閑話 [ルホス] 最悪な提案
「嫌なこった」
「なんで?!」
私はこの国の騎士団の屯所にやってきて、そこの一室に居る偉そうな騎士のババアに向かって大声を出した。
やってきた理由は薬草、より詳しく言えば、香辛料になりそうな薬草の特徴を知るために来たんだけど、なぜか目の前のババアは私のお願いを断った。
また近くにはババアと同じく呆れ顔をする男の騎士も居る。二人して相変わらず、書類とにらめっこしているらしい。
「なんでって、そもそも何のためにお前さんを教会に紹介したと思ってるんだい」
「飯のためだろ」
「それだけじゃないさね。人間関係を改善させるためと言ったろう?」
「知らん。食材を分け与えて、見返りとして作ってもらう関係で十分――いたッ?!」
私がそう言うと、額に青筋を浮かべた騎士のババアが、私の頭にチョップを叩き込んだ。
少し痛かったけど、そこまでじゃない痛みだった。
「前にも言ったじゃないか。この先しばらく
「してなんになると言うんだ。我には必要最低限の人間だけ居ればいい」
私のその言葉にババアは、はぁ、と深い溜息を吐いた。
私の言う必要最低限の人間とやらは、目の間の騎士のババアと教会に居るシスターくらい。スズキは半分魔族だから人間じゃないし、マーレは蛮魔だからノーカンだ。
もちろん、あの酒臭いタフティスは論外。人として見てもいない。
「とにかく、教会の連中が香辛料のことを知っているんだったら、まずはそっちを頼りな。いいかい? あんたのためを思って言っているんだよ?」
「いーやーだー!」
「こ、こら、エマさんを困らせるんじゃない」
私がババアの机に両手を着いて、ぴょんぴょんと飛び跳ねて駄々をこねていると、男の騎士が慌てて割って入ってきた。
しばらく駄々をこねてもババアは全く応じてくれないので、私は渋々この場を後にすることにした。
「べッーだ! ババアなんか早くぶっ倒れろ!」
「はぁ......」
「お、おい! なんて口の利き方を――」
私はバンッと扉を力強く閉めて走り出した。
扉を壊さなかっただけでもマシな方と思ってほしいくらいである。
*****
「薬草を採取したいから付き合え?」
「うん」
教会にやってきた私は、中でもよく話すことの多い茶髪のシスターを見つけたので、さっそく薬草の話をした。
シスターは洗濯した衣服を取り込んでいる最中で、作業を続けながら返答する。
「それは別にかまわないけど、今はちょっと忙しいからまた別の日かな」
「んな?! 別の日っていつだ?!」
「そ、それはわからないけど、落ち着いたら?かなぁ」
そんな悠長な......。
そういえばシスターは最近忙しいと言っていたっけ。
たしか少し前、他のシスターが三人くらい大怪我して休職してるって言ってたっけ。なんか王都周辺で護衛も連れずに薬草採取をしてたら、偶然モンスターに襲われたとかなんとか。
そこまで強いモンスターは王都周辺の森には居ないと聞いたけど、シスターは大して強くもないから負けちゃったんだろう。
「我は色々な香辛料で料理を楽しみたいの!」
「それって遠回しに私の料理が不満って言ってない?」
「その通りだから香辛料を取ってきたいと言っているの!」
「もういっそ清々しいわね......」
呆れたシスターは洗濯物を取り込んだ後、それを詰め込んだ籠を持って室内へと戻っていく。
私がその後に続いていくと、シスターは振り返らず話を続けた。
「あ、なら、リベット君とレニアちゃんを連れて行ったらどうかな?」
「?」
「ほら、教会の子供たちよ」
は? 教会の子供たちを森に連れてけっていうのか? あの何考えているかわからない人間の子供を? 私が?
「なんで我が人間の子供なんかと――」
「すぐ欲しいなら、薬草に詳しい二人を連れて行く方が早いと思うけど」
「え、詳しいの?」
「うん。たまに薬草を取りに、一緒に出かけるからね。それなりに知っているはずだよ」
なるほど。でも人間の子供か......。
「シスター。芋の皮剥き終わったよ」
「あ、リベット君」
すると、私たちの下に、一人の男の子がやってきた。
特にこれという外見はない。パッとしない奴だ。年齢は私より少し年上くらいかな。身長も若干私より高い。
そいつの服は少しだけ泥水で汚れていた。芋の皮を剥いていたからだろう。
「ありがと。終わったら厨房に運んでおいてくれるかしら」
「もう運んどいた。......その子誰?」
相手が視線をこっちに向けてきたので、私は威嚇するように視線を鋭くした。
それに驚いたのか、そいつは少し後ろへ下がった。
「う、うお。な、なんだよ!」
「ちょっとルホスちゃん。初対面だからって威嚇しないでよ」
「ふん」
私がそう鼻を鳴らすと、シスターが溜息を吐いて、やってきた男の子に対して私のことを紹介した。
「この子はルホスちゃん。ほら、最近うちの御飯が贅沢になったでしょう? ルホスちゃんがモンスターを狩ってきて食材をくれたからよ」
「え、こいつが?!」
シスターの言葉を受けて驚いた様子の男の子は、たしかシスターがリベットと呼ばれていた。
こいつが薬草に詳しいリベットか......。
「そ、その、ありがとうな。毎日肉が食えるのはお前のおかげだったのか」
「お前言うな。ルホス様と呼べ」
私が如何にも嫌そうな顔をしてそう言うと、リベットは対処に困った顔をしてシスターを見やった。
「ルホスちゃん、根は良い子だから気にしないで。ところでリベット君にお願いしたいことがあるだけど、いいかな?」
「ん? なに?」
「ムワット森林地帯に行って何種類かハーブを取ってきてほしいの」
「あれ、そこってシスタータニスたちが行ってモンスターたちに襲われた所でしょ? 行っていいの?」
「うーん。正直、危険な目に合わせたくないけど、香辛料とか色々切らして来ちゃってるのよね。誰かさんのせいで」
「?」
そう言って、シスターが私のことをジト目で見つめてきた。私がそっぽを向くと、シスターはリベットに向き直って話を続けた。
「それにルホスちゃんはすごく強いから、モンスターに襲われても大丈夫だと思う」
「え、ええー」
「ほら、最近よく食べてるあのお肉、なんのモンスターのお肉かわかる?」
「そういえば気にしてなかったな......」
「グレートボアのお肉よ」
「え?! あのDランクモンスターの?!」
リベットはすごい驚いた顔つきで私のことを見てきた。
あれ、グレートボアって言うんだ。
「す、すごいな。俺とあんま年が変わんないのに、Dランクモンスター倒すなんて......結構強かったの?」
「いや? 脳天に一撃食らわして死んだぞ」
「おおう......」
リベットが軽く引いていた。失礼な奴だな。
「実力は騎士団お墨付きだから大丈夫だと思うのよね」
「それならいいけど......。香辛料は結構要る感じ?」
「うん。できるだけたくさんお願い」
「ならレニアも一緒に連れてっていい?」
「そうだね。三人で向かった方が良いかも」
「わかった」
こうして私は渋々、人間の子供と一緒に王都近隣の森林地帯へ向かうのであった。
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