第181話 見知らぬ女性

 「殿下、やっぱり落ち込んでいるよね......」

 『だなぁ』

 『無理もありません。今まで戦争を起こさないようにと、彼女なりに頑張ってきたんですから』


 現在、僕らは皇女さんの部屋の扉の前に居て、隙間から部屋の様子を覗き見している。


 皇女さんは依然としてベッドに身を委ね、枕に自身の顔を埋めている。


 不敬極まりない行いだが、皇女さんが近くに使用人を居させたくないとかなんとかで、付近には城の人が居ないからこんなことができていた。


 「あ、あの人、えっと、ろ、ロトルさまはなぜ戦争を止めたいのですか?」


 すると僕と同じく、下の方で部屋の様子を一緒に覗き見していたエルフっ子が、僕に対してそんなことを聞いてきた。


 そりゃあどの世界でも戦争が起こることは良くないし、止めたい気持ちはわかるけど、“気持ち”がわかるってだけで、彼女が止めたい“理由”を僕は知らない。


 「実は僕も知らないんだよね......」

 「知らないのですか......」


 「聞いた方がいいかな?」

 「い、今まで聞かなかったんですね......」

 『こいつ、戦争始まるなら、この国からおさらばするつもりだったからなー』

 『薄情な男です』


 い、いや、二人とも賛成してたじゃん。厄介事に首を突っ込んでもしょうがないって同意してたじゃん。


 あ、エルフっ子がうわぁって言わんばかりの顔してる。


 わ、わかったよ。聞くよ。聞けばいいんでしょ。


 「マイケル」

 「ひゃい!!」


 が、突然、部屋の主から名前を呼ばれたことで、僕は素っ頓狂な声を出してしまった。


 マイケルって偽名なのに反応しちゃったよ......。


 「......そこに居るんでしょ。入ってきなさい」

 「あ、はい」


 どうやら覗き見してたのがバレていたらしい。


 僕は観念して大人しく中に入ろうとするが、エルフっ子が僕の後に続いていないことに気づく。


 振り返れば、彼女は忍び足でこの場を後にしようとした。


 あの子、さっき僕に、皇女さんに戦争を止めたい理由を聞くべきだろ云々、主張してなかったけ?


 僕は笑顔でエルフっ子の下へ行き、彼女の尖った耳の先端を摘んで、部屋の中に連れて行った。


 「い、いひゃ! み、みは......耳はぁ! らめ、ですぅ!」

 『そういえばエルフって耳も性感帯だったよな?』

 『ああー、そういえばそうでしたね』


 マジか。そんなエロ同人みたいな設定してんのか、エルフ。


 エルフっ子を見れば、ちょっと高揚したように顔を赤くしているものだから、本当に敏感なところだったと悟る。


 僕はエルフっ子の耳から手を離すと、彼女は観念したのか、大人しく僕について来てくれた。


 中に入り、未だにうつ伏せのまま皇女さんの下へ行き、ベッドの空いている箇所へ腰を下ろした。


 エルフっ子は何を遠慮してか、僕が居る近くの床に腰を下ろして、三角座りする。


 べ、ベッドに座りたくないんだったら、ソファーのとこ行けばいいのに......。


 「「「『『......。』』」」」


 束の間の沈黙。皇女さんが僕を呼んだのだから、用件があると思うだが、彼女から話すことはしない。


 ここは僕から聞くべきだろうか。


 そんなことを考えていると、皇女さんが枕に顔を埋めながら、くぐもった声で話しかけてきた。


 「戦争、始まるみたいよ。......この国から出ていかないの?」


 うっ。答えにくいことをいきなり聞かれた......。


 とりあえず、意思は変わらないことだけでも伝えよう。


 「そ、そうですね。ゆくゆくは出て行こうかと......」

 「そう......ならお別れね」


 「殿下も僕らと一緒にこの国を出ませんか?」

 「結構よ」


 即答。皇女さん、本当にこのままこの国に残る気なのかな......。


 正直、なんでここまで皇女さんがこの国を思うのか理解できない。


 そんなことを考えていると、僕の近くの床に座り込んでいるエルフっ子から、早く事情を聞いてください、と言わんばかりの視線を向けられた。


 こ、この子、こんなグイグイ来るような性格だったっけ? まぁ、距離を置かれるよりはマシだけど......。


 魔族姉妹からも催促されてしまったので、僕は仕方ないと思いつつ、皇女さんに聞くことにした。


 「あの、なぜこの国にそこまで尽くそうとするのですか?」

 「私はこの国の皇族よ。当然のことじゃない」


 「そんな建前で、本当に残る気ですか?」

 「......平民のあなたにはわからないわよ」


 「なんでそんな突き放すような言い方をするのですか?」

 「っ!!」


 僕が質問ばっかりしているからか、皇女さんは勢いよく起きてから僕に振り返り、キッとこちらを睨みつけてきた。


 その目尻が赤く晴れていたのは、きっと先程まで泣いていたからだろう。


 「言ったってしょうがないじゃない! マイケルがなんとかしてくれるの?! 理由を話せば、私と一緒に居てくれるの?! あなたが嫌っている戦争が始まろうとしているのよ!!」

