第153話 帰宅は忠臣も一緒に?
「ご報告いたします! 三週間後、我が国が王国に宣戦布告することを城内で表明されました!」
「「「「「「っ?!」」」」」」
会議室にやってきたマーギンス邸の執事の人がノックをした後、こちらの許可を待たずして扉を開けてそう言い放った。
その言葉に場が一瞬で凍りつく。
現在、僕、皇女さん、バートさんに護衛騎士の居候陣に含め、会議室には領主であるクリファさんとその娘のロティアさんの六名が居た。
今後の行動方針について話し合っていた僕らだが、急に重大な知らせが入ってきたのである。
帝国が王国に宣戦布告をすることを表明.........つまりは戦争がいよいよ始まるということだ。
「それは本当ですか?!」
真っ先に聞き返したのはロティアさんだ。
それに答えるべく、伝令を受けたと思しき執事が詳細を語ってくれた。
「現在、ロトル殿下の行方を追って各領地に使いの者を送っているようですが、未だその足取りを掴むことができず、何者かがそれを王国側の仕業と進言した模様です。......それを陛下が憤慨しておられ、宣戦布告を当初の予定より早めたとのことです」
うっわ。そうか、皇女さんがマーギンス邸で匿われていることを皇帝さんは知らないんだった。
というか、元々皇帝さんに知らせるのはもっと先の話だったんだ。
というのも、それはオーディーさんが帝国軍を率いて、モンスターの軍勢を撃退した後に、少しでもこちらの安全が確保される状況下で報告をする予定だったからだ。
でないと、どこで闇組織がその情報を掴んで、マーギンス邸に刺客を送り込んでくるかわからないしな。
いや、それでももう少し我慢しようよ、皇帝さん。娘がパーティーの招待先で闇組織から襲撃があったと報告があってもさ。
一応、襲撃後も存命であったことくらいは、知らされているはずだろうし。
......一週間も娘の近況報告が無くて、心配になるのはわからないでもないけど。
するとクリファさんが落ち着いた様子で、自身の顎を擦りながら呟いた。
「それまた可笑しな話ですな。殿下が襲われたのは闇組織の者たちによるもの。それはあの場に居た貴族たちが何よりの証人です。であれば、その時点で消息が断ったとお考えになったとしたら、本来であれば闇組織を目の敵にされるはず」
たしかにそうだよね。
それに宣戦布告することを決めただけだ。三週間後にする理由は、おそらくオーディーさん率いる自国軍が帰ってきたときに、消耗具合等を把握しておきたいからだろう。
つまり、宣戦布告することを取り下げる猶予があるかもしれないってことだ。
でも......。
『しかし今帝都に戻ったら、それこそ闇組織の思うつぼですよね』
『ああ。ガキを誘き寄せる罠だろぉーよ』
そう。この状況下で戻っても、まだオーディーさんは帰ってきていない。レベッカさんの様態も良くない今、僕だけじゃ護衛として対処しきれないんだ。
この場に居る皆が今置かれている状況に対して困り顔を浮かべた。
オーディーさんが帰ってくる頃合いを考えて戻る? それじゃあ間に合わない。
辺境地のここから一直線に使いの者を送って、返ってきた知らせを聞いてから、ここを発っても遅い。
帝国軍の部隊が再編成したらお終いだからだ。言うまでもない。宣戦布告なんて形だけで、その情報は布告される前に王国へ届いている。当たり前だ。どこの国だって諜報員くらい忍ばせてるしな。
戦争しかけてくるぞ、なんて情報がスパイの手によって知らされたのなら、王国も早々に戦争の準備をする。
だからその時点で戦争は始まったようなもんなんだ。
「戻るわよ。オリバー、出発する準備をしなさい」
そんな重たい沈黙の中、皇女さんだけは力強くそう言い放った。
戻るって......マジで?
あなたが一番危ないんですよ?
