第175話 誰だって見た目で判断しちゃうでしょ

 「助けに来たよ、ナエドコ」


 何の魔法か、浮遊しているシバさんが僕にそう言って微笑んだ。


 その笑みは柔らかくて、年相応の女の子が無邪気に作るそれに見えるけど、実はそうじゃない。


 シバさんは男のコなんだ。


 エメラルド色に輝く瞳がくりっとしていて可愛らしくても男のコなんだ。


 「え、シバ?! なんでここに?!」


 すると今度は皇女さんが驚いた様子で、宙に浮いているシバさんを見上げた。


 いや、彼女だけじゃない。この場に居る誰もが、突如として現れたシバさんの存在に釘付けだ。


 「陛下が行けと私に命じた」

 「パパが?」


 「ん。姫様、無事?」

 「え、あ、うん。皆のおかげで」


 なら良かった、と呟いた後、シバさんは視線の先を猿蛇種の人造魔族に移した。


 「多いね」


 それだけ言い残して、シバさんは片手を前に出した。


 そして、


 「掻き集めて」


 瞬間、僕らが固まっていた箇所の周囲に、


 どこからか風が吹き始め、次第に勢力を増し続けた。勢いを失うことのないその風は力のまま人造魔族たちを纏い、飲み込んでいく。


 『ウキャ?!』

 『ウギギ!』


 人造魔族たちが焦燥感を混ぜた悲鳴を上げるが、吹き荒れる風が嘲笑うかのように騒音で掻き消していく。


 嵐に巻き込まれないようにと距離を取ろうとする者、木々にしがみつく者、【固有錬成】で地中へと潜る者。


 されど力を纏う風は広がり続け、逃げる者たちを掻き集め、木々ごと引き抜いてしがみつく者も掻き集め、地面を捲りあげて潜む者も掻き集めた。


 集められたソレらは、浮遊するシバさんより高い位置まで上昇の一途を辿り――


 「【重力魔法:圧黒】」


 ――球体を描くようにして押し固められる。


 「【圧黒】」


 再び、シバさんの詠唱により、その球体は輪郭を整えられるようにして押し固められた。


 集められた木々は、地割れした陸の欠片は、群れを成していた人造魔族たちは、球体を形成するために強く――また強く押し固められた。


 あらゆるモノの集合体である球体の大きさは、クリファ邸の屋敷に匹敵する程の規模だ。


 また断末魔は聞こえない。吹き止まない風が全て掻き消しているからだ。


 「【圧黒】」


 三度目の【圧黒】。


 一度目の【圧黒】は球体を形成し、二度目はその輪郭を整えられ、三度目で隙間を無くすべく縮小された。


 やがて屋敷ほどあった大きさの球体は、バスケットボールくらいまで圧縮され、終わりを迎える。


 完成された球体は糸が切れた操り人形のように、重力の名の下、落下して地面に叩きつけられた。


 球体は落下の衝撃で壊れることなく、ただただその小さな球体からでは想像できない質量を有して、落下先の地面に深く突き刺さっただけに止まる。


 同時に嵐はまるで起こらなかったかのように、霧散して吹き止んだ。


 静けさを取り戻した空間に、透き通るような少女の声が響く。


 「終わった」

 「「「『『......。』』」」」

 「?」


 少女の声じゃない。少年であるシバさんの声だった。もう本当、同性とは思えないほど女の子しちゃってるから、未だに信じられないよ。


 浮遊を止め、そっと地に足を着けたシバさんは、僕らに近づいてきた。


 色々と理解が追いついてないことが多々あるけど、この女性に見えても男性である人はシバさんで間違ってない模様。


 とりあえず、お礼しよ。


 「シバさん、ありが――」

 「ちょ! シバ! パパがここに行けって何?! 私が王国の仕業で行方不明だから宣戦布告したんじゃないの?!」

 「ん。表向きはそう」


 皇女さんが僕の言葉を遮って、シバさんに駆け寄る。


 “表向きはそう”?


