第152話 久しぶりの休日

 「暇ねぇ」

 「暇ですね」


 現在、僕と皇女さんはマーギンス邸の縁側っぽいところで、そこから見えるだだっ広い中庭や青空を眺めていた。


 良い天気だ。ピクニックに行きたいくらい晴れていて、僕らは長閑に過ごしていた。


 この場に女執事のバートさんや護衛騎士のオリバーさんの姿はない。前者は皇女さんの指示でこの屋敷の雑事を、後者はこの領地の兵士と混じって訓練をしている。


 マーギンス邸に来て三日が経った。


 この三日間はゆっくりと過ごせて、ある意味自堕落な生活を送っていたと言っても過言じゃない。


 まず皇女さんの生活に関してだが、ほぼ居候みたいな状況だから、お城でやっていた公務とかお勉強が一切ない。


 出かけることもしたけど、ここら辺は農村地だから大して時間を潰せるような施設も無いので、ほとんどの時間は屋敷で寛いでいた次第である。


 「は今日も剣のお稽古ですか?」

 「......。」


 「殿下?」

 「ええ。午後は魔法の訓練らしいわ」


 「さいですか」

 「......。」


 なんでだろ、隣に居る皇女さんが赤い瞳をジト目にして僕のことを見つめてくるんだが。


 領主のご息女、ロティアさんは皇女さんが自分の家に滞在しているからか、時間を見つけては彼女と過ごそうと頑張っていた。


 が、クリファさんは子宝に恵まれなかったのか、一人娘であるロティアさんはかなり多忙の身らしく、将来のために色々と勉強や訓練をしているみたい。


 聞けばロティアさん、やはり元名高い騎士の娘だからか、戦闘の才能に長けている子なのだとか。


 外見からは全く想像できないけど、フォールナム邸で賊共に襲われたときも奮闘していたらしい。


 僕と皇女さんはそんな彼女の勇姿に気付けなかったので驚きだ。


 とまぁ、そんなご令嬢だから皇女さんが家に居るというイベントでも、一緒に過ごせる時間をあまり取れなかった。


 本人は憧れの人である皇女さんと少しでも長く過ごしたかったみたいだけど、クリファさんがそれを許さないらしく、それどころか早く実力を身に着けろと言うスパルタな親であった。


 他の貴族だったら、少しでも皇女さんに取り入ろうと今の機会をフルに利用すると思うけど、さすがはモンスターの討伐数だけで国に貢献してきた領主。


 娘にはそんな処世術よりも武術を極めさせたいらしい。


 「ねぇ、マイケル」

 「はい、なんでしょう」


 「あなた、私の名前を知っているわよね?」

 「? ええ。ロトル・ヴィクトリア・ボロンさんですよね?」


 「......わかっているならいいわ」

 「?」


 なんだ急に。たしかに普段は「殿下、殿下」って呼んでるけど、雇い主の名前くらい覚えてるぞ。


 しかしそれにしても......。


 「殿下」

 「......なに」


 「少し近くないですか?」

 「っ?!」


 皇女さんはビクッと肩を震わせて、空いている方へ腰の位置を少しだけずらした。


 そこが最初の位置だったんだ。


 なんか僕に気づかれないようにして、時間をかけてこちらに寄ってきたのだが、普通にバレバレである。


 そりゃあそうだ。最初は三十センチメートルくらい距離を開けていたのに、さっきのは彼女の肩が僕に当たるかどうかの距離だった。


 いったいどうしちゃったんだろう。


 「か、風のせいかしらね! 風強かったから寄ったのかも!!」

 「あ、はい」

 『嘘だな』

 『嘘ですね』


 皇女さんは顔を真っ赤にして訴えてくるが、魔族姉妹の言う通り、嘘にしか思えない。


 ああもう、ほんと可愛いなぁ。


 言っておくが、僕は鈍感じゃない。


 むしろ数多のラブコメ作品を受講してきた僕は鋭いと言ってもいい。


 皇女さんは僕に惚れているんだ。


 そうに違いない。


 じゃなきゃこんなバレバレな嘘吐かないもん。


 『妹者。この男、なにやら目の前の少女が自分に惚れ込んでいると見ているみたいです』

 『はぁ?! んなわけねぇーだろッ!! 童貞はモテねぇんだよ!! 覚えとけッ!!』


 酷い言い様。


 妹者さんの理屈で言ったら、世の中の熱々カップルはどうやって成り立って居るんだと問い質したい。


 『いいか?! お前を好きになる女なんていねぇーからな!!』

 『その点に関しては同意見ですね。苗床さんがモテるには、この世に居る男性が苗床さん以外絶滅したときのみです』

 『そーだそーだ!』


 泣いていいですか?


