第187話 土下座は異世界でも通用する

 「この通りです! お願いします!!」


 現在、僕は帝都のとある安宿の一室の玄関前で、人目を気にせず土下座を炸裂していた。


 安宿の廊下を歩く各部屋の借主たちが、そんな僕の姿を見てぎょっとしている。


 それでも僕は頭を下げ続けた。


 だってそれしかないんだもん。


 


 「!」

 「......。」 


 そう、僕にはこの赤髪の美女を頼るしかなかった。



******



 「<狂乱の騎士>を護衛役にするですって?!」


 時は遡ること約三時間前のこと。


 僕は皇女さんの大声に耳を塞いでいた。


 彼女は少し前まで【固有錬成】で、自身の姿を母親に変えていたが、今はもう元の姿に戻っている。


 そんな彼女は先程まで泣いていたとは思えないくらい、僕の提案に驚いた様子だ。


 ちなみにこの場には、半ば空気のような存在感となっているが、エルフっ子も居る。


 「はい。僕が闇組織の襲撃部隊に加わっている間、殿下をお護りする人がいないので」

 「そうだけど......」


 正確には皇女さんを守る人は居るっちゃ居る。


 <四法騎士フォーナイツ>の一人、ムムンさんだけが唯一、その襲撃部隊に入らず、城に残って皇帝さんや皇女さんを護る役を担った。


 が、敵だって柔ではない。


 強敵が城に現れた場合、ムムンさんだけで皇女さんたちを守り切れるとは限らないんだ。


 そして仮にその時が訪れたとき、ムムンさんは皇女さんじゃなくて皇帝さんを死守するだろう。


 護衛対象を一人に絞れば負担は減るからね。


 だから皇女さんを絶対に守り抜ける実力者が必要だ。


 まぁ、万が一の可能性だから、保険的な意味合いが大きいけど。


 「あ、あんたねぇ。王国の人間......それも<三王核ハーツ>の一人に敵国の皇女の護衛を任ようとするなんておかしいわよ......」


 皇女さんが呆れ顔をしながら、馬鹿げた提案をした僕を見やる。


 「大丈夫ですって。元々、アーレスさんと僕が帝国にやってきた理由は、諸悪の根源たる闇組織を潰すためでしたから」

 「だからって、状況を説明すれば、味方になってくれるとは限らないでしょ」


 そこら辺は大丈夫だと思うなぁ。


 アーレスさん、頑固なところあるけど、目的のためなら協力的なところあるし。


 『あの鞭使いが居りゃあ済めば話なんだけどなぁー』

 『氷の中で眠ってますからね。本当に役立たずです』


 ひ、酷い言われ様。


 現状、鞭使い――レベッカさんやオーディーさんを頼れないなら仕方ないよね。


 皇女さんが別途、レベッカさんの容体を回復させようと、治せる人を探しているが、如何せん彼女の立場から進捗は芳しくない。


 頼れる伝手が非常に少ないのだ。どこに敵が潜んでいるかわからないので、レベッカさんは一向に回復できないままである。


 「それにそのアーレスが私を人質に取ったり、攫ったりしたら危ないじゃない」


 皇女さんは冷や汗を浮かべながらそう呟いた。


 <狂乱の騎士>って呼ばれているもんなぁ、あの人。


 正直、どうしてそこまで<狂乱の騎士>が恐れられているのか知らないけど、戦力としてはこの上ない人なのは間違いない。


 「アーレスさんはそんなことしませんよ」

 「うっ。そんな簡単に信じれるわけ......」


 「なら僕を信じてください」

 「......。」


 僕が真剣な表情でそう言うと、皇女さんはきゅっと唇を結んで、しばしの間黙り込んだ。


 そして再び口を開く。


 「わ、わかったわ」

 「ありがとうございます」


 皇女さんは疲れた様子で、大きなベッドに自身の身を投じた。


 そこで、はぁー、と大きな溜息を吐いたところで、視線だけを僕に向ける。


 「で、そもそもその女騎士様は、私の護衛役を引き受けてくれるの?」


 ふむ。尤もな疑問だ。


 でも大丈夫。僕には考えがある。


 そう思いながら、僕は皇女さんに笑顔で答えた。


 「安心してください。僕が頼めば余裕で引き受けてくれますよ!!」



*****



 「お願いします! どうかお力添えを!」

 「出直してこい」

 「アーレスさん!!」


 あれれ。おかしいぞ。なんで断れてるんだ、僕。


 「急に居なくなったと思えば、ろくに連絡も寄越さず、勝手に帝国皇女の護衛をしていたなど......。随分と偉くなったもんだな? ザコ少年君」 

 「うっ」

 『お前は母ちゃんか』

 『そもそもあなたが協力している私たちを罵ったから出てったんですよ』


 そういえば、そんなことがあったな。


 たしかアーレスさんと僕が三体の人造魔族と戦って勝った後、彼女が倒した人造魔族の核が欲しいって妹者さんが頼んだら断られた。


 その上、僕のことを“得体の知れない者”と言ったっけ。