 というか、この子、皇女さん相手でも敬語使わないのか。以前もレベッカさんやオーディーさんを呼び捨てしたし。


 「ど、どういうことよ、それ」

 「話すと長くなる」

 「......。」


 皇女さんの額に青筋が立った気がした。


 それもそのはず、自分と歳がそう遠くもない、それも身分的には下の奴にこんなこと言われたら、さすがの皇女さんでも内心穏やかでいられない。


 闇組織の襲撃を無事に乗り切ったということで、一旦、僕たちはこの場を移動することになった。


 今から向かう場所はクリファさんの別荘。ここから徒歩で一時間程とのこと。


 参戦していた誰もが疲弊していたことも手伝って、移動手段は馬車を手配することに――はならない。


 先の戦闘でかなりの負傷者が出たため、手当や周囲の警戒も含め、結構な人員がそちらに割り振られてしまう。もちろん馬は運搬用に使われるためだ。


 またこういった状況に対面すると、マーギンス領では非戦闘員である平民は避難行動を積極的に行うことになっている。


 なので、戦場から離れた人たちから助力を借りるには時間がかかってしまう。


 だから悠長に馬車なんか手配してられないし、徒歩一時間という労力だけに目を瞑れば、もうこのまま向かっちゃえばいいという話になった。


 無論、この場で身分が最頂点にある皇女さんも了承済みだ。その際に彼女の顔が引き攣っていたことは秘密である。


 大雑把に方針を決めたことで、さっそく行動に移ろうとするが、皇女さんから待ったが入った。


 「マイケル、悪いけど、バートをここに連れてきてくれないかしら? あとオリバーもどこかに居たらお願い」

 「え?」


 女執事さんにオリバーさん? そういえば戦闘中は二人の姿を見なかったな。


 皇女さんが謹慎を命じたから、半壊した屋敷のどこかに居るとは思うけど、事態が事態だ。ずっとその場に留まっているとは思えない。


 それにオリバーさんは護衛対象の皇女さんの傍に居なかったのも気になる。なんでだろ。


 「闇組織やつらの狙いは私だから、二人は無事だと思うのよね」

 「はぁ。わかりました」

 「頼んだわよ」


 まぁ、バートさんが身に着けていたあの闇組織お手製のチョーカーで、こちらの状況は闇組織に筒抜けだった訳なんだけど、今となってはそのチョーカーも効力を失っているので、バートさんが皇女さんの傍に居ても問題は無い。


 全く無いってわけじゃないけど、皇女さんの知らないところで皇帝さんと関わってた人物だ。一緒に連れて行く必要性はあるのだろう。


 「私も行く」


 さっそく半壊したマーギンス邸へ向かおうとした僕に、追随しようとする者の声が上がった。


 シバさんだ。


 「え、シバさんも?」

 「ナエドコは魔力切れしてるみたいだから、ついて行ってあげる」

 「なに言ってんのよ。<四法騎士フォーナイツ>のあんたは私の傍に居なさい。そのために来たんでしょ」


 <四法騎士フォーナイツ>。たしか帝国が誇る皇族直属の護衛騎士だったか。


 ん? 待てよ。そういえば以前、皇女さんとそのメンバーに関して話したな。


 二つ名は忘れたけど、ムムン、マリ、ミル、そして......シバ。


 そのシバって、果たして本当に目の前の少年のことだろうか。


 たしかに鎧っぽいの身に着けてるけど、皇女さんは確か――


 「殿下。以前、シバさんは<四法騎士フォーナイツ>と聞きました」

 「? ええ、そうよ。そういえばそんな話してたわね」


 「僕が以前、城内で知り合った人物もシバさんであると伝えたこと覚えてます?」

 「うん。でもあんたの言ってるシバはなのでしょう? 別人じゃない」


 「いえ、この人です」

 「は?」


 僕がそういうと、皇女さんは小首を傾げて、なに言ってるのよ、と言わんばかりの視線を僕に向けた。質問の意味がわかってないと言った様子だ。


 「シバはどっからどう見ても女性よ」

 「私は男」

 「ほら、本人もこう言って――は?」


 皇女さんが言葉の途中で間の抜けた声を漏らして固まる。


 そしてギギギッと錆びついた機械音を思わせる動作で、隣に居るシバさんを見やった。


 それを受けて、シバさんがえへんと薄い胸板を張って答える。


 「私は立派な男。女と言ったことはない。ちゃんと股にアレがある。ナエドコも見た」

 「「......。」」

 

 さすがに嘘を吐いているとは思えない表情に、皇女さんは白目になっていた。


 帝国皇女、この歳になって直属護衛騎士の性別を知る。


 うん、シバさんが男には見えないのはわかるよ。てかシバさん、可愛らしいお声で、“アレ”を“アレ”と言っちゃ駄目です。


 あと僕が確認したくて、あなたの“アレ”を見た感じに言うのやめてくれませんかね......。

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