第182話 帝国皇女の【固有錬成】

 「【凍結魔法:双氷刃】」

 「へ?」


 僕はそう唱えた後、【固有錬成:力点昇華】を発動して、一瞬で見知らぬ美女に迫り、押し倒してから生成した【双氷刃】を、相手の首に当てた。


 素性もわからない者に、いきなり急接近するなんて無策にも程があると思うけど、僕の内心は迷いを捨てて行動を取ってしまった。


 冷気を纏った刃が自身の首の近くにあることに気づいた女性は、纏っていた掛け布団を押し倒された拍子に手から放してしまい、その肢体をあらわにした。


 「『『っ?!』』」


 裸だ。


 真っ白な肌は傷一つ無く、透き通るように綺麗である。細い手足に、出るとこは出ているスタイル。女優顔負けの美貌に、僕は今更ながら美女を押し倒したことを自覚した。


 豊満な乳房が、ベッドの上でたゆんと揺れたのを目視してしまう。


 「きゃあ――」

 『静かに!』

 『鈴木、見んな!!』

 「っ!!」


 双剣のうち一振りを左手が手放して、叫び声を上げようとした美女の口元を抑えた。


 これにより、美女は叫ぶことができず、せめてもの抵抗として、露になった自身の豊満な胸を両腕で隠した。


 僕は気を取り直して、右手に握っている氷の短剣を、顔を赤くしてこちらを睨みつけてくる女性に向けた。


 「こ、こっちの質問に答えろ。殿下をどこへやった?」

 「っ?!」


 僕が美女を襲ったのは童貞故の衝動じゃない。


 この部屋に駆け込んだら、目の前の女性とエルフっ子しか居なかったんだ。


 皇女さんの姿がどこにも無かったんだ。


 焦りを覚えた僕はすぐに行動を取った。


 思い起こすは<4th>の【固有錬成】や、牧師野郎が難なく発動させた【転移魔法】。


 もしかしたらそれらの転移手段で、神出鬼没にもこの部屋に敵がやってきたのかと思ってしまった。


 だから今回、皇女さんの姿が無いことから、それに似たような現象が起こったと見た僕は、見知らぬ女性に対して先手を打つことにした。


 「んー! んー!!」

 「......手を退かすから、叫んだらすぐに首を飛ばす」

 『鈴木が美女相手にこんなことできんのすごくね?』

 『無駄口を叩かない。無力そうに見えますが、油断したらいけませんよ』


 僕と美女のやり取りに対し、魔族姉妹は呑気にもそんなことを話していた。


 あのさ、今マジでヤバい状況だと思うんだけど。


 僕のそんな訴えを他所に、思わぬ声がこの部屋に響き渡った。


 「あ、あの! !」


 エルフっ子だ。初めて名前を呼ばれた気がする。


 僕は彼女に、この場から離れて、と言おうとしたが、次の彼女の言葉で、それを言うことができなかった。


 「お、おそらくその人、ロトルお嬢様......です」

 「『『............は?』』」


 僕らは揃いも揃って間の抜けた声を漏らした。



*****



 「ほんっと信じられない! 普通、急に押し倒す?!」

 「た、たしかに無闇に近づいたのは迂闊でした......」

 「迂闊云々の話をしてんじゃないわよッ!! 押し倒すなって言ってるの!!」


 現在、部屋の中央で土下座をしている僕は、今しがた粗相をしてしまったことに謝罪の意を示していた。


 ゆったりとした服に着替えた美女は、先程、僕が押し倒した人で、外見は大人の女性そのものなんだけど、口調が我儘な感じで垢抜けない雰囲気があった。


 その人はベッドの上に腰掛けて、土下座する僕を頭上から怒鳴り散らしていた。


 ちなみにエルフっ子は、部屋の隅で我関せずと決め込んで空気と同化している。なんて薄情な奴なんだ。


 「し、しかも、ひゃ、ひゃだ、肌を見られるなんて......」

 「す、すみません。でも殿のでしょう?」


 「......。」

 「いッ?!」


 ゴッ。鈍い音が鳴り響く。頭上から踵落としを食らい、僕は床に額を思いっきり打ち付けてしまった。


 そう、僕が『殿下の身体ではない』と言ったのは、見知らぬ美女の正体が、帝国皇女ロトル・ヴィクトリア・ボロンその人だからである。


 どういう訳か、今は文字通り別人の容姿になっていた。


 が、皇女さんの外見的特徴は割とそのままな感じで、髪の色は違うけど、目元とかそっくり。少しツリ目な所とか、瞳の色がまんま皇女さんのそれだ。


 『しっかし驚いたなぁー。まさか急に成長するなんてよぉー。んなのわかんねぇーって』

 『私は彼女の仕草さや言動から、同一人物と気づきましたけどね』


 嘘吐け。油断するな云々抜かしてたじゃん。


 皇女さんも事前に一言言ってくれればいいのに。


 「ちょっと。ちゃんと反省してる?」

 「いでででで! 痛いですって!」


