第159話 信念は何を基準にして決まる?

 「僕には......たぶん信念とか無いと思う」


 姉者さんの問いに、僕はそう答えた。


 眼前のトノサマオーガは満身創痍だ。体中あちこち重症を負っていて、たぶんだけど、放っておけば死ぬんだと思う。


 でも死ぬまでの間は湧き上がる殺意に身を任せて、辺り一帯の生物に死をばらまくことだろう。


 だから誰かが止めなければならない。


 そしてそれは......きっと僕の役目だ。


 「信念というか、後悔しないために今まで頑張ってきたんだ。ここで逃げたら大切な人は死ぬ。大切な人が死ねば、僕はこの先ずーっと後悔し続ける。そんな気持ちを抱いて、この先も生きるのが嫌だったから......今まで戦ってこれた」


 だから信念なんて大層なものは抱いていない。


 でもこんな後悔したくない一心だから、敵の覚悟の強さに怖気づいてしまう。


 「加えて言うなら、僕の一任で二人を危険な目に合わせるのも気が引ける」

 『なら逃げますか?』

 「いや」


 僕は短くそう答えてから【閃焼刃】を生成し、右手でその柄をギュッと握った。


 「ここで逃げたら僕は強くなれない......。僕は誰よりも強くなりたいんだ」

 『鈴木......』

 『......どうしてそこまで強くなりたいのですか?』


 僕には信念なんて無い。それだけは確かだ。


 だから強くなりたい理由はたった一つ。


 「僕は――」


 僕は確固たる意思をもって言葉を紡いだ。


 「――モテたい」

 『『........................は?』』


 僕はモテたいんだ。


 こっちの世界に転移する前にはモテたことが一切ない。


 だから、どうにかしてこの世界でモテたかった。


 その一番の近道が“強くなること”だ。


 強い男に異性が寄ってくる説は、昨今の異世界ラノベが証明してきた。


 強くなってチヤホヤされて、モテてハーレム作って童貞を卒業したい。


 卒業したい。


 『あの、真面目な話をしてるんですけど』

 『お、おま、こんなときにふざけんなよ......』


 僕の素直な思いに、二人は心底呆れた様子で答えた。


 でも僕は貫く。


 「あのさ、一つ言っておくけど、確固たる意思に正しい正しくないってある?」


 僕は若干キレ気味に言う。


 「誰かを護りたいから戦う......大層な心構えだ。でも僕はそんな自己満足だけじゃ嫌だね。戦って勝って美女に惚れられてイチャイチャしたい」

 『こいつ美女限定で言ったぞ』

 『最低です』


 「うん。間接的に美女に惚れられるなら誰だって助けるし、身を粉にして戦うよ」

 『“うん”って......』

 『今日ほどあなたの意思を聞いて後悔した日はありませんよ』


 うるさいな。


 「要は強い意思が必要なんでしょ? 僕には信念が無いけど欲望はある。そのためには、ただ強くなるだけじゃ駄目だ」

 『『?』』


 僕は続けてぶっちゃけた。


 この際だから、素直な感想を言っちゃおうと思った。


 「このままずっと魔族姉妹といたら、美女とイチャつけるビジョンが全く想像できないんだ。びっくりするくらい。ほんと」

 『『......。』』


 思い起こすは僕が転移してから最初の村で出会ったリープさんとの夜のこと。


 リープさんと僕は良い雰囲気で一線超えられそうだったのに、魔族姉妹が邪魔してそれどころじゃなかった。


 ワンチャン、EDになったかもしれない出来事だったと今更ながら思えた。


 だから僕の身体に魔族姉妹が寄生している間は、僕の欲望は叶わないと悟った。


 「僕は早く強くなって、二人の目的を叶えて、寄生生活を卒業してもらって、モテる道を歩みたい。......ごめんね、自分勝手で薄情にも程があるのは自覚してるんだ」

 『ええ。薄情どころの話ではありませんよ。今後の関わり方を見直すレベルの意思でした』

 『おま......あたしらのこと、そこまで邪魔者として見てたのかよ......』


 「いや、二人には感謝してるよ。でも僕らは飽くまで利害一致の関係だ。僕が強くなれば、二人はそれだけ早く目的を成し遂げられる。成し遂げたら僕はイチャラブ生活を目指せる」

 『もう喋らないでください。後悔の念が絶えません』

 『失恋した気分ってこんなのか』


 失恋(笑)。


 魔族姉妹が僕に? 好意じゃなくて厚意でしょ?


