第152話 爆発は突然に

 「殿下。しばしの休憩をいただきました。お茶にされますか?」

 「いいえ。私は結構よ。それよりバートは休んでいなさい」


 「っ?! い、いえ――」

 「命令よ」


 「......かしこまりました。お気遣い痛み入ります」

 「ん」


 な、なんか最近の皇女さん、バートさんに冷たい気がする......。


 マーギンス邸で居候すること五日が経った。今日も今日とて皇女さんの遊び相手――じゃなくて護衛として彼女と過ごす一日になるかと思いきや、彼女らのやり取りを見て不安に思ってしまった。


 皇女さんが冷たいのだ。


 僕の知る限りでは、以前の皇女さんはバートさんにべったりだった気がする。


 それこそ、敵の多い皇女さんにとって数少ない味方というのがバートさんなのに、だ。


 どうしたんだろ。


 「それでは失礼いたします......」


 バートさんは暗い表情でそう言い残した後、この部屋から去っていった。


 『なんか最近冷てぇーよな』

 『ですね。何かあったのでしょうか?』


 どうやら僕の勘違いではなかったらしく、魔像姉妹も同じことを思っていたみたい。


 僕はもちろんこと、オリバーさん相手でもあんなあからさまな対応はしないのにな。


 ちなみにレベッカさんは礼の如く、姉者さんが生成した氷の棺の中だ。未だ事態は進歩していないのである。


 この五日間、クリファさんが呼んだ腕利きの者が何名かレベッカさんに解毒魔法を行使したけど、全く意味が無かった。


 曰く、このレベルは聖教国の司祭や聖女くらいの使い手じゃないと浄化げどくしきれないとのこと。


 聖教国。初めて聞くけど、どう考えても宗教絡んでる国だな。


 で、話を戻すけど、正直お手上げ状態だ。これなら僕が“転写”を使えるようになった方がまだ早いくらいである。


 まぁ、今はそれよりも皇女さんとバートさんのことが気になって仕方ないんだが......。


 もう聞くか。


 「あの、最近バートさんと何かありました?」

 「別に。何もないわ」


 軽くあしらわれてしまった。


 話したくないのかな? ツンとした感じで目も合わせてくれずに返答されるとそう思ってしまう。


 いつからだっけ? たしかフォールナム邸を出発した頃からだろうか。割と露骨に避けている感じだ。


 いくら女執事の立場とは言え、皇女さんの味方が決して多くはない状況で、関係を悪化させるのはあまりよくない。


 ここはバートさんに聞いてみるか?


 後でトイレ行くと言って、彼女に聞きに行こうかな。素直に教えてくれるかわからないけど。


 「ねぇ、それよりこの前の続きを教えてよ」

 「え?」

 「ま・ほ・う」


 皇女さんはそう言って、ずいっと身を乗り出すようにしてこちらに近づいてきた。


 実はここ数日、あまりにも暇で時間を持て余してた僕らは魔法の勉強をしていた。


 と言っても僕は独学で、この前皇女さんに見せた氷属性魔法の“放出”と“構築”みたいにあれこれと楽しんでいるだけだけど。


 皇女さんはそんな僕を見て、自分も真似したいと思ったのか、魔法を教わりたいと申し出てきたのだ。


 「いいですけど、以前も言ったように、僕は教えられるほど熟知してるわけじゃないんですよ」

 「あら。私の専属家庭教師なんだからケチなこと言うんじゃないわよ」


 「護衛、です」

 「ふふ。そうだったかしら」


 皇女さんが美少女たらしめる微笑みを僕に向ける。僕もつられて頬が緩みそうだ。


 僕と皇女さんの距離が日に日に縮まっていくのを実感している。


 なんかこう、異世界に来て一番輝いているのが今の時期、と言っても過言じゃない気がする。


 なんせ美少女のピンチを三回も救ったからな。<屍龍>に食われそうだったとき、皇帝に矢で射抜かれそうだったとき、闇組織の幹部に殺されそうになったとき......僕はいつだって彼女を必死に助けた。


