第184話 皇女の過去 2

 「ユニージ!!」


 皇妃が叫び声にも似た声で呼ぶと、すぐさまその人物は駆けつけた。


 「ここに!!」

 「ぬお?!」


 馬車の窓から鎧に包まれた巨腕が辺りを粉砕しながら、突如として現れた不審者の腕を掴み、強引に馬車の外へと投げ飛ばす。


 <豪雷の化身>の二つ名を有するユニージだ。ユニージの尋常ならざる雰囲気に当てられ、場に居る帝国騎士たちは一斉に臨戦態勢に入った。


 「お三方!! ご無事ですかッ!!」

 「ロトル! 怪我はありませんか?!」

 「う、うん......」

 「何者なんだあの男は! 目の前に急に現れたぞ!!」


 皇妃、皇女、宰相を不敬にも纏めて安否を心配するようにユニージが問うが、皇妃は娘を心配し、宰相は警戒の色を露にした。


 そんな三人の護衛対象者の無事を確認し、ユニージは先程投げ飛ばした鎧の男に意識を向ける。


 馬車は異常事態に動きを止め、その場に居る護衛騎士たちは辺りの警戒を始めた。


 ユニージは頭だけ部防備な全身鎧姿の男を見据えて言う。


 「貴様......その鎧はか?」


 そう問われた不審者に、ユニージによって投げ飛ばされた際の怪我をした様子は無い。


 男は飄々とした口調で言う。


 「ああ、そうさ。俺はリチャードって言うもんだ。王国の騎士だぜ?」

 「......。」


 男はリチャードと名乗り、自身が身に着けている鎧から、王国騎士特有のデザインが施された鎧を徐に主張してみせた。


 リチャードの言葉に、ユニージは熟考する。


 なぜなら王国の騎士の鎧をリチャードがその身に纏っていても、それを素直に信じることができなかったからだ。


 王国を発ってから道中、常に辺りを警戒していたユニージたちを掻い潜って、皇族や国の重鎮に接触できた男が、一介の騎士には思えなかった。


 そもそも一人で接近してきたこと事態、ユニージにとっては理解が追いつかない出来事だ。


 そんなユニージの訝しげな視線を他所に、リチャードは軽く語った。


 「あんた知ってんぜ? <豪雷の化身>だろ? 会えて嬉しいなぁ」

 「......クハロ殿、護衛の者とこのまま突き進んでください」


 ユニージの余裕の無い言葉を受けて、宰相は冷や汗を浮かべた。


 「ユニージがそこまで言うほどか......」

 「正直に申し上げますと、実力を見定めることができません」


 「......死ぬのは許さないぞ」

 「承知」


 宰相の言葉に首肯してから抜剣する。


 ユニージの巨躯と比べると不釣合いな一振りの剣は、彼のポテンシャルを最大限活かせるサイズとは言えなかった。


 ショートソードだからだ。大柄な男が盾と併せて持つことのないショートソードは、傍から見れば違和感の一言に尽きる。


 そんな武器をユニージが慣れた素振りで扱うことができるのは、長年に渡って使いこなせるよう修練してきた賜物だろうか。


 対峙する王国騎士の装いをした男は、目を細めてユニージを捉えた。


 「【理想武具アイ・アーマー】の<バラルーク>......か。ちょいと本気を出すには早く無いか?」


 油断の色を捨て去った王国騎士は、ユニージが手にしているショートソードに意識を向ける。


 <バラルーク>は“三想古代武具”のうち、【理想武具アイ・アーマー】に属する武具である。


 一見、ただの鉄剣にしか見えない<バラルーク>は、その見た目からでは予想だにしない切れ味を有している。


 ユニージしか使いこなせないことを見込まれて皇帝から賜った武具だが、それを知る者は帝国内でもごく一部の者のみ。


大体の者はユニージが愛用している<バラルーク>を目にしても、ただの体躯に見合わない鉄剣にしか見えないことだろう。


 その情報を王国騎士が知っている時点で、ユニージの警戒はより一層増した。


 否、目の前の男が王国騎士ではないことを確信する。


 「なぜ王国騎士の装いをしている?」


 ユニージは低くそう問い質した。


 これに対し、不審者は笑みを浮かべて答えた。


 「そりゃあ俺が王国の騎士だからだ」

 「......まともに答える気がないのなら問答は無用だな。クハロ殿!!」


 その名を叫ぶや否や、ユニージが全身に雷光を纏った。


 宰相はユニージが臨戦態勢に入ったことを目の当たりにして、周りに居る騎士たちに指示を出し、この場を離れることを決意した。


 護衛騎士たちは迷う素振りを見せるも、それは束の間のことで、すぐさま行動が開始される。


 一行は早々にシルマジ渓谷に架けられた橋の上を駆け始めた。


 「ま、ママ! ユニージは?!」

 「......宰相、敵の正体はやはり......」

 「わかりませぬ。ただ今は一刻も早く帝都へ戻るべきであります」

 「ママ!!」


 皇妃は娘の問いに答えること無く、宰相との会話を優先した。この状況下で我が子と話している余裕は無い。親として言えることは、心配無いと言い聞かせることだけである。 


 その心情を伝えようと、皇妃は娘の身をギュッと抱きしめた。


 馬車は乗車している者を気遣うこと無く、激しく揺れながら突き進む。


 「あーあ。逃げちゃったじゃん」

 「貴様の相手はこの私だッ!」


 斯くして不審者リチャードと<豪雷の化身>ユニージの激闘が始まった。

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