第179話 親子喧嘩と戦争

 「パパッ!! 話があるわッ!」


 そう言って、ノックもせずに皇帝の執務室に入ったのは、その一人娘の皇女さんである。


 現在、マーギンス領からボロン城に戻ってきた僕らは、休憩を挟むこと無く、そのまま皇帝が居る場所へと向かった。


 この場にやってきたのは僕と皇女さん、シバさんの三名だけである。僕にとっての保護対象であるエルフっ子は別室で休んでもらった。


 皇帝さんは軍務会議でもしていたのか、この場には如何にも軍服を纏ったお偉方が何名か集まっていた。


 娘の参上にあわせ、皇帝さんが片手で指示を出すと、そのお偉方は皇女さんに一例した後、この部屋から立ち去っていく。


 「ロトルよ、無事に帰ってきたのだな。フォールナム領では組織の連中に襲われたと聞いた。ハラハラして、パパ、死んじゃうかと思った」

 「はいはい。そういうのいいから」


 皇帝さんキんモい......。


 後に残ったのは僕ら三人と、皇帝さん、ムムンさんの他に強面の中年騎士と年若い女性騎士が居た。


 身形からして、この城に居るどの騎士よりも位は上。おそらく<四法騎士フォーナイツ>のメンバーだろう。


 中年騎士は如何にもって感じだ。筋骨隆々とした体躯はもちろんのこと、片頬の傷なんか歴戦の騎士を思わせる。


 もう一方の女性騎士は僕とあまり大差無い年齢だ。桃色の髪は肩まで伸ばしており、ふんわりとしていて可愛らしい容姿である。文句無しの美少女である。


 そんな初対面の二人と目が合った僕だが、皇帝さんが咳払いしたことで、本題に入ろうとしていた。


 同時に、ムムンさんが魔法陣を展開して、この部屋内部を半透明な膜が覆っていくのを目にする。


 『【防音魔法】です』

 『念には念をってことだな』


 なるほど。どこに闇組織の者が潜んでるかわからない城だからね。


 「その様子だと、向かわせたシバから事情は聞いたようだな」

 「ええ。王国に宣戦布告する前に、闇組織の本拠点を襲撃するそうね。......そしてその際にも作戦に参加させると」


 “私のマイケル”......良い響きだ。真面目な話をしてるとこ悪いけど。


 ああ、僕と同じようにその言葉に反応しちゃった皇帝が、僕のことをギロリと睨んできた。ごめんなさい。不可抗力かよ。


 「言っておくけど、マイケルにそんなことさせないわ。彼は私の護衛。私から離れさせない」

 「シバから聞いたのではないか? 現状、<4th>とまともにやり合えるのは、その冴えない糞虫だけだ」

 「“糞虫”じゃなくて“マイケル”ッ!!」


 “冴えない”部分も否定してほしかった。


 そう、シバさんから聞かされた話では、僕らがフォールナム邸で襲撃された際に戦った<4th>との状況を考慮しての、今回の作戦の参加である。


 正直、強制転移されないってだけで、次あったら確実に勝てるわけじゃないんだけどな。


 「とにかく、そんなこと<四法騎士フォーナイツ>だけで事足りるでしょ?!」

 「戦力面で言えばの話だ。当初の予定はそうだったが、利用できるものは利用する。無論、<四法騎士フォーナイツ>が<4th>に遅れを取ることはない。が、相性の面で言えば、糞虫が適役だろう」


 「それにバートから聞いたわ! 今まで私のことを監視してたようね! だったら、パパならわかると思うけど、現状で私の護衛で戦力となるのはマイケルだけよッ! オーディーは不在だし、レベッカは今頼りにできない! ニコラウスたちだけじゃ戦力不足なの!」


 皇女さんが一気に告げると、皇帝は「なんだそのことか」と前置きしてから言った。


 「糞虫が居ない間はムムンに護衛を任せる。無論、余もだ。それくらいできるな? ムムンよ」

 「勿論でございます」

 「嫌よ! 私は私が認めた者しか護衛に選ばない! それにマイケルに行かせるなら、ムムンが行けばいいじゃない!」


 「我儘を言うな。ムムンが行ったら誰が余の護衛をする。それにこの機会だ。騎士の存在を重んじるこの国で、傭兵や冒険者を率先して頼るなど、皇族としてあるまじき行為だぞ」

 「っ?! その騎士が信用できないから言ってるんじゃない!!」


 執務室に親子の口論が繰り広げられる。前者はこの国の皇族として至極当然の価値観を持ち、後者は年相応に理屈の無い我儘をぶつけている。


 ここは帝国だ。だから皇女さんの意見に賛成の人なんてそう居ないはず。


 <四法騎士フォーナイツ>の女性騎士だって、そんな皇女さんをまるで子供だと言わんばかりに、呆れた顔つきになっているし。


 無論、僕はそんな危険なとこ行きたくないから、全力で皇女さんを支持したい。が、一介の護衛役である僕にそんな権利は無いにも等しい。


 「それに闇組織を襲撃するってことは、もうわかってるんじゃないの? この戦争は奴らが仕組んだことって......」


 皇女さんは先程までの怒りを抑え込み、見解を述べ始めた。


 それに対し、皇帝は娘を見据えて答える。


 「王国が絡んでいない根拠が無い。また王国あちらも絡んでいないと示そうともしない。なら同罪と余は判断する」

 「そ、そんな極端な――」


 「余の怒りは王国と闇組織を滅ぼして初めて収まる」

 「っ!!」


 固く決意した父の言葉に、皇女さんは俯いてしまった。


 これ以上何を言ってもこの人は聞いてくれない。そんな諦めの念が、彼女の顔つきから察する僕である。心做しか彼女の手が震えている気がした。


 「話は......わかったわ。パパが闇組織に関与していないこと......そこから奴隷を奪って王国にぶつけようとすることも......全部......わかったわ。でも――」


 皇女さんは下に向けていた顔を上げ、皇帝さんを睨みつけた。


 「ママはこんなこと望んでないッ!! 喜ばないッ!!」


 彼女は瞳に涙を浮かべ、それでも理屈抜きにして感情のまま父に訴えた。その声はどこか悲痛なもので、聞いているこちらも胸が苦しくなってくる。


 それに対し、皇帝さんは少しの間だけ唇を強く、血が滲み出るほど噛み締めた後、目を細めてから冷淡に言った。


 「これ以上論じる気は無い。立ち去りなさい」


 皇女さんは何も言い返すこと無く、踵を返した。


 僕はそんな彼女について行こうとするが、僕の雇い主である皇女さんより皇帝さんの方が上の立場にある。


先の襲撃作戦に僕を必要としているのなら、この場から勝手に離れていいものか迷ってしまう。


 僕がそんな考えをしていると、ミルという中年騎士と目が合った。彼は僕に対して頷いたことで、ひとまずは皇女さんについて行けと指示を出してくる。


 他の人を見ても、特に何も言ってこなかったので、僕はこの場を後にした皇女さんについて行くことにした。


 執務室を出た後、魔族姉妹が口を開く。


 『なぁーんか面倒くせぇことになったなぁー』

 『ですね。もうじき戦争が始まるのであれは、さっさとこの国を出るのが吉ですよ』

 「あ、あはは」


 果たして一介の護衛役である僕は、この先どう動くべきだろうか。苦笑いしか出ない僕であった。

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