った敵が命を狙っていること。
そして今度は<
ちなみに近いうち王国に宣戦布告するという情報を、アーレスさんは既に知っていた。というのも、アーレスさんだってただじっとしていたわけじゃない。僕が居ない間も情報を収集していたらしい。
同時に日銭も稼いでいたみたい。
僕とこの国にやってきたときは所持金が金貨一枚だけだったからね。
『ちなみに日銭を稼いでたって、何をしてたんですか?』
『てめぇーはたしか目立ったことできないから云々言って、冒険者活動はしてないはずだろ』
魔族姉妹も僕と同じことを考えていたらしく、率直にアーレスさんに聞いた。
そう、僕らは<屍龍>戦の後、王国側の人間が目立った功績を上げるのはまずいとのことで、冒険者活動は控える方針になった。
薬草採取とかゴブリン対峙とか地味なクエストを受ければ、そこまで目立つことはないけど、大して稼げもしない上に時間も惜しいから、必然と冒険者活動の選択肢は消える。
はッ!! もしかして!!
僕はここに来て察した。
「も、もしかして、身体を売って――」
グギッ。
僕は一瞬にして視界が百八十度回転したことに気づく。
頬に伝わる鈍い痛みと、口の中に広がる鉄の味。どうやら誰かに殴られた勢いで、首があらぬ方向に回ってしまったらしい。相変わらずの馬鹿力だ。
そしてその“誰か”とは、アーレスさん以外の誰でもない。
妹者さんが即座に【固有錬成】を行使して、僕を全回復させたことで、辛うじて意識を手放さずに済んだ。
「いてて」
「私がそんなことするわけ無いだろう」
『鈴木、ちっとは言葉を選べよ』
『ではどうやって生活できたんです?』
宿主が死んだにも関わらず、まるで何事もなかったかのように、姉者さんがアーレスさんに聞いた。
アーレスさんも僕を殺したというのに平然としてらっしゃる。慣れたもんだなぁ、と思い知らされる僕であった。
「デロロイト領地に赴いて、屋敷から金目の物を奪ってきた」
「『『......。』』」
王国騎士さん、まさかの強奪活動に勤しんでた件。
よく平気な顔して言えたな、この人。
「ちょ、それ大丈夫なんですか?」
「なに、時期に没落する貴族だ。私が行ったときにはほぼ蛻の殻だったぞ」
ああ、そういえば、あそこの領主はブレット男爵って人だっけ。
僕と一緒にあの闇組織の拠点――<
領主が犯罪組織と関わっていたことが露見したんだ。アーレスさんの言う通り、没落するしか道は無い。
屋敷で働いてた人や領民には申し訳ないけど、まぁ、そこら辺は国に任せるとしよう。
あ、闇組織の件で思い出した。
「そうでした。聞いてくださいよ、アーレスさん」
「ん?」
僕はアーレスさんに、つい数日前、またも<
当然、右腕に着いている漆黒のブレスレットに関してもだ。
あの牡牛のデザインの仮面を被った牧師野郎が、僕がどこに居てもこのブレスレットを通して盗聴できるって言ってた件である。
しかしアーレスさんが居るときは盗聴していることがバレるからしないって言ってたが、僕がバラしちゃったので隠している意味が無くなってしまった。
なんでも、盗聴していることがバレると、逆探知されて居場所が特定されてしまう虞があるらしい。
だから僕がアーレスさんの傍に居る限り、一定のプライバシーは確約されるのだ。
「ほう......。拠点がわかれば、すぐに潰しに行けるのだがな。それは残念だ」
「は、はは」
『この女ならあのふざけた格好の牧師野郎に勝てそうだな』
『どうでしょう? 相手の実力は未知数ですから』
などと、魔族姉妹が呑気なことを言っていたところで、僕らがアーレスさんに共有すべき情報は最低限伝えたつもりだ。
あまりゆっくりしていられないので、これ以上の話はまた今度にしたい。
「ということで、アーレスさん、一緒にお城へ――」
「いや、行かない」
行かないの?! この話の流れで?!
『おいおい。話聞いてたか? てめぇーがガキの護衛すれば、鈴木が本拠地を襲撃できて、当初の目的である組織の壊滅に近づくんだぜ?』
「ああ。皇帝が練った作戦ならば、闇組織に多大な損害を与えることができるだろう」
『なら――』
「考えなかったのか? ザコ少年君だけを襲撃部隊に参加させる危険性を」
『あ? どーゆー意味だよ』
アーレスさんの言ったことに、いまいち実感が湧いていない僕らは、彼女が話を続けるのを待つことにした。
「<
アーレスさんは続けた。
「故に今まで皇女の傍で護衛役を担っていたが、襲撃当日に至ってはザコ少年君も殺害対象にできる。死亡理由は作戦遂行中に戦死したと主張すればいい。だからザコ少年君――城へ戻るな」
正直、その線を全く考えなかった僕ではない。
あの皇帝さんならそのことも考慮して、僕を襲撃部隊に入れたのだろう。
なんせ僕という存在は、ただ皇女さんが気に入って連れてきただけの不審者なのだから。
でも、
「それでも僕は......生きて帰ってくるつもりです」
「......。」
僕は力強くアーレスさんを見つめた。
彼女の美しい銀色の瞳が僕を捉える。
僕は闇組織の拠点へ死にに行くわけじゃない。<4th>を倒しに行くんだ。たったそれだけ。
それだけを皇女さんと約束したんだ。
だから僕に、今更逃げるなんて選択肢は毛頭ない。
「それにアーレスさんにとっては願ったり叶ったりじゃないですか。殿下の傍に居れるってことは、皇帝さんとの距離を一気に縮められるということです。もし戦争が始まったら、内部から仕掛けられるでしょう?」
「......そうだな。やりやすくはなるだろう」
本当は戦争なんか始まってほしくないけど、アーレスさんは王国騎士だ。
戦争の黒幕が闇組織でも、帝国が止まらなければ動くしかあるまい。
だからどうにかして戦争が始まらないよう僕は動かないといけない。まずは闇組織を潰す。話はそこからだ。
僕は再びアーレスさんに頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。僕の身を案じて引き止めてくれたんですよね」
「......別にそんなつもりはない」
アーレスさんはパスタをクルクルとフォークに巻き付けながら、そう呟いた。
なんというか、なんだかんだこの人も優しいんだなと思ってしまう。
「お願いします。力を貸してください」
「......。」
だから僕は、再三頭を下げて彼女に頼み込むことにした。
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