 で、そんなこんなで僕は絶世の美女に、頭を素足で踏みつけられているのである。


 美女を押し倒して裸見ちゃった挙げ句、この踏みつけである。多分、地球に居た頃じゃ、お金を払ってもそう簡単には得られないご褒美だろう。


 って、いかんいかん。本題に入らねば。


 「そ、それで殿下。そのお姿はどうやったのですか?」

 「ったく......。これはよ」


 「『『っ?!』』」


 薄々気づいていたけど、やっぱり魔法の類じゃなくて【固有錬成】だったのか!!


 ある程度規模のある魔法なら、ここは城内なので、無許可で使うとすぐに警備兵がやってくるはずである。


 魔族姉妹が自身たちの声を隠すくらいの微弱な魔法だったら探知されないだろうけど、全身別人に変える魔法になるんだ。隠しきれない魔力を消費するに違いない。


 にしても、だ。


 「【固有錬成】......持ってたんですか?」


 僕のその聞き返すような問いに、皇女さんはこくりと頷いた。


 そしてそのまま続けて口を開いた。


 「この【固有錬成】に目覚めたのは六年前。知っているのはバートとオーディーの二人だけよ」


 六年前......。当時、何があったのかわからないけど、以前、魔族姉妹が【固有錬成】を保有するようになるのに、時間は関係ないって言っていた。


 本人が望もうが望まないが、ある日突然【固有錬成】持ちになってしまうことがあるってことだ。


 「なんで......今まで教えてくれなかったんですか?」

 「レベッカは勿論のこと、あなたもお金で雇われた身じゃない。正直、つい最近までは、心の底から信用していなかったわ」


 続く言葉はこう。皇女さんが僕を信用できたのは、僕が命がけで<4th>から自身を守った日からだ。何度も言おうと思っていたらしいが、中々言えなかったとのこと。


 まぁ、冷静に考えたらかなりヤバい【固有錬成】だよな。


 まだ皇女さんから発動条件や制限を聞いてないけど、魔法を使わずに誰かになれるなんて、ぱっと見じゃ絶対に気づかないもん。


 とにかく、こうして僕に彼女が秘密を明かしてくれたのは素直に嬉しいことである。


 僕がそんなことを考えていると、皇女さんは豊満な胸の下で腕を組んだ。


 「【固有錬成:異形投影】。成りたい人を想像すれば発動することができるわ。姿を変えられるのは長くて半日だけ。魔力量や質も対象の人物と同じになるの」

 「え?! じゃあ本当に口調とか仕草を真似れば、他人には気づかれないってことですか?!」


 「理論上はね。でも同じ姿なって魔力が同等になっても、その人の記憶を引き継いだり、私が使えない魔法を使えたりするわけじゃないのよ」

 「は、はぁ、なるほど......」


 ということは、本当に外側だけその人になれるってことか。


 姿はまんまその人になれるし、魔力量や質から本人確認されてもバレることはない。


 だからか、こんな誰にでも成りすますことができる【固有錬成】を迂闊に人に話すことができないのは。


 知られたら政治利用はもちろんのこと、下手したら皇女さんが皇女さんであるという事実すら疑われてしまう。本人は半日って言ってたけど、それは現状では証明のしようが無いんだ。


 ただ“誰かになれる”という事実だけが、皇女さんにリスクを負わせる他ならない。


 となると、だ。<4th>はバートさんが身に着けていたチョーカーを通して、皇女さんの【固有錬成】を知ってしまったからこそ、ああして襲撃してきたのかもしれない。


 とまぁ、その推察は後回しにして、とりあえず誰にでもなれる皇女さんに、聞かなければならないことができたな。


 「それで殿下、そのお姿は......誰ですか?」

 「......。」


 僕のその問いに、皇女さんは唇をきゅっと強めに閉じた。


 ここまで来たのだから言うべきなんだろう。そう思っているはずの彼女だが、中々そこから先に踏み込めない様子だった。


 艶のある茶色い髪に、真っ白な肌。瞳の色は真紅色に輝いていて、皇女さんにそっくりである。


 髪色こそ違うけど、皇女さんがこのまま歳を重ねていけば、こんな容姿になるのだろうか。そう思えるくらいの美貌の持ち主だった。


 マジマジと観察していた僕を他所に、皇女さんはやっとの思いで口を開いた。


 「......ママよ」

 「......は?」


 彼女の言った言葉に、一瞬理解が追いつかなかった僕である。


 “ママ”? ママって皇女さんの? 


 いや、そうだろうけど、たしか皇女さんの母親って......


 「この姿はママの。......七年前、亡くなったママの姿よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る