第158話 決死のスキル
『グゥアアアァァァアア!』
「『『っ?!』』」
トノサマオーガは自身に纏わりつく烈火を、閃光を思わせる突進で掻き消した。
そして代わりに纏っているのは赤黒い稲妻。
奴の巨躯を駆け巡るように、バチバチと稲妻があちこち走っていた。
トノサマオーガは言った。拙い口調で“
あの豹変は......きっとその【固有錬成】によるものだ。
姉者さんが咄嗟に氷壁を地面から繰り出すが、奴はそれを意に介さず、手にしていた刃こぼれだらけの大剣を横薙ぎに振り払っただけで砕いてしまう。
マジかよ?! 自慢の防衛手段である氷壁があんなガラス細工を砕いたみたいにあっさり突破されるなんて!!
そのまま勢いを殺すことなく、トノサマオーガは大剣を上段から振り下ろした。
「【力点昇華】ッ!!」
僕は回避のため【固有錬成】を発動して片足に力を入れ、横に飛ぶ。
トノサマオーガが振り下ろした剣撃が大地を抉り、地形を一瞬で変えた。
先程の僕の攻撃――【多重紅火魔法:
なんなんだよ、あの威力......。
『次来るぞッ!!』
「っ?!」
『ガァァアア!』
トノサマオーガは狂ったように、真横へ飛んで避けた僕を追いかけてきた。
僕らは【螺旋火槍】や【
奴は大剣をまるで細枝のように軽々しく振り回して僕に迫ってきた。
火力だ。火力が圧倒的に足らない。
時間をかけて魔力を込めれば威力は上がるけど、そんな猶予は無い。
「ならこっちも火力で応戦するしかないッ」
『ばッ! やめろ――』
僕は【紅焔魔法:
妹者さんが何か忠告してきたが、今の僕は彼女の言葉を聞かなかった。
射程圏内に入った瞬間、僕は【力点昇華】込みで上段から繰り出した【打炎鎚】を叩きつけようとする。
しかし、
『......。』
「なッ?!」
更に一歩、加速しつつ大きく踏み込んだトノサマオーガは、大剣で真横から一線―――僕が握る【打炎鎚】の柄ごと刻み込む。
故に奴に一撃入れる前に、僕は胴体を真っ二つにされた。
そしてトノサマオーガの天高く持ち上げた片足が、真っ二つにされて宙を彷徨う僕の上半身に向けて振り下ろされる。
僕は一瞬で意識を刈り取られたが、それも束の間のことで、妹者さんがまだ損傷が少ない下半身から、まるで動画の逆再生のように僕の上半身を復活させた。
慌てて【力点昇華】で後方へ跳躍した僕は、息を切らしながら眼前の敵を見据えた。
「はぁはぁ......なに、あれ......」
『さぁな。やべぇー【固有錬成】ってことだけはわかるが』
『おそらく常時発動型、それも魔力に伴ったものでもありませんね』
姉者さんは冷静に分析を始めてくれているけど、正直、接近戦は勝ち目が薄い気がする。
なんせ僕の【力点昇華】と【打炎鎚】による合わせ技を、間合いを詰めて反撃してきたんだ。
あんなの見せられたら......接近戦の知恵に長けていることを思い知らされた気分になる。
「それにあの赤黒い稲妻......」
『よくわかんねぇーが、見る感じアレが纏わり付いている間は【固有錬成】が発動しているっちゅーことだろ』
『妹者、あなたの【固有錬成】で奴の膂力をコピーできませんか?』
姉者さんのその言葉に、妹者さんは黙り込んだ。
なんで黙ってるの?
そんな僕の疑問は、妹者さんがまるで苦虫でも噛み潰したかのような表情で紡がれた一言により更に深まる。
『すでに戦闘が始まってから何度か行使した......が、トノサマオーガはその上を行っちまう』
「『は?』」
“その上を行く”って......どういうこと?