 言われた僕はあまり気にしてないけど、魔族姉妹は気に障ったらしく、半ば喧嘩別れになってしまった覚えがある。


 「私は別に罵ってなど......」

 『ま、今更、蒸し返すのもアレだからしねぇーけどよ、鈴木に一言謝ったら許してやんよ』

 『この女が素直に謝るとは思えませんけどね』

 「ちょ、二人とも!」

 「......。」


 一応、僕らはアーレスさんに頼みに来たんだけど、なんであの日の話をここでしてるのさ。


 そんな魔族姉妹の物言いに、アーレスさんのことだから冷たくあしらわれるだろうと思いきや、彼女は何か葛藤したような面持ちになった。


 口をきゅっと結んで、喉まで出かかった言葉を口にしようかどうか迷っている感じだ。


 いつもアーレスさんの凛々しい姿しか目にしていないから新鮮である。


 「あの、アーレスさん?」


 僕がなにやら気まずそうにしている彼女を呼びかけると、アーレスさんは「はぁ」と力を抜いた様子で溜息を吐いてから口を開いた。


 「ワルカッタ」

 「『『......。』』」


 片言。


 一瞬、彼女がなんと言ったか聞き取れなかったが、え、えっと、一応謝ってくれたんだよね?


 いや、それにしても謝りたくない気持ちが強く伝わってくる謝罪だったな。


 『もっと気持ちを込めて言えや――ふご?!』

 「あ、あはは。アーレスさん、僕は気にしていないので」

 「......。」


 なんか妹者さんがとんでもない発言をしようとしたので、僕はすかさず右手に生えている口を塞いだ。


 ジト目のアーレスさんを他所に、僕は土下座の状態から立ち上がって、アーレスさんに深々と頭を下げた。


 「勝手に出てってすみません。ご迷惑をおかけしました。それと......ただいま」

 「......。」


 アーレスさんから返事は無い。


 怒っているのだろうか。それとも何か気の利いたことを言おうと、言葉を選んでいるのだろうか。


 もし後者だったら安心してほしい。


 アーレスさんとはそこまで長い付き合いじゃないけど、それでも彼女が口下手だってことくらいはわかっているつもりだ。


 「とりあえず、中に入れ」

 「あ、はい」


 彼女は踵を返して、部屋の中へと戻っていく。


 勝手な行動を取った僕を許してくれたのかな?


 心なしか、彼女が後ろで結っている赤髪のポニーテールが、嬉しげに左右に揺れているように見えた。


 きっと僕の気のせいだろうけど、なんだか気を良くしてくれた感じがするのは否めない。


 そんな彼女につられて、僕も気分を良くして部屋の中に入った。


 そして目の当たりにする。


 「『『っ?!』』」


 バタン。


 ドアを閉めて、部屋の中を見渡すと、ことに気づく。


 少し前まで僕も同居していたとは思えない安宿の一室は、非常に汚されていた。


 「な、なんだここ......」

 『マジかよ......』

 『この女、そういえば家事できない人間でしたね......』


 姉者さんの失礼な発言に、僕は注意することができなかった。


 入ってすぐにキッチンがあるのだが、まず蛇口が見えないほど使用済みの食器で埋まっていた。重ねられた皿と皿の間に隙間があれば、スプーンとかフォークが突き刺さっている感じ。


 一種の美術品のように思える食器の山である。


 またその台所の足元には、割られた数々の食器の破片があった。


 辛うじて、部屋の隅へそれらの破片が寄せられているが、それでもまだ残骸は目に見えるほど残っている。


 そして廊下は足の踏み場が無いほど、物で散らかっていた。


 一度着た服とか放置された食材とかが散乱しまくりだった。


 あ、廊下だけじゃなかった。部屋の中もそんな感じだ。


 幸いにも窓は開けっぱだったので、異臭とかは漂ってこなかった。


 唯一綺麗だったのはベッドの上だけ。


 そこだけ......。


 「アーレスさん」

 「なんだ」

 「空き巣の被害にあいましたか?」


 僕は思わず、そんなことを聞いてしまった。


 するとアーレスさんは、フッと鼻で笑って答えた。


 「空き巣だと? そんなもの、逆に捕らえて返り討ちにしてやる」

 「......。」


 まだ空き巣だったら、この散らかり様に納得できたのになぁ......。


 ......よし。


 「すみません、ちょっとお城に戻ります」


 僕が回れ右をすると、即座に肩を掴まれてしまった。


 無論、肩を掴んできたのはアーレスさん。


 彼女は無言のまま、僕の肩を掴む力を強めてきた。ミシミシと肩から悲鳴が上がる。


 「......まずは掃除しましょうか」

 「それがいい」


 僕は抵抗することをやめたのであった。

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