第167話 新しい仲間?

 「「......。」」


 あの教会っぽい神聖な場所から転移させられたのは、マーギンス屋敷周辺の物陰だ。人気は無いため、戻っても周囲には誰も居なかった。


 トノサマオーガ戦の後からそこまで経っていないからか、濃密な時間を過ごした気がしても、まだは夜は明けてない。夕食時よりも少し遅めな時間帯の印象である。


 僕の隣には、下を向いたままの少女――エルフっ子が居る。ボロボロのローブを身に纏っていて、碌に身を清めることができない生活を送ってきたからか、若干異臭がする。


 『これからどーすっかなー』

 『困りましたね。あの仮面の人物はやろうと思えば、私たちをいつでも自分の目の前に転移させられるみたいですし』


 姉者さんのぼやきに、僕も同意するよう溜息を吐いた。


 人生初のエルフとの遭遇に感極まりたいところなのに、全然喜べない。


 この子、マジで厄介すぎる。


 いつまでも黙っているのもなんなので、僕はエルフっ子に話しかけた。


 「ねぇ」

 「ひッ?! ご、ごめ、ごめんなさい!」

 「......。」


 ビクッと肩を震わせた彼女は、数歩下がりながら僕に謝ってきた。


 怖がられているのは、僕が空から降ってきた彼女をキャッチした際に、鼻息荒くして目を血走らせたからだろうか。


 もし僕が逆の立場だったら、有無を言わさず魔法を放っていたに違いない。


 「その、さっきはごめん。怖がらせちゃったみたいで......」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 素直に謝ってもこのザマである。