 「だから悪いけど、二人の命が危険な目に遭うとしても、今は戦わせてほしい」

 『『......。』』


 「一緒に強くなろう!!」

 『『......。』』


 「勝とう!!」

 『『......。』』


 ガン無視。


 もう僕とは口を利く気は無いみたい。


 まぁ、戦闘が再開すればそれどころじゃないと思うけど。


 「さてと」


 僕は木の枝から飛び降りて、未だに僕を探していたトノサマオーガにその姿を見せつけた。


 『ッ?! ガァァアア!』


 トノサマオーガは大剣を手にして再度、僕との距離を瞬く間に縮めていった。


 僕の思いは二人にちゃんと伝えた。


 二人は呆れていたけど、僕の目的のためには、まず二人の目的を叶えないといけない。


 それが前提だ。


 それが......恩返しだ。


 僕を強くしようと協力してくれた二人への形にしたい感謝だ。


 だから全力で二人の目的を叶えるから、少しくらいの我儘は目を瞑ってほしい。


 そう思いながら僕は口を開いた。


 『ルゥアアアァァア!』

 『ばッ! 避けろッ!!』


 深緑を煮詰めて濃くした色の気体ガスを口の端から漏らしながら――


 『【固有錬成:泥毒でいどく】――発動』



 *****



 「がはッ!!」


 肩から斜めに一線。トノサマオーガの大剣により断ち切られた僕は、そこから上と下の肉体を宙に彷徨わせた。


 そして同時に、どこか見覚えのある濃すぎる深緑色のガスが断面から吹き出る。


 そう、この気体はいつぞやの――


 『ッ?!』


 ――<屍龍>の【固有錬成】だ。


 トノサマオーガは危険を察したのか、そのガスに触れる前に飛び退く。


 その生まれた隙を利用して、僕は妹者さんの【固有錬成】によって復活する。


 『こ、これは......ドラゴンゾンビの【固有錬成】か?!』

 「だね。なんか頭に浮かんできたから使えるようになったよ」

 『マジですか......』


 二人が唖然として両手から僕を見上げる。


 <屍龍>の毒ガスは僕の傷が完治したことで噴出が止んだが、先程、少しだけ漏れたガスだけで、僕から半径五メートルくらいの自然が死を迎えた。


 枯れたと言うか、腐ったというか一瞬にして命を刈り取られてしまったように、生気と色を失っていった感じだ。


 「これ、周りに人がいないから使える代物だよね」

 『み、みてぇーだな』


 未だに驚いた様子の妹者さんを他所に、僕は【閃焼刃】の刃先をトノサマオーガに向けた。


 きっと<屍龍>のスキル――【泥毒】を発動できたのは、生への執着心なんだと思う。


 ドラゴンゾンビは死して尚、生きとし生けるものの破滅を渇望した。


 今を生きる僕は敵を屠って生き残りたいと切望している。


 それが引き金になった根拠かわからないけど、今の僕が<屍龍>の【固有錬成】が使えたのは事実だ。


 「これで退いてくれればいいんだけど......」


 僕はそうぼやきながら、眼前のトノサマオーガを見据えた。


 近接戦に部があるのはどう足掻いたって相手だ。が、その近接戦で猛毒を撒き散らす僕も負けちゃいない。


 それでも奴は相変わらず僕を捉えて低い唸り声を上げている。


 それもさっきよりもどす黒い殺意を滾らせて。


 「......なら第二ラウンドだ」


 僕はそう呟いて、【閃焼刃】をかまえた。

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