第186話 願いを、現実に
「それから目が覚めたのは数日後の朝だったかしら。当時は自分の部屋で起きたから、まるで長いこと悪い夢を見ていた気分だったわ」
「「『『......。』』」」
皇女さんから聞いた内容に、僕らはどう声をかければいいのかわからなかった。
現在、僕とエルフっ子ことウズメちゃんは、ベッドの上で足を組んで座っている美女――リア・ソフィア・ボロン皇妃の姿をした皇女さんの前に居た。
彼女は当時の出来事を僕らに語ってくれたのだが、その表情は今までになく暗いものであった。
彼女の辛い過去を掘り下げて聞くのは気が引けるけど、それでも僕は彼女に問う。
「生き残ったのは......殿下だけではありませんね?」
「......ええ」
僕の問いに、彼女は静かに答えた。
そう、彼女から聞いた話には、おかしな部分がある。
「宰相は今何をしていますか?」
「......パパと今回の王国戦に向けて色々と話し合っているのではないかしら」
「なら宰相が怪しいですね。いや、ほぼ確定か」
「......。」
僕がそう呟くと、皇女さんは黙り込んでしまった。
代わりに口を開いたのはエルフっ子である。
「あ、あの、なぜ宰相が怪しいのですか? そ、それになんで今の話の流れで、宰相が生きてるってわかるのですか?」
「襲撃された時、殿下が頭を強く打たれて気を失ったって言ってたでしょ?」
「は、はい」
「その朦朧としている中で、客車に繋がれたままの馬を目にしたんだ」
もしかしたら皇女さんの見間違いだったのかもしれない。
でも宰相は言った。合図をしたら馬車から降りて、馬に乗ってその場から逃げると。
実際に合図を出した宰相は、ほぼ憶測の域だったけど、死んではいなかった。これで仮に宰相が死んでいたのなら、何かの手違いだった可能性もあり得た。
なのに、そんな大勢の敵に囲まれた状況で、馬を客車から放すなんて行為は馬鹿げてる。
それに当時、冷静だったらしい宰相は、馬車の中から外の様子を窺っていたらしいじゃないか。
外に出た時点で既に決着はついていた。きっと味方の護衛騎士が全員死んでいることを確認したかったのだろう。
「当時、宰相は......腕を切り落とされた深手を負ったのよ。それでも気を失った私を連れて命からがら、乗馬して帝都まで逃げてくれた......と聞いたわ」
『んなわけないがな』
『ええ。無傷は怪しまれるでしょうし、カモフラージュ的に腕を切り飛ばしたのでしょう』
大した根性だなぁ。
僕はそんな乾いた感想を内心で漏らしてしまう。
そんな状況下で逃げ切れる訳ないのにね。でも当事者は誰一人として生き残っていない。
まだ幼い皇女さんは記憶も定かじゃなかったはず。情緒も安定しなかっただろう。
そんな彼女だけを生かしたのは、唯一血の繋がりのある皇帝の後継者を利用するために違いない。
そう、例えば帝国を以前の軍事国家へと戻すためとか――。
皇女さんは更に思い返したくないことを僕らに伝えようと、震える自身の肩を抱き締めた。
「当時、精神的に不安定だった私は、宰相に言い聞かされていたわ。アレは全て王国の仕業だって。同盟関係を破棄して襲撃してきたって......」
皇女さんは震える声で続けた。
「たしかにアイツらは王国騎士の鎧を纏っていた。だから私は全部王国のせいだって思ってしまった。頷いてしまった。もっと冷静に考えればわかったことかもしれないのに、パパにお願いしちゃった......」
皇女さんは両手で顔を覆って続けた。
「パパに......王国を滅ぼしてって......泣きついて......しまったわ」
「「『『......。』』」」
皇女さんは泣いた。
当時の再現のように彼女は涙を流した。ポロポロと流れ落ちる涙が、彼女の服を湿らせる。
妻を殺され、子に泣きつかれた皇帝は何を思ったのだろうか。
ああ、くそ......胸クソ悪いなぁ。
「だから私は......この戦争を絶対に止めたいの。止めないと......いけないの。誰も味方してくれなくても......味方が居なくなっても......私がどうなっても――」
「殿下」
僕はそう呼んでから、彼女の頭の上に自身の手を置いた。
自分よりも年下の少女が、過ちでもなんでもないことを償おうとしている。
罪だと思い込んでしまっている。
だから僕は彼女が言い切る前に止めた。止めなければならないと思った。
「皇妃が言ったのでしょう。あなたを、家族を、国を愛していると」
「ま、いける?」
「願ったのでしょう。大切な人たちの幸せを」
「......。」
「なら泣いちゃ駄目です。僕が.......僕が頑張りますから。もう泣かないでください」
「で、でも!」
僕は皇女さんをそっと抱き寄せた。
いつになく弱々しい彼女を放っておけなかった。
皇女さんは不敬な僕を咎めることなく、自身の顔を僕の胸に埋めて泣き続けた。
きっとこれは同情だ。それでもいい。一国の姫とは言え、少女が背負うには些か重すぎるのではなかろうか。
それにこれも何かの縁に違いない。
「ああ、もう。そんな適当な理由じゃないだろ」
「まい、ける?」
僕は目元を赤く腫らした皇女さんを見つめて宣言する。
「殿下、僕の人生は好きなことで埋め尽くそうと思ってます。そこにあなたの涙は要りません。だから僕がなんとかしてみせます」
「どうやって......」
皇女さんは不安そうな顔つきになるが、僕はかまわず続けた。
「そこはこれから考えていきます。そうですね......まずはやはり闇組織襲撃作戦に参加しようと思います」
「っ?! だ、駄目よ! あんなの危険じゃない! それにマイケルは私の護衛で――」
皇女さんがそう言いかけるが、僕はキザっぽく彼女の唇にそっと人差し指を当てて言葉を遮った。
闇組織の拠点を襲撃するのは<
ならここで組織に対して大ダメージを与えることが望ましいだろう。
それに――。
『かかッ。鈴木が怒るたぁ珍しいなぁ』
『苗床さんのそういう情に厚いところ、嫌いじゃありませんよ』
僕の思いを汲み取った魔族姉妹が揃ってそんなことをぼやく。
どうやらバレバレらしい。伊達に僕と運命共同体してないな。
で、僕が襲撃作戦に参加するに当たって注意すべきことがある。
皇女さんの護衛だ。
まさかエルフっ子やロティアさんだけに任せる訳にもいかない。未だに氷の棺の中で眠るレベッカさんなんて頼れたもじゃない。
じゃあ襲撃作戦に参加しない<
んなの不安要素しかないね。
僕はニヤつきながら、不安そうに暗い表情をする皇女さんに聞くことにした。
「殿下、僕よりも頼りになる護衛役が居ると言ったら、どうしますか?」
さて、これから大忙しだ。
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