第178話 二兎追う者
「反対意見の者はおるか?」
時は鈴木たちがロティアの誘いを受けて、マーギンス領に到着した翌日のことである。
ボロン帝国城内、皇帝バーダン・フェイル・ボロンは執務室に呼びつけた<
場に居合わせた<
「ございません」
低い声で返答をしたのは、この中で一番の巨躯を誇る中年男性のミルだ。
筋骨隆々とした体格は日頃の鍛錬により形成され、彼自身を守る鎧の役割を成している。またその上から<
背には彼の身長を超える大剣があり、おおよそ常人が振れる重量ではない重圧感があった。
そんな彼の頬には大きな傷跡があり、眼光の鋭さも相まって歴戦の騎士であることを示す風格を醸し出している。
二つ名は<巨岩の化身>。自他共に認める強固さを有していた。
「特にありませーん」
次に返事をしたのは、十代後半の女性騎士マリ。
<
そんなマリは自身の桃色の髪を肩の辺りで切り揃えており、その端を指でくるくると弄りながら、皇帝の提案に返事をした。
不敬極まりないが、それを咎める者はこの場に居ない。そうしないのはマリを注意したところで、一度も彼女が非を直したことが無かったから諦めているだけである。
彼女はミルとは違い、やや露出気味の軽装備であるが、<
また彼女専用の鎧は胸部装甲は脱着可能であり、マリはいつもそれを外している。
そのことに関してミルやムムンに幾度となく注意されてきたが、彼女はこれを全て無視し、それどころか胸元を着崩して、同年代の女性よりもやや豊かな乳房を周囲に主張していた。
二つ名は<陽炎の化身>。自他共に認める美貌の持ち主である。
「異議無し」
次に返答したのはこの場で最も年若いシバだ。
彼の素性を知らない者が見れば十中八九、可憐な少女と見間違われる外見だが、<
が、他者とあまり関わりを持たないシバは、周りから美少女として見られるため、城内で勤務する一部の者たちから多大な人気があった。
その一部のファンの中は大きく分けて二つの派閥があり、一つは『美少女アイドル派』とシバの性別を知らない者が担ぎ上げたものと、もう一つは『少年でもイケる派』とシバの性別を知った上で担ぎ上げるものがある。
どちらも本人が与り知らないところで作られた派閥だ。
二つ名は<暴風の化身>。自他共に認める無関心さを持ち合わせている。
「......。」
そして最後の一人、<
深緑色の髪の持ち主で、身に纏うフルプレートアーマーも緑色をモチーフとしているため、かなり目立つ身形である。周囲から影でセンスが無いと言われているが、本人がそれを知る由もない。
彼の表情は、皇帝から示された内容に不服と言わんばかりの怪訝な顔つきをしていた。
が、それでもこれまで仕えてきた主が決めた方針である。異を唱えるつもりは無い。
無いが、
「そのナエドコ......という冒険者を本当に信用してよろしいのでしょうか?」
鈴木に対して不満を吐露した。
皇帝が執務室に<
決行日時は王国に宣戦布告する数日前。その襲撃作戦において、襲撃部隊に鈴木が入っていた。
鈴木こと冒険者ナエドコはDランク冒険者でありながら、Sランク相当のモンスター、<屍龍:ドラゴンゾンビ>を討伐した実績がある。
現にその事実を皇帝の一人娘であるロトルが確認しており、その実力を買われて護衛役として雇われた男だ。
が、それでもムムンは認められなかった。
「信用......か。ムムンよ。此度の襲撃作戦、どこに重きを置いておる?」
「それは......<
「うむ。それを成すには何が必要か」
「......<4th>の対処であります」
ムムンの返答に頷き返した皇帝は、両袖机の引き出しから数枚の書類を取り出して机の上に並べた。
書かれている内容は、先日、フォールナム領の領主の屋敷で行われたパーティーに、<4th>率いる闇組織の輩が襲撃してきたことに関しての報告だった。
各書類の表紙には、この帝国内で決して低くない身分の有力貴族たちの氏名が記載されている。
そしてそれらの報告は例外無く、ロトルの護衛役としてナエドコが活躍したことが記載されていた。
ただ活躍しただけではない。<4th>と名乗る<
この報告は上がった時点で、<
その報告書を再度目にした面々から声が上がる。
「これらの報告書を鵜呑みにするのであれば、なんでも<4th>はナエドコを強制転移できなかったようではないか」
「それってすごくないですか? どんな男の人なんでしょ。マリ、これから会うの楽しみー」
ミル、マリが口々に関心した感想を述べると、続いてシバからも声が上がった。
「ナエドコはすごい。氷属性と火属性、どちらも高度なレベルで使いこなせているし、私と同じで複数の【固有錬成】持ち」
その言葉で再度、ミルとマリから感嘆の声が漏れた。
が、なぜシバが誇らしげに語っているのかは理解ができなかった。
「私と同じで複数の【固有錬成】持ち」
再び、えっへんと胸を張って主張するシバだが、この場に居る全員が、なぜシバが誇らしげなのか、全く理解が追いつかなかった。
こほんと咳払いした皇帝が話を戻すべく、口を開いた。
「今回の襲撃作戦、より確実性を取るならば、<4th>の介入をどれだけ阻害できるかが関わってくる。現状、その対応が可能なのはこの冒険者のみだ」
トントン、と皇帝は人差し指で報告書を小突いた。
この場に居る者を含め、<4th>の存在を知る者はその異常さを正しく理解していた。
<4th>の行使する転移系【固有錬成】が恐れられている理由は強制転移にある。
<4th>によって人や物を都合よく入れ替えることができるのだから、国の重鎮たちが狙われたら国の存亡に関わる。
故に<
無論、<
そんな中、厄介極まりない<4th>が強制転移させることができない鈴木の存在は、この奇襲作戦の要と言っても過言ではなかった。
それを頭では理解しているからこそ、ムムンはやるせない気持ちを抱いていた。
「ならば、この私が襲撃作戦に参加して――」
「ムムンよ。何度も言ったが、此度の作戦の人員は決めておる。ミル、マリ、シバ、そしてナエドコの四名だ。お主はここに残って余と愛娘を守れ」
「っ?! ......畏まりました」
ムムンは渋々といった表情で主に従う。
そんな従者に対し、バーダンは続けて言った。
「安心せよ、ムムン。余もナエドコという冒険者を信用しておらん」
「な、ならば――」
「故に」
ムムンの言葉を遮り、バーダンは口調を強くして命じた。
皇帝の鋭利な視線はミル、マリ、シバを順に捉えている。
「奇襲作戦を終え次第、その者を始末せよ」
「「「......。」」」
作戦において鈴木を利用した後、<
バーダンの冷酷な判断に、命じられた三名は押し黙った。
否、シバだけが理由を聞いた。
「どうして?」
先程まで鈴木のことを誇らしげに語っていた少年は、その声音を低くして主に問い質した。
バーダンは「愚問だ」と前置きしてから言った。
「娘に群がる糞虫だからだ」
「「「「......。」」」」
帝国皇帝バーダン・フェイル・ボロン。絶対的な君主は親馬鹿であった。
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