 仲良くなるのも不思議じゃないのだ。


 ありがとう、神様。この世界に僕を呼んでくれて。


 『ああ〜、どっかから隕石降ってこねぇーかなぁー』

 『こうも毎日イチャイチャしてるところを見せつけられると胃がもたれますねー』


 ごめんね、魔族姉妹。君らが僕をこの世界に呼んでくれたんだよね(笑)。


 そっか〜。隕石降ってほしいくらい僕と皇女さんはイチャつけているのか〜。


 でへへ。


 僕は口元がニヤけたのを右手で隠そうとした。こんなキモ顔、誰にも見せられない。


 またその際、手のひらに居た妹者さんの口が僕の口に近づいたことで、急な彼女とのキス展開になるかと思いきや、彼女の口が一瞬にして消え失せた。


 再び口が身体に生えたような違和感を覚えたのは首裏。皇女さんの死角を意識して、妹者さんは移ったのだろう。


 『だぉーれが童貞とキスするかよッ!! ばーかばーか!! 童貞菌が伝染るわッ!』


 酷い言い様。童貞菌って.....。


 僕だって妹者さんとキスしたくて、右手のひらを近づけたわけじゃないのにな。ファーストキスがこんなしょうもないことで失われてたまるか。


 「マイケル?」

 「なんでもありません。さ、今日はどの属性魔法を練習するつもりですか?」

 「氷! いつか綺麗な氷の花を咲かせたいわ!」


 皇女さんが年相応に燥いでいる。そんな彼女を見れて僕もほっこりだ。


 僕らはそんな会話をしながら外に出て、中庭にてさっそく魔法の練習をした。


 「ではさっそく試しにやってみてください」

 「そうね! チャレンジしてみるわ!」


 そう言って、皇女さんは氷属性魔法の一種、【氷壁】を生成するための詠唱を口にした。それにより、地面に薄浅葱色の魔法陣が展開される。


 が、その。ノイズが入った感じというか、マナーモードにしたスマホが受信したときのように、若干だけど振動している感じだ。


 そして皇女さんは最後にその魔法の名称を呼んだ。


 「【冷血魔法:氷壁】!!」


 ボンッ!!


 その魔法陣から、突如として爆発が巻き起こった。割と小規模なものだから、尻もちをつくか、軽い火傷をするくらいの火力である。


 なに悠長に眺めているんだ、皇女さんが爆発で怪我するぞ、と僕を叱責したくなるかもしれないけど......残念、実はこうなることを見越して、僕は予め魔法を発動していたのだ。


 発動した魔法は皇女さんと同じく【氷壁】。


 かなり厚みを削ったものだが、皇女さんを守れるくらいには最小限のサイズで生成したつもりだ。


 で、なぜ同じものを生成したのかと言うと......。


 爆発後、皇女さんはぎゅっと瞑っていた目を開けて、眼前の氷壁を目にして喜んだ。


 「やったわ! また成功よ!!」

 「......そうですね」


 皇女さんは腰まで伸ばしている金色の髪を揺らしながら、僕に迫ってきた。燥いでいる様子は可愛らしいのだが、今の僕は呆れの念を抱いている。


 これで何度目だろうか......。


 皇女さん、魔法が苦手なのか、僕が魔法を教えたこの数日間、まともに【氷壁】を生成したことがないのだ。


 最初、爆発したときはビビったよ。咄嗟に僕が【氷壁】を皇女さんの前に発動してなかったら、彼女に怪我をさせてしまったところだ。


 ちなみに僕は近くに居てもノーダメージだった。少し熱風が来たな、くらい。


 で、僕が生成した【氷壁】を、皇女さんは自分が生成したものと勘違いをして、めっちゃ喜んでいらっしゃった。


 「私って魔法の才能あったのね!」

 「......さすがです」

 「ふふ」


 皇女さんは自慢げに薄い胸を張って、すぴすぴ鼻息荒く、頬を膨らませていた。 僕は温もりの籠もった眼差しを、そんな誇らしげな皇女さんに向けた。 


 さすがにこんなキラッキラした目で喜んでいる人に向かって、『殿下の魔法は爆発してましたよ』なんて言えない。


 氷属性魔法なのに爆発起こしてましたよ、なんてとてもじゃないけど言えない。


 皇女さん、帝国のお姫様なんだから、今まで宮廷魔術師的な指導者から魔法を教わったこと無いのかな。


 英才教育くらい尽くされていると思うけど、その中に魔法は無かったのだろうか。


 「しかし不思議よねー」

 「?」


 「実は私、去年くらいまで魔法がからっきしだったのよ」

 「......。」


 からっきしだったんかい。


 え、じゃあなに。皇女さん、魔法使う度に爆発させてたの?


 なんでそれで眼前の氷壁を自分が生成したものと勘違いできるの?


 「魔法を使うのは一年ぶりだけど......ふふ、成長したってことかしら」


 してませんよ。


 というか、あのボンッて爆発音は無視しているけど、気にしてないのだろうか。それこそ成長していない証拠ではなかろうか。


 聞けば皇女さんは物心つく頃には英才教育を受けていて、それは魔法に限った話じゃない。政治的な勉学はもちろんのこと、実技面では魔法の他に剣の稽古も教わっていたそうだ。


 が、実技面の稽古は上手くいかず、ちっとも上達しなかったらしい。どうせ護衛騎士が近くに居るし、私なんかが護身術を覚えたって意味ないわよ、と割り切って生きてきたのが今の彼女だ。


 で、久しぶりに魔法を発動したら、【氷壁】を生成できたわけだ。


 なわけないがな。


 「事が落ち着いたら魔導学園都市にでも行って、魔法を学ぼうかしら......」


 皇女さんは目の前の氷壁に触れて、そんなことを呟いた。


 事が落ち着いたら......か。王国との戦争が無事回避できるかは、まさに今後の皇女さんの活躍にかかっているだろう。


 そんな彼女の表情はどこか寂しさを感じさせるもので、僕は何と声をかけるべきかわからなかった。


 そして僕が抱いた感想はもう一つ。


 魔導学園都市とかテンプレ来たぁぁぁぁああぁぁああぁぁあああ!!!

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