『一言で言えば、強化し続けてんだよ、あいつ。今も尚、な』
い、いやいや。それはおかしいでしょ。というか、どんな能力なの、それ。
『苗床さん、また来ますッ!!』
「っ?!」
が、僕に考えている余裕はない。
トノサマオーガが一瞬で間合いを詰め、まるで鈍器のように大剣を僕目掛けて振り下ろした。
僕はそれを既のところで回避し、即座に生成した【凍結魔法:双氷刃】で奴の首元を狙う。
掻き切ろうとして斬り込んだのに、ガキンと甲高い音を鳴らして弾かれてしまった。
「マジかよッ!!」
トノサマオーガの一撃を回避し、攻撃を当てたが弾かれる僕。
ならば必然的に次は奴の攻撃の番で、またもトノサマオーガがその筋肉の塊のような足で僕を蹴り飛ばした。
木々を薙ぎ倒しつつ、僕は遥か後方へ吹き飛ばされる。
「がはッ」
『【固有錬成:祝福調和】!!』
『妹者、さっきの話はどういうことですか?』
内臓がぐちゃぐちゃになった僕は口から盛大に血の塊を吹き出すが、妹者さんのスキルにより一瞬で完全治癒された。
そして目隠しとして氷壁を生成し、そのまま奴の死角を利用して近くの木々へと移り、一際太い枝のところまで一気に登った。
トノサマオーガは僕を探してキョロキョロと辺りを見渡す。どうやら僕を見失ったみたいだ。
姉者さんもまだ理解できていなかったのか、妹者さんに説明を促した。
『そのまんまの意味だ。鈴木に今のトノサマオーガの身体能力をコピーしても、すぐにあいつは強化してくる。これはあたしが【固有錬成】を使わなくても、だ』
「じ、時間経過でどんどん強くなっているってこと?」
『ああ』
僕の小声の言葉に、妹者さんが悔しそうに頷いた。
マジか。正直、反応するのでもやっとなんだぞ、アレ。
それがまだ強くなっていくなんて......。
『それはマズいですね......。このままじゃヤバいですよ』
「というと?」
『あのまま強化され続けたら、あーしらの核にまで届いちまう』
僕は妹者さんの言葉を聞いて、目を見開いてしまった。
二人の核にまで届くって......核が砕かれるってこと?
そうなったら僕は本当に死――
『鈴木、逃げっぞ』
「......は?」
僕が唖然としていたら、妹者さんがいつもより低い声音でそう言ってきた。
『今まで戦ってこれたのは、鈴木が死んでもあたしらが死ななかったからだ。が、今回はちげぇー。下手したらここで何もかも終わっちまう』
「......。」
妹者さんの言いたいことはわかる。
僕が死ぬと――特に頭部を潰されると一瞬だけ意識を刈り取られてしまう。
さっきだってそうだ。でも偶々下半身から再生して目覚めたから距離を取れたに過ぎない。
あれがもし敵の間合いで死んでいたのなら......奴は僕が死んでも生き返ることを知っているから、きっと生き返らなくなるまで叩き潰すことだろう。
ミンチにされ続けた際、その攻撃が魔族姉妹の核に当たったら......。
僕はぞわりと身の毛が弥立つ思いをする。
『あたしのスキルでトノサマオーガの身体能力をコピーしても、あいつはすぐにその上を行きやがる。体格も不利な上に、なにより今のあいつは......決死の覚悟だ』
「決死の......覚悟?」
ああ、と妹者さんは短く答えてから続けた。
『死を覚悟しての攻め手っつぅーのは、マジで馬鹿にできねぇ。道連れを前提に思い切った行動をしやがるから、生半可な攻撃じゃ止まらねぇーのよ』
妹者さんはそう淡々と答えた。
どこか説得力のある物言いは、妹者さんが僕よりも長生きしていて、そのことを熟知しているからだろうか。
少し先に居るトノサマオーガを見れば、奴は確かに満身創痍でありながらも、僕を殺そうと闘争心を滾らせていた。
消し飛んだ片腕の傷口や口の端から血を流し、息を切らしながらも血走った目で僕を探している。
僕はそんな敵を前に............怖気づいてしまった。
『いえ、戦いましょう』
しかし姉者さんは反対意見を口にした。
『なんでだよ?! あたしらが死んだら鈴木も死ぬんだぞ?!』
『たしかに今の状況なら逃げ切れることでしょう。もっと安全なかたちで苗床さんの成長を支えるべきかもしれません』
『なら!!』
『が、最近は強敵と遭遇しすぎです。闇組織の幹部、帝国の精鋭騎士などですね。今置かれている状況で逃げ癖がついてしまっては却って危険でしょう』
『だが死んだら今までの苦労が無駄になっちまう!!』
『あなたが守りたいのは私たちの最終目標ですか? それとも苗床さんの命ですか?』
『そ、それは......』
姉者さんの問いかけに、妹者さんは黙り込んだ。
どっちも欠かせない。二人の目的は、まずはそれぞれ身体を取り戻すことで、それには僕の存命や戦闘力の強化が必要不可欠だ。
逆も然り。だから僕らは互いに協力し合わなければならない。
『ですが妹者の意見にも賛成です。だから私は苗床さんに一任します』
姉者さんはいつもよりも真剣な声色で語る。
『眼前の敵は決死の覚悟で殺しに来てます。あなたが逃げれば、トノサマオーガはあの村を、人々を、そして皇女も襲うことでしょう』
続けて語られる。
『以前のように、「誰かを助けたい」の一心であなたは立ち向かえますか? 今必要なのは、あなたの確固たる理由に基づく闘争心です』
そして最後に突きつけてきた。
『さぁ、決めなさい。決死の覚悟に対抗できるのは“信念”だけです』
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