第161話 押して駄目なら閉じ込めてみろ

 『ガアァァァァアア!』

 「くそッ」


 僕は半ばやけくそに、片手に【閃焼刃】を握って迎え撃つ。


 トノサマオーガが手放さない大剣は刃渡りを半分程失っているからか、ほぼ鉈のような使い方をしてきた。


 小回りの利く重たい斬撃に、僕は二、三度と【閃焼刃】で受けるが、どうしても膂力で負けてしまって体勢を崩される。


 やがてそれらは大きな隙となり、ほぼ無防備となった僕の胸部に敵の鉈の先端が突き刺さった。


 「ごふッ」

 『苗床さんッ! 今ですッ!!』


 姉者さんの合図と共に、僕は吐血しながら一歩、大きく踏み出した。その踏み込みにより、胸部に突き刺さった鉈は更に深く沈む。


 それでも僕はカウンターを狙って、再び【力点昇華】込みで【紅焔魔法:天焼拳】をトノサマオーガに向けて打ち込もうとする。


が、


 『グルァァアアァァア!』

 「『『っ?!』』」


 トノサマオーガが失った片腕の切断面を、まるで盾のように使って、僕の【天焼拳】を防いだ。


 威力はややこちらの方が上。ジューッと傷口を焼かれているのだから、それで痛みを感じているのであれば、このまま押し切れそうに思える。


 いや、死の間際に立たされた者に痛みなど感じようもない。


 それを一番知っているのは――僕の方だから。


 『アァァアアア!!』


 そしてトノサマオーガは鉈を僕に突き刺したまま走り出した。突進である。


 後方にある木々や岩に打ち付けられながら、僕は止まることもできずに耐えていた。


 『踏ん張りなさい! 苗床さんッ!!』

 「んなくそぉおおお!!!」


 僕は両腕でがっしりと腹部に突き刺さる折れた大剣を掴み、その柄を握る奴の腕を狙って発動した。


 「てんッ――しょうけんッ!!」


 僕は利き足を対象に【力点昇華】を使い、【紅焔魔法:天焼拳】を発動する。


 読んで字の如く、その魔法の発動は拳にだけ対象と思われたが、決してそうとは限らなかった。


 僕の利き足が灼熱の炎を吹き出し、その足先が奴の太く逞しい腕に突き刺さる。


 『ッ?!』


 肘が曲がる方向とは逆に曲がってしまった腕は、トノサマオーガの握力を失い、折れた大剣の柄を手放すに至る。


 奴は一瞬、不意を突かれて自身の片腕が使い物にされなくなったことに戸惑いの表情を見せるが、それも束の間のことで、次の瞬間にはまだ満足に動かせる両足を活かし、僕に向けてその一本を繰り出してきた。