 「それは......」


 「できないでしょ! したくないでしょ! なら!......それなら、もう......優しくしないでよ......放っといてよ......」

 「殿下......」


 彼女は俯いて、ぽろぽろと涙を流し始めた。


 きっと悔しくて仕方が無いのだろう。今まで皇女さんなりに、末端とは言え、闇組織の拠点を潰してきたんだ。それも今となっては無駄となり、戦争は始まろうとしている。


 戦力として期待していたレベッカさんもオーディーさんも居なくて、ずっと一緒に居てくれたバートさんも居ない。


 精神的な負担は僕なんかじゃ計り知れないだろう。


 でも、


 「殿下、僕には使命があります。だからこの命は、僕の意思だけで危険な目に合わせられないんです」

 「......。」


 あのとき――<4th>に襲われたとき、僕が皇女さんを連れて逃げずに、奴と戦えたのは嘘偽り無く彼女のためだ。


 皇女さんが涙を流す様を見ていられなかったからだ。


 「ですが、同時に僕は自身が抱く気持ちも大切にしたい」


 僕は皇女さんに向き直り、彼女がぎゅっと握り締めている自身の手に、そっと僕のを重ねた。


 「<4th>と戦えたのも、トノサマオーガを引き止められたのも、殿下に辛い思いをさせたくなかったから。あなたに泣いてほしくないって強く思ったから、立ち向かえたんです」

 「......なによそれ。損得で生きるのが冒険者なんでしょ」


 「はは、ぐうの音も出ませんね。......殿下、聞かせてくれませんか? あなたが周りの意見に逆らってでも戦争を止めたい理由を」

 「......。」


 僕の言葉に皇女さんは黙り込んだ。


 僕が、戦争が始まりそうな国から出ずに、こうしてここにいるのは美少女のためだ。それに嘘偽りは無い。胸張って言おう。僕は美少女のためなら多少の無理はやれる。


 だって僕の異世界ファンタジーライフに、美少女の涙とか絶対要らないから。


 地球では諦めていたイチャラブ目指しているから。


 きっと僕のこの邪な野望は誰にもわかってもらえない。でもそれは僕も同じだ。


 皇女さんが帝国を思う気持ちは、正直、平民である僕には理解も共感もできない。


 だけどそれで彼女が涙を流してしまうのなら、僕は手助けしたい。


 「......マイケル、私が『いい』って言うまで部屋に入ってこないで」

 「え、あ、はい」


 「ウズメ、着替えるから手伝ってちょうだい」

 「ふぇ?! わ、私ですか?!」


 僕らの戸惑いを他所に、皇女さんはベッドから離れていった。


 とりあえず、僕はこの部屋を出ることにした。エルフっ子はいきなり名前を呼ばれて驚いていたが、まさか断るわけにもいかず、彼女は皇女さんの着替えを手伝う羽目になった。


 部屋の外で待っている僕に、中で着替えている最中の皇女さんの声が聞こえてきた。


 『そういえば着替えが無かったわね......。コレで隠せばいいかしら?』

 『あ、あの、いったい何をしているのでしょうか?』

 『見てればわかるわ』


 中でいったい何をしているんだろう。


 すごく気になるんだけど......。


 『鈴木、ぜってぇー覗くなよ』

 「覗かないよ」


 『もしかして苗床さん、ワンチャンあると思ってますか?』

 「思ってないよ」


 二人は僕をなんだと思ってるのかね。そこら辺、小一時間ほど問い質したいわ。


 僕が二人に呆れていたその時、


 『ひッ?!』

 「『『っ!?』』」


 部屋の中からエルフっ子の悲鳴が聞こえた。


 僕は慌てて中に入り、警戒しながら辺りを見渡す。


 「二人とも大丈夫ッ?!!」

 『敵襲かッ?!』

 『いえ、この場には他に誰も居ません』


 中に居たのは二人。姉者さんの言う通り、他に誰か居る気配は無い。


 酷く驚いた様子で床に尻もちをついているエルフっ子と――


 「ちょ!! まだ入って来ていいなんて――」


 ――ベッドの上で、掛け布団に身を包んだだ。


 明らかにもう一人、この場に居るべきの皇女さんではなく、別の女性がそこに居た。


 白く美しい肌と艶のある茶髪に、深紅色の瞳。その宝石のような瞳で僕を見つめている。


 顔から年齢は二十代前半と言ったところだろうか。如何せん、掛け布団を纏っているせいで全貌が見えない。ただその整った容姿から美女であることがすぐにわかった。


 「だ、誰だ?」


 僕はそんな光景に唖然としてしまった。

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