第176話 意外な面も

 「ここにも居ない......」


 現在、闇組織の奇襲――猿蛇種の人造魔族による襲撃に見事打ち勝った僕らは、今後の方針を決めるため、クリファさんの別荘へと向かおうとしていた。


 が、まだマーギンス邸内に居て、先の戦いで半壊したこの屋敷を出発する前に、人を集めないといけない。


 その人集めは皇女さんからの命令でもあり、対象の人物は護衛騎士のオリバーさんと女執事のバートさん。


 前者は襲撃時に護衛対象である皇女さんの傍にいなかったことが不思議に思える。


後者は謹慎処分ということで、部屋で大人しくしてるよう言われたはずなんだけど......その部屋には居なかった。


 「うーん。どこに行ったんだろ」

 『屋敷内に居たので、襲撃された騒動に気づくはずでしょうから、大人しくしてるなんてことはありえませんよね』

 『避難したんじゃね?』


 姉者さんの考察に、妹者さんがあっさりと結論づける。


 避難かぁ......。正直、バートさんだって襲撃された理由が、皇女さん目的だってことくらいわかるだろうから、あの忠義に厚そうな人が自分だけ避難しようとするようには思えない。


 無論、僕の買いかぶりに過ぎないかもしれないけど。


 「姉者さん、まだ【探知魔法】は使えそうにない?」

 『はい。先の戦闘で魔力枯渇しちゃいました』

 『ぱっと使えるくらい残ってねぇーの?』


 『全く使えない、というわけではありません。が、屋敷全体を広域探知するとなると心許ないです』

 『うーん、。これなら少しだけでも、姉者の鉄鎖で他所たにんから魔力を貰うべきだったか』


 『“役に立たない”って......。元はと言えば、魔力供給キスしたときに、あなたが加減することなく、私の魔力を持ってったのが原因なんですよ』

 『あ、わり。言葉がいけなかったわ』


 『ったく』

 『ごめんって』


 なんか魔族姉妹の気が立ってるな。


 トノサマオーガ戦に続いて、<幻の牡牛ファントム・ブル>の呼び出し、猿蛇種の人造魔族との戦闘で心身ともに疲労しているんだろう。


 僕はそんな人間味溢れる二人に苦笑しつつ、捜索を再開した。


 「バートさんはとにかく、同じ屋敷に居たはずのオリバーさんが見つからないのはどうしてだろ」

 『女執事と違って戦闘員きしだからな。どっかで戦った痕跡があるならわかっが......』


 と、妹者さんが言いかけて止まる。


 僕はどうしたの?と妹者さんに声を掛けた。


 『......鈴木、あそこ見ろ』

 「?」


 妹者さんが右手の支配権を使い、人差し指である場所を示した。


 その声は緊張の色が混じっていて、幾分か普段より低い声音と気づく。


 「っ?!」

 『......。』


 示された先、そこには二色の血痕が広がっていた。


 人造魔族と人の血だ。黒い血は黒いまま床に染みを作り、人の血は茶色く変色して所々に染み付いていた。


 同時に思い出す。


 あそこは確か――


 「くそッ!!」


 僕は駆け出した。


 あっという間に辿り着いた部屋に、目を見開く光景が広がっていた。


 この空間に居た人物は三名。


 一人は鎧を着ているが、どこもかしこも傷だらけの騎士が壁に背を預けていた。


 一人は同じく全身傷だらけで、荒い息を漏らしている。


 そして一人は――そんな二人に護られていたと言わんばかりに、氷の棺の中で眠っていた。


 そんな三名の他に、この場に倒れ伏していたのは七、八体ほどの猿蛇種の人造魔族たちである。ピクリとも動かない様子は死を物語っていた。


 「オリバーさん! バートさん!」


 僕は二人の下へ駆け寄った。


 傷だらけの二人が護っていたのは、今も尚、氷の棺の中で眠り続けるレベッカさんだ。


 二人は避難せずに、レベッカさんを敵の襲撃から守り抜いたんだ。


 「大丈夫ですか?! 意識ありますか?!」

 『おいおい。まさか増殖しつづける猿共を二人で倒したのか?』

 『増える前に止めを刺すのが早かったのでしょう』


 そんなこと言ってる場合か!!


 僕は躊躇なく、拡声器代わりに魔法を放った。


 なけなしの魔力で【氷牙】を放ち、壁を穿ちながら外へとその姿を現す。


 一歩間違えれば人を巻き込んだかもしれなかったけど、屋敷の住人の殆どは避難してるし、半壊してるここの後片付けするのは後日と聞いたから、人は集まっていないだろうと思った次第である。


 すると【氷牙】の存在を目の当たりにして、何事かと集まってくる人たちの姿が見えた。


 「なえ、どこ......どのか」

 「オリバーさん!! 大丈夫ですか?! もう少しで救護の方が来ます!」

 「あ、ああ。がんじょ、さ......だけは、取り......柄でして」


 オリバーさんは意識が朦朧としているが、死んではいない。


 バートさんも一応息しているから大丈夫なはず。


 とりあえず、僕は【回復魔法】が使えないから、誰かに治療してもらわないといけない。


 「殿下は......ご無事ですか?」


 オリバーさんは瀕死な状態でも主を思って、僕にそう聞いてきた。


 僕は、はい、とだけ告げ、会話が続かないようにする。こんな重傷で無理させたくなかったからだ。


 「それは......よか、たぁ」

 「安静にしてください。今手当できる人来ますから」


 僕がそう言うと、オリバーさんは安心したかのように、目をそっと閉じた。


 「くそ!」

 『『......。』』


 僕は苛立ちを床に拳をぶつけることで和らげた。


 こんなときに<討神鞭>から受け取った転写の【固有錬成】を使えたら、今すぐにでも二人の傷を僕に転写して、無傷の状態にできたのに。


 その後、すぐに人が集まり、オリバーさんとバートさんを治療するため、二人の移動が始まった。


 敵はこちらの事情を知って襲撃したんだ。ならレベッカさんという、こちらの切り札が当てにならない状況で攻めてくるのは当然である。


 皇女さんだけを狙うのではなく、戦闘不能なレベッカさんもその対象といえる。


 偶然かわからないけど、本来ならば主の護衛を優先しなければならないオリバーさんやバートさんがレベッカさんを死守したんだ。


 皇女さんは他の人が護ってくれると信頼して。


 この先もレベッカさんの力が必要になると確信して。


 「僕と違って、二人の命は一回きりなのに、それを他人のためにって......。本当、僕なんかじゃ到底できっこないよ」

 『そう......かもな』

 『敬うのなら、今後はモテるために戦う、なんて言わないことですね』


 はは。冗談きついなぁ。


 僕は乾いた笑いと共に、闇組織に静かな怒りを滾らせるのであった。

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