 が、トノサマオーガの反応よりも僕の対応の方が早い。


 なぜなら奴の両腕、牙、角などは使い物にならないとわかっていたからだ。ならば必然、トノサマオーガの武器は限られる。


 僕は蹴り上げてきたトノサマオーガの太い足を狙い、左手から姉者さんの特性鉄鎖を引っ張り出した。


 姉者さんも僕のしようとしたことを察したから用意してあったんだろう。


 彼女の口から引っ張り出したそれは、硬度と細さだけを追求したワイヤー鉄鎖だ。


 そう、いつぞやの蜥蜴型人造魔族の尻尾を切断したときのものである。


 『ッ?!』


 トノサマオーガの蹴り上げてきた足、その太腿から先を、僕らがピンッと張ったワイヤーで切断した。


 切断されたトノサマオーガの太い足は僕の後方へ勢いよく吹っ飛んでいく。


 それから僕が飛び跳ねて距離を置くと、奴はズシンと音を立てて尻餅をついてしまった。


 この隙に僕は胸に突き刺さった奴の大剣を引っこ抜いた。


 その傷口からドバドバと血を流しているが、妹者さんはスキルを行使しない。彼女がそうしないのは、僕がしたいことを察しているからだ。


 止めどなく溢れ出る血が、死が近づいていることを知らせてくれる砂時計のようである。


 「トノサマオーガ......すごいよ、君。腕や足、牙、角まで折られ、失っても、まだ僕を睨んでいる。......まだ強くなり続けている」


 僕は口の中に生じる血の塊を味わいながら、眼前でまともに動けない状態のトノサマオーガを見据えた。


 相変わらずトノサマオーガの身体中には赤黒い稲妻が走っている。その勢いは未だに衰えず、まるで奴の闘争心を体現しているようであった。


 『ガルルルル......』

 「でも、それももう終わりだ」


 姉者さんの魔法により、僕らを囲むようにして、氷壁がドーム状に生成された。


 僕らはその中に閉じ込められた状況である。


 そして僕は膝を着いた。


 人語を理解できないトノサマオーガに微笑みかけながら。


 「わかってると思うけど、僕の傷口から漏れているこのガスは有毒だ。そして空気よりも重たい」


 僕は胸部から流れ出る血と共に、濃い深緑色のガスを撒き散らしていた。


 それが地上に舞い降り、僕を中心にしてありとあらゆる生物の命を刈り取っていく。


 そしてそのガスは、身動きのままならないトノサマオーガにも達しようとしていた。


 「じゃあ僕は。もちろん、しばらくこの傷は塞がない」

 『ッ?!』


 人語を理解できなくとも、僕の言いたいことは......真意は伝わったらしい。


 周りには分厚く生成された氷の壁。ほぼ密閉状態のため、僕の傷口から溢れ出る猛毒ガスがこの空間に充満していく。


 いくら強化し続けられるトノサマオーガの肉体とは言え、片足しか満足に動かせない有様だ。


 できることなんて高が知れてる。


 「ほん、と......きびし......たたか、い、だった......」


 話す必要は無いのに、こうしていないと今にでも自分が出血多量で死んでしまいそうで怯えてしまった。


 体温が一気に下がった感覚に陥り、意識が朦朧とする。


 やがて僕は前方に倒れ伏した。


 「じゃ......ね」


 そう言い残して......息絶えた。



******



 『おい、鈴木。起きろ。鈴木、鈴木ッ!!』


 聞き覚えのある声が、何度も僕の名前を呼んできたことで、僕は目を覚ました。


 地面に仰向けになって寝ていたようで、視界に広がったのは夕焼け空だった。


 僕は一瞬で、今自分が置かれている状況を思い出した。


 「......勝った、よね?」

 『おう』


 僕はそっと身を起こして辺りを見渡した。


 僕とトノサマオーガを閉じ込めるために生成した氷壁はいつの間にか消え、辺り一帯の自然は例外なく死を迎えていた。


 【固有錬成:泥毒】......容赦ない毒ガスだったな。


 『苗床さんも起きたことですし、トノサマオーガの核を回収して帰りましょ』

 「はは。少しは宿主を労ってよ」


 僕は苦笑しつつ、そっと身を起こした。


 僕がトノサマオーガ戦の最後に取った手段は至ってシンプル。毒攻めでだ。


 奴の機動性を奪って、ほぼ密閉空間に近い状況下で猛毒のガスを撒き散らした。


 無論、僕はその間、毒を吐き続けないといけないのだから、胸部に負った傷口を塞げない。出血が多ければ多いほど吹き出るガスだったからなぁ......。


 で、出血多量で死を迎えた僕は、死後も血と共に毒ガスを流し続け、トノサマオーガに毒攻めを試み、奴を仕留めることに成功した。


 もちろん、僕が死んでもしばらくの間は、魔族姉妹たちが生き残れるから試せた戦法だ。


 「で、そのトノサマオーガはどこに?」

 『あっち』

 『あそこです』


 魔族姉妹が揃って人差し指を、トノサマオーガの死体があると思しき場所を指し示した。


 息ぴったりというかなんというか、ほんと仲がいいなあ。


 僕は立ち上がって、トノサマオーガを見やった。


 そこには......


 「お、おう......グロいね」


 思わずそんな感想が出てくるほど、トノサマオーガの肉体はグチャグチャに溶けていた。


 ほぼ原型が無い。辛うじて肋みたいな骨が腐りかけつつ、部位を示すように残っているだけであった。


 というか、悪臭がすごい。酸っぱい臭いというか、いつまでも鼻に残りそうな不快な臭いがする。


 『核は......あそこだな』


 妹者さんがトノサマオーガの核があると思しき場所を指し示し、僕はその腐った肉塊に手を突っ込んで、それを取り出した。


 どうやら核は無事のようだ。


 トノサマオーガの核は......あの【固有錬成】による赤黒い稲妻を思わせる色合いである。


 「......強かったね」

 『『......。』』


 僕の言葉に魔族は黙り込む。


 あのままトノサマオーガが強化され続け、戦いが長引いて、魔族姉妹の核に攻撃が当たったら、きっと死んでいたのは僕たちの方だろう。


 それにしてもモンスターとは言え、もの凄い闘争心だった。


 どんなに怪我をしようとも衰えることなく立ち向かう奴の生き様に、尊敬の念すら抱いてしまう。


 『良い経験になりましたね』

 「うん......さ、帰ろっか」

 『おう!』

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