そんな僕の不満に代わって、オリバーさんが声上げた。
「殿下、それはできません。今戻れば殿下の身が危険です」
「わかってるわ。それでも、戦争が始まったら今までの行動が全て水の泡になるのよ」
「しかし――」
「命令よ」
「......承知いたしました」
オリバーさんは渋々そう返事をして、この場を後にした。
皇女さんは真剣な面持ちで従者に命令を下した後、立ち上がってクリファさんに向き直り、頭を深く下げた。
「クリファ卿、今まで大変お世話になりました」
「......今の帝国はあまりにも汚れています。本来であれば民の安寧を約束しなければならない貴族が汚職を。そして大国に向ける好戦的な姿勢......。それらを前にして、殿下はなぜそこまでされるのでしょうか?」
「と、父様!!」
「......。」
クリファさんが素直に聞いたことは、僕も気になっていたことだ。しかしロティアさんはそんな父の無礼を叱責する。
皇族の礼に疑問を投げつけたんだ。皇女さんもこれにはどう答えて良いものか、戸惑いの念を顔に浮かばせていた。
一方、クリファさんの顔つきは今までになく真剣だ。それは大人が子に向けるそれであり、そこに親子の縁は無くても、気持ちの伝わる面持ちであった。
「殿下。あなたが国を想うにはあまりにも稚く、味方が少ない。そして......あまりにも弱い」
「と、父様! さすがに――」
「黙りなさい。ロティア」
「っ?!」
「いいかい。忠臣を謳いたいのならば、まずは主の身を案じなさい。それから理想の糧になりなさい」
「......はい」
クリファさんは娘に苦言を呈した後、再び皇女さんに向き直って続けた。
「おそらく殿下が陛下の下へ足を向かわれたとしても、此度の戦争を止めることはできないでしょう。それほどまでに陛下のお怒りは大きい」
「......無謀なことだとわかっているつもりです。しかし私には止める義務がございます」
「それは亡きリア皇妃のお望みだからですか?」
「......。」
皇女さんは再び黙り込んでしまった。
陛下の怒りとか、リア皇妃とか色々と気になるワードが出てきたが、それよりも顔色を曇らせた皇女さんの様子が心配だ。
クリファさんがここまで踏み込んで言うのは、本当に皇女さんを思っているからだろう。
「今はお逃げください。幸いにもまだ敵は殿下の行方を掴めていません。ならば、ここから安全な学園都市へ向かい――」
「クリファ卿」
皇女さんはクリファさんの名をはっきりと呼んで言葉を遮った。
そんな彼女の表情は決意したものであり、揺らぐことのない意をこの場にいる全員に示しているようだった。
「無謀は承知の上です。仰る通り、味方も少なく、力も無い。それでも私はこの戦争を無くしたいのです。それが亡き母との約束であり、皇女の義務であり......贖罪でもあります」
「......。」
皇女さんの贖罪?
本当に過去に何があったんだろ。とてもじゃないが、今は聞ける雰囲気じゃないし、そもそも護衛役に過ぎない僕が聞いていいのかすらわからないな。
「それに以前にもお伝えしましたが、私には......」
皇女さんはそう言いかけた後、僕をチラッと見つめてきて続ける。
「頼りになる護衛がおりますので」
その眼差しは優しげなもので、心から僕のことを信頼している気がした。
そこまでされたら少しは応えたいなと思ってしまう。
クリファさんは皇女さんの決意を受けて、はぁと溜息を吐いた後、娘であるロティアさんに視線を送った。
「ロティア。命に替えても殿下を護りなさい」
「え? あ、はい!」
どうやら娘も皇女さんと一緒に帝都に向かわせるらしい。
ロティアさんはまさか父親が意見を変えるとは思わず、一瞬だけ理解が追いつかない様子だったが、それでも皇女さんを護ると力強く返事をした。
「く、クリファ卿、さすがにロティアさんを連れていくわけには......」
「いいえ。せめてロティアだけでもお連れしてください。本来であれば、私がご同行したい状況ではありますが、モンスターの行動が活発化しつつある現状ではそれが難しい。お許しください」
「い、いえ、ですから......」
「それにロティアは私の戦闘訓練を一通り受けさせても堪えてきた自慢の子です。きっとお力になるでしょう」
クリファさんは譲らず、頭を深々と下げて我を通す力強さを行動で示した。
皇女さんは困った様子になったが、それも一瞬のことで、何かを飲み込むようにしてロティアさんを見た。
「ロティアさん、よろしくお願い致します」
「はいッ!!」
やはり親子だな。そう思わせるくらいには、ロティアさんの返事は父親譲りでとても大きかった。
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