 仮に僕がイケメンだったらこんな目には合わなかったのだろうか。


 平たい顔で黄色人種だからいけないのだろうか。


 思わずそんなことを思ってしまう今日此頃。


 エルフっ子がぽろぽろと涙を流し続けているので、こんなところを通りすがりの人にでも見られたら、本日の僕の寝床は牢屋かもしれない。


 「はごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 「『『?』』」


 すると今も謝り続けるエルフっ子が、よくわからないことを言い始めた。


 “あのとき”ってどんなときだろう。


 そう僕が記憶を辿っていると、姉者さんから声が上がった。


 『この子、もしかすると以前、女騎士と一緒に闇組織の拠点を襲撃した際に、あの<4th>と一緒に居た子じゃないですか?』

 「あ」


 全く思い出せなかった僕は、姉者さんのその一言でやっと思い出せた。


 そう言われるとそんな気がする。あのとき、<4th>が急に僕らの下へやって来て、僕らが尋問していた男を殺した後、【合鍵】も破壊して引き返したときのことだ。


 たしかその時、<4th>とは別にローブを纏った子供っぽいのも居たっけ。


 当時、よくわからなかったけど、無敵のアーレスさんの一撃を跳ね返したのは、その子供の行為によるものだった。


 もしかしたらあの跳ね返しは、エルフっ子の【固有錬成】による力かもしれない。


 そう考えるとすごいな、この子。


 姉者さんの声は例の魔法により、エルフっ子には聞こえていなかったみたいなので、僕が代弁するように彼女に聞いた。


 「ああ〜、もしかして僕らが拠点を襲撃したときに、<4th>と居たのって君かな?」

 「っ?!」


 僕のその一言に、彼女は驚いた様子で口をパクパクとさせていた。


 あっちは僕が誰だかを知っていたのに、こっちはエルフっ子に気づけなかった。その事実を今になって気づいたようだ。


 彼女が口を滑らせなければ、姉者さんがすぐに思い出すことはなかっただろう。


 エルフっ子は僕に仕返しされると思ったのか、開いた口が塞がらないと言った状態で僕を見つめてくる。


 なんか色々と不憫そうな子な気がしてきた......。


 し、仕返しなんかしないから、そんな怖がらないでよ......。


 「お、落ち着こうか。別に僕は気にしてないから」

 「き、きに、してない?」

 「うん」


 そりゃあこの子の【固有錬成】のせいで今までかなり酷い目にあったけど、牧師野郎のあの言い方だと、エルフっ子は奴隷らしいじゃないか。


 なら<4th>の言うことを聞かなければ、辛い思いをするのは彼女のはずだ。


 だから彼女は悪くない、なんて言うつもりはないけど、僕は正義の味方でもないので、今更そんなこと気にはしない。


 それにこの状況を素直に受け取るのであれば、あの忌々しい<4th>は現状、エルフっ子を頼ることができない。それだけでもかなり戦況は変わってくることだろう。


 差し当たって問題は、この子をどうやって皇女さんたちに紹介するかだな。


 『森で拾ってきたとかどぉーよ?』

 『さすがにそれはちょっと......』

 「かと言って、正直に伝えるのもなぁ......」


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の拠点に行って、【合鍵】を作れるエルフっ子を預かってきました、なんて言えるわけがない。


 このままエルフっ子を野に放っても、僕が彼女を利用しなければ、この状況も盗聴しているあの牧師野郎が連れ戻すだろうから、エルフっ子を手放すこともできない。


 なんか面倒事が増えてきたな。何が協力関係だ。ちくしょう。


 「ご、ごめんなさい。わ、私、なん、でも、しますので」

 「......“なんでも”?」

 『おい』


 僕がそう聞き返すと、妹者さんに止められてしまった。


 まだ何も言ってないんだけどな。まさかとは思うけど、魔族姉妹は僕がエルフっ子に何か良からぬことをするとでも思っているのだろうか。


 より具体的に言えば18禁的な何か。


 たしかに美少女だ。でも見くびらないでほしい。今の僕はそんなことするつもりは無い。


 せめてもっとこう、成長したら頼むかもしれないけど、さすがにこんな中○生かどうかも怪しい年齢の子が相手では、世間体がチラついて素直に欲情できないのが本音である。


 「とりあえず、しばらく一緒に居るんだったら皇女さんに言わないと」

 『だなー』



 *****



 「と、その前に、まずは身体を洗わないとね」

 『一応、一国のお姫様を相手にしますからね』


 そう、僕らがさっそく向かったのは皇女さんが居る部屋じゃない。浴室だ。


 エルフっ子、境遇が劣悪だったからか、かなり所々汚れている。やっぱり第一印象が大切だと思うから、マーギンス邸の浴室を使わせてもらうことにした。


 僕らが浴室へやってきたとき、使用人さんがここを掃除していたので、使用の許可を貰うと同時に、エルフっ子が身体を洗うのを手伝ってほしいと頼むことにした。


 無論、使用人さんは女性の方である。


 当初、使用人さんがエルフっ子を目にしたとき、見るからに彼女の奴隷っぽい身形に怪訝な顔つきになったが、渋々受けてくれたので助かった。


 で、今は脱衣所の入り口の外で、エルフっ子たちが出てくるのを待っている僕らであった。


 「それにしても皇女さんになんて説明しようかな」

 『正直に言ったら絶対に許さないよな』

 『そもそも許す許さないの問題ではないですよ。もうどうすることもできませんし、彼女を有効に使いましょ』


 言い方。


 でもまぁ、正直、エルフっ子の【固有錬成】を活用できたら、今後、かなり有利な立場で事を進めることができるかもしれない。


 そんなことを考えていたら、


 「ひぃ!!」

 「『『っ?!』』」


 脱衣所から、さっきの使用人さんが悲鳴を上げるのが聞こえてきた。


 慌てて僕は中に入り、状況を視認する。


 「っ?!」

 『『......。』』


 そして絶句する。


 中に居たのは二名。尻餅をついて酷く驚いた様子の女性の使用人さんと、その前に一糸纏わぬ姿のエルフっ子の後ろ姿。


 美少女のそんな様に僕は.........


 「なんだよ、......」


 立ち竦んでしまった。

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