 魔族姉妹のあまりな物言いに、僕は思わず涙を流しそうになった。


 悲しくなるだけだから話題を変えよう。


 というか、悲しい気持ちを切り替えよう。


 そう思って、僕は魔法を発動させた。


 「よっと」


 左手から手のひらサイズの薄浅葱色の魔法陣を展開し、それが時計回りに動き始めた段階で、自身の握り拳ほどの氷塊を作り出した。


 形は歪なもので、ゴツゴツとした氷塊である。


 「なにするの?」

 「まぁ、見ててください」


 皇女さんは一度は離れた距離をもう縮め直し、身を乗り出すようにして僕の左手に注目した。


 だ、だから近いって。美少女の自覚あるのかな。


 集中集中。


 僕は気を取り直して、その氷塊の表面を


 「えッ?! どうやったの?! 風魔法?!」


 ふふふ。いくら魔法に詳しくない皇女さんでもこの不思議な現象に気づいたみたいだ。


 僕はニヤリと笑みを浮かべて答えた。


 「いえ、風魔法は使ってません。というか使えません」

 「じゃあどうやって......」


 皇女さんが、なぜ僕が風魔法を使ったと疑ったのかというと、風魔法はこうやって風の力で対象に影響を与えることができるからだ。


 僕が氷塊に対して風魔法を行使し、ジリジリと表面を削り始めたと見たのだろう。


 でも僕がやっているのはそうじゃない。


 「単純に“放出”と“構築”を繰り返しているんです」

 「放出?」


 皇女さんが首を傾げて聞き返してきた。


 僕は氷塊の凸凹した表面を均一にしようと、“放出”と“構築”を繰り返していた。


 明確な球体をイメージしつつ、そこから突起した部分の構成している魔力を空気中に“放出”して霧散させ、陥没したところだけに魔力を集めて“構築”して埋めている。


 一見簡単そうに見えて、実は難しい......らしい。


 そう、難しいらしいのだ。


 『マぁージで、なんでこんなこと簡単にできんだろ』

 『本当に謎です。私たちでも可能ですが、異世界に来たばかりの苗床さんができるのは変ですよ』


 そ、それは褒めてくれていると受け取ればいいのかな?


 なんか魔族姉妹曰く、普通じゃこんな繊細なことはできないらしい。


 対象が大きいものならまだ不可能じゃないらしいけど、今僕が手のひらに浮かべているサイズではほぼ無理に近いとのこと。


 なんでも、一度構築した後にあれこれと弄るのには、その構成を根幹から理解しなくちゃいけないらしくて、理解しても実行するまで魔力操作を繰り返さないといけないからだ。


 魔法を自在に扱えることは嬉しいけど、僕の身体を作り変えた張本人である魔族姉妹たちが理解していないのは怖いなぁ。


 「......。」

 「『『......。』』」


 そんなことを考えながら、一つの氷の球体を作っていると、横から皇女さんの真剣な眼差しが向けられてしまった。


 め、珍しいこととは言っても、そこまでジーッと見れるものかな?


 よし、ここは綺麗な球体を作って皇女さんにプレゼントしよう。


 受け取ってくれるに違いない。なんたって脈アリだからね。


 「よかったら差し上げますよ」

 「要らないわよ。氷の球なんて」


 断られた。即答かよ。


 『あひゃひゃひゃひゃ!! 断られてんの!!』

 『くすッ。滑稽ですね』

 「......。」


 言わなきゃ良かった。泣きそうだよ。


 すると皇女さんは、さっきよりも小さい声でブツブツと何か言い出した。


 「もっとこう、その、氷なんか溶けてなくなるものじゃなくて、の、残るもの寄越しなさい」

 「え?」

 『『ふぁっ?!』』


 僕は思わず間の抜けた声を出してしまった。


 その拍子に作っていた氷の球を地面に落としてしまう。


 皇女さんは頬だけじゃなく、顔全体を赤くしながら照れて言ってきたので、僕は返答に困った。


 そしてそのまま熱を帯びた視線を僕に向け、こちらの返答を待っているかのように、口をきゅっと結んでいた。


 「え、えっと、その、いつかわた、渡します、ね」

 「......うん」

 『ざ、ざけんなッ! 鈴木はあーしの――フガフガッ!!』

 『こら、少し静かにしてなさい』


 暴れる妹者さんを姉者さんが押さえて、僕らの雰囲気を保とうとしている。


 姉者さんはどっちの味方かわからないけど、なにやら面白そうに僕らを見ていた。


 まるでその視線は昼ドラを楽しむ主婦のような感じさえしたが、今の僕は胸が高鳴っていて、それを気にする余裕